最近の母は、夜家族と食事を取りたがらない。

やる気のある日は、私の作った夕飯を

自分が作ったと温めて父に出す。

そんな時でも基本は父とも食べない。


でもお腹は空くらしく、

ちょこちょこキッチンに来ては食パンと牛乳を

片手に寝室へ。

胃が痛いと牛乳を取りに来る。

数分後、胃が痛いと牛乳をまた取りに。

4時間で牛乳一本消えた。


お母さん、ちょっと飲み過ぎなんじゃない?

お茶とかにしてみたら?

心配してつい言ってしまうと、

私は牛乳嫌いだから普段飲まない。

今たまたま飲んでみようと思っただけなのに、

ひどいことを言う!

と怒られる。


本的には、きっと最初の一文がダメなのだろう。

ただ、お茶は?だけでは効果なし。

健康にいいよ?と言えば、

別に長生きなんてしたくないからいいんだ。

美味しいお茶貰ったからどう?と言えば、

どーせ私なんかに飲んでもらいたくないでしょ。

飲ませたくないのにいい人のフリして。

とか言われる。


介護に正解なんてないし、

一人一人全然違うのだろう。

まぁ牛乳だからいいのかもしれないが、

水とかも取って欲しいなぁと思うし。

そもそも牛乳をこんなに飲んで、大丈夫か?

とも思う。


なんか母が育ち盛りの男の子に見えてきた笑

背が伸びるかしら?

2017年

当時母は踊りの先生をしていた。

生徒さんから、

最近辞めたいと言われるが

続けてもらいたい。

もちろん先生に続けてもらいたいが、

無理なら娘さんに跡を継いでもらえないか。

と連絡があった。


私はそのつもりはなかったのだが、

そんなに母が先生から離れたいのであればと

私が助手として手伝うことになった。

これが今考えると

悪い方へ向かう選択であったのかもしれない。


そんなことになろうとは思わず、

母のためにと頑張れば頑張るほど

母は踊りから離れていった。


その中で、

生徒さんの中でトラブルが起こっていた。

母が指導者時代に起きていたトラブルに

私が気づき、聞き出したことで

今更ながら私達が認識することとなった。


母は

そんなことが起きていたとは知らなかった

気づかない、助けられなかった

私が1番悪いんだ

と自分を責めはじめた。


そこから、情緒不安定になり、

父が反対する中、心療内科に通うことにした。

そこで生徒たちと会いたくないと

踊りから離れ、運動をせず、

腰が痛いと家に閉じこもる生活が始まった。


第二章へ


認知症の症状の1つに

不安を感じるようになるというのが

あるそうだ。


たしかに、

今何をしてたんだろう。

私はどうしてここにいるんだろう。

なんて思って生活をしていたら不安だろう。


そのせいか、以前に増して、

父を頼るようになった。

いや、もはや頼るではなく、依存である。


父が行くなら行く

父が見るなら見る


父は本来1人行動を好むが、

今は新聞を取りに行くだけで

母からどこ行くの?私を置いていくの?

と聞かれ、ついてこられる。


母に見つからないように出かけようとする父。

父を逃さぬようアンテナを張る母。

父を逃そうとする娘。

そんな娘に怒りを向ける母。


我が家は、逃亡中みたいな状態である。

母は私が小さい時から、

昔付き合っていた男の話をよく口にする。


結構生々しい話まで話す母。

私はそれが嫌で気持ち悪いとすら思っていた。

ましてや、

父が家にいる時に普通にするその神経は

私には理解できなかった。


大人になってからは、話し出した段階で

お父さんと結婚してくれてよかった

と話題を変えることをしていた。


母が認知症だと分かった後に、私は結婚した。

旦那さんにも母は

昔の男の話をよくすることになった。

まるでその人はすごくいい人で、

父よりも素敵であったような話をするのに、

父を頼り、追いかけまわして、

私を敵対視する姿をみて、

旦那さんも混乱をしているようだ。


そんな中、旦那さんと2人で歯を磨いていると

曇った鏡に、

漢字一文字と母の名前が

浮き上がってきた。


その一文字は、

あまり一文字では意味を持たない

でも、男性の名前には使われる。


私と旦那さんの頭の中では、

まさか、あの男の名前では?

という思いであった。

その答えは知らないし、調べる気もしない。


怖くなり、ガラスマジックリンとかで

ひたすら磨く。


翌日、またお風呂上がりに

名前が浮き上がる。

また違う洗剤で磨く。


別の日に、また名前が浮き上がる。

とにかく磨く。


それを繰り返しているが、、、

もはや怖く感じている。

今晩も名前は出るのだろうか。


最近の悩みの1つは、

父と話す私を敵対視すること

である。


昔から父に頼り気味な可愛い女性の母。

男性にモテそうな母の態度は、

娘としてはあまり好かない姿である。


認知症になって不安が多くなった事もあるのか、

父について回ることになった。

父が私と話していると妬むようになり、

父に怒りを向けたり、

私には敵対視をむき出すようになった。


たまたま家の外で父に話しかけられ、

立ち話をしていると2階の窓から母が見ていた。

お母さん!と手を振ると、

まるで浮気相手でも見るような

嫉妬心に溢れた目をした母が

すごい勢いでカーテンを閉めた。

、、、怖い。

浮気とかして、本妻とかに会ったら

こんな感じなのかしらなんて思った。

昼ドラの見過ぎかしら。。


認知症のスイッチが入った怖い目ではない、

いつもと違う母。


認知症の本とかには書いてない事ばかり。

本って患者の平均が書いてあるんだろうなぁ。

あんな綺麗事に見えるような方法で

みんな介護できてるのかな?

なんて思いながら、お月様を見る毎日。

母が認知症と判明してから、早3年。
認知症とは異なることで精神的に不安定な頃には呼吸困難を引き起こし、
認知症と判明したころから脊柱管狭窄症がひどくなり歩くのがつらくなったり・・・

どんなに認知症の本を読んでも、同じような状況の話はなく、

当たり前のことではありますが、介護というのも十人十色。
本に書いてあることがごもっともなことは分かってるのですが、
なかなか本に書いてある通りなんてできない。
だって、大好きななんでもやってくれた母だから、
ついつい「なんで?」「どうして?」となってしまう。
理想通りにできない中、いろいろ葛藤しながら生きてる家族もたくさんいると思います。
 

日記を書くことで、自分の中で気持ちを整理したり、
他に同じように闘っている方が同感していただけたりしたら、嬉しいです。
介護は大変だけど、悲しいだけじゃない。楽しいこともたくさん書いていきます!!