就職試験でのルッキズムが批判されている。

同時に、就職に向けた美容整形の是非についての議論もなされている。

 

筆者は、ルッキズムとは対極に位置している人生の終焉の方が近い男性なので、

それをあれこれ言う立場ではないが、

「見た目をもって採用を決めるのは不公平」と言う”一方的”論調には納得し難い。

 

確かに、

「見た目」はその人の後天的努力だけでは動かし難い面もある。

また、そんなもので人の本質や能力は測れない。

正論ではあるが、、、。

 

逆に、

いわゆる「頭が良い」と言うこと、

「試験の出来をもって採用を決めるのは不公平」との論を前面に押し出した非難には出会ったことがない。

アタマがうまく回るか、回らないか?

入学試験や入社試験で知識試験をすることに対しては、誰も異論を唱えていない。

 

しかし、これもまた後天的努力のみでは動かし難い面もあるのではないか?

どんなに努力をしても、求められた試験に対して動かし難い得点差が付いてしまう。

 

生まれ持ったものについて嘆くだけで時間を消費せず、

生まれ持ったものを社会に生かす。

同時に、その幸福を自分独り占めにせず、税と言う形で社会に還元する。

 

それで万事を丸く収める。。。のが良いではないか?

 

最近の税制論議とルッキズムに対する意見を見ていて、つらつら考えた。

 

「身体髪膚 此れ父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」孝経