・・・みかんがお星様になりました。
-----------以下はワタシのこころの不健康さが書かれています。覚悟のある人だけ読んでください。--------
みかんが家族になったのは12年前。
今思えば、ダンナと私、ネコのりくの二人と1匹で広島から埼玉へ引越し、
右も左もわからない状態で途方にくれていた時期だったと思う。
ダンナは当時から仕事の帰りが遅くて、わたしも仕事をしていたけれど、
環境に慣れなくて、毎日疲れて、よくりくを抱えて泣きながらダンナの帰りを待っていたことを思い出す。
そんな毎日の中、ある日、近所のショッピングセンターに入っていたペットショップ。
そこにはいつも寝ているおおきなセントバーナードがいて、
私もダンナも買い物もしないのにお店に入って、よくつついて遊んでいた。
いつものようにセントバーナードに会いに行き、その帰り。
ペットショップの入り口に『子猫あげます』の文字。
家にはすでにりくがいたけど、一匹で育ったせいか噛み癖があり、
とくにダンナが被害をうけていて2匹目を意識していた。
そこには写真が数枚貼ってあり、何匹かいるらしかった。
書いてあった電話番号に電話をすると、そこは動物病院だった。
今の家の状況を詳しく聞かれ、動物病院の先生とおぼしき女の人に
「ごめんなさいね、無責任な人に渡したくないんで」
と、電話口で言われた。
数日後、動物病院を訪ねると往診を中心にしている先生らしく、
待合室は雑誌が山積み、ダンボールに入った食餌が積まれたままになっていた。
先生は中年の女性。穏やかでニコニコとした人だった。
話しによると、先生は近所で保護した野良猫に去勢、避妊手術を無償で行う活動をしているそうで、
その中から人に好かれそうな器量のいい子は飼い主をさがしているとのことだった。
数匹のネコを紹介してもらい、最後に見たのがみかんだった。
「このこはね・・・」と先生の表情がひどく曇ったのを覚えてる。
先生がみかんを見つけたのは近所の駐車場の車の下。
当時2~3ヶ月の子猫だったみかん。
ぶるぶる震えながら血を流していた。
先生がやっとの思いで保護したみかんは、おしりから血が流れていたという。
傷口を詳しく見ると、鋭利な刃物で故意にしっぽを切られたようだった、と。
そう、虐待されたネコだったみかん。
いきさつを聞き、わたしもダンナもみかんを家族にすることに決めた。
家族になったみかんは一見クールな目つきをしていた(ガンダムのような四角い目、と言っていた(汗))が、
本当は寂しがりやでダンナの事が大好きで、ダンナが帰るといつも膝の上を占領していた。
そしてブラシが好きで、自分でブラシをくわえて持ってきてたな。
みかんはその後、先天的な病気を持っていることがわかり、
その先生から早死にしてしまうかもしれないと言われ、何度となく病院に通うことになった。
さくらが仲間に入ってから、りくとさくらが仲がよすぎて仲間はずれにされることが増えてしまった。
その前から困った行動はあったけど、ひどくなったのはその頃から。
たたんだ衣類や布団におしっこを繰り返すようになり、また、ストレスからか口内炎が悪化し、
先生に相談して、ゲージ暮らしが始まった。
人一倍苦労したみかん。
寂しがり屋のみかん。
みかんを虐待した人間、その傷を癒してあげるためにうちに来てもらったんだけど・・・
ほとんどうちにいなくで、忙しくなるとごはんやトイレの世話が後回しになって。
いつもガマンさせて、結局、つらい思いをさせてしまった?
みかんがもっと幸せにすごせたひとがいたんじゃないかな。
そんなことが頭から離れない。
なにもしなくて、なにもできなくて。
ごめん。みかん。
最期は、大好きなダンナが帰ってくるまで待っていたみかん。
帰ってくると足をもぞもぞと動かし、目も開けていた。
そして、ダンナがみかんのそばで疲れて眠るのを見届けて、みかんも眠っていった。
みかんにはとてもつらい思いをさせてしまった。
でもね、わたしは、みかんがいてくれて、本当にたすけられた。
だから、離せなかった。最後の最後まで自分勝手だよね。
朝がくれば、こどもたちの時間がはじまる。
だから、いまだけ。