どうも、こんばんは。

 

yybigriverです。

 

5/9(土)ということで休日を満喫しております。

 

以前はサービス業だったが故に土曜日に休むことはほぼなかったので、

昨年からはサッカーを見に行ったり楽しい土曜日を過ごすことができています。

 

しかし昨今のコロナウイルスによりそれもできず…

ジムビームを炭酸水で割り、ハイボールを飲みながら録画を楽しんでおります。

 

 

昨日からアメブロを始め久々にブログなるものを書いていると昔、日記を書いていた頃を思い出します。

1つは手帳の後方ページにあるdaiaryのところに書き込む毎日の出来事

1つは学生時代流行っていたmixi日記

もう1つはアパレル時代に書いていたお店のブログ

 

mixiでは常に友人に笑ってもらえるなにかを探しながら一生懸命書いていました。

いま読んでみても、あほだなぁ~と思いつつもそれなりに喜んでもらえていたように思います。

あの頃のmixiは閉鎖的で、招待されないと入会できないシステムになっており、

マイミクと呼ばれる友人たちは、ある程度リアルで出会っている人が多く

自分の人となりを知ってもらえていたので、なんとか笑ってもらえました。

 

が、しかし。

このアメブロのような、自分を知らない人が大半の世界に入ったときに

笑ってもらえる武器がない。

 

悲しいですが、人を笑わせるというのは1番難しいことだなぁと痛感します。

 

 

当時mixiでは多くの人が日記で、なんてことのないことや悩みを吐き出していたように思います。

その日記にコメントがあることで喜んだり、交流できていることの嬉しさを感じ

現実の虚無感みたいなものを紛らわしたりする手段だったようにも思います。

 

ただ、そのmixiもつぶやきの機能が搭載され…

イイネボタンが搭載され…

招待されずとも入会できるようになり…

様々なSNSの要素を取り入れ始め、日本国内での人気が落ち込んでいったように思います。

(その機能が搭載されなくても、今の人気SNSの構図は変わらないとは思いますが…)

 

個人的にはあのなんとなく閉鎖的なSNSが日本人には本来的にマッチしていたんだろうなぁと思います。

リアルな友人となかなか会わずとも、マイミクの中で動向を探れて知れていること。

コメントがあることで承認欲求も満たされる。

コミュニティの中で、同じ趣味の人と繋がってネットの中での新たな友人関係の構築など…

段階を踏んでいくことがmixiの最初の時代はできていたと思います。

 

しかし色々な機能が備わっていく中で、mixiを使う理由が徐々に薄くなっていったのを感じた覚えがあります。

 

今、「自分とインターネット」という題で考えてみると、

小さいころからインターネットに触れていたわけではなく。

小学生は直接話すか手紙。そして年賀状を書くために住所を聞いたりする関係。

中学で携帯電話を持ち始める人とまだ持ってない人とがいて、まだネットでの悪口みたいなものも大きくはなかった頃。

高校でほぼ全員が持ち、小さな書き込みサイト・前略プロフィール・2チャンネルなどと出会い…

 

と、インターネットの進化を最初から見ていたからこそ

段階を踏んで付き合い方を学んでいったんじゃないかなと思います。

5歳年下のアパレル時代の部下がなんでもかんでもツイッターに書き込んでいるのを見たときに

多分いつか痛い目にあうんじゃないかと思っていたら転職先でどうやらやらかしてアカウントが消え去っていました。

 

ただ、大事なことはもちろんネットもリアルも同じだと思います。

「ちゃんと想像すること」

 

それに尽きるなぁと肝に銘じて生きていきます。