*SePhiRoTo*のブログ

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不安であることの正体は、キライな自分であることを強く望んだ私いたから。

周りの移りゆく環境のペースについていけなかった、とてつもなく寂しかった一人取り残されたようで

それに気づくことなく、思春期から20代前半の私が自分を嫌なところにばかり目を向けたくなくて、一見は背けているように見えて

けれど裏でしっかりと、注目し続け情報をためていった、自己嫌悪の確立させ始めていくことになるなど、知る由もなかった不安の矛先、在り方、精神の拠り所

それがないと耐えられなかったのだと思う。エネルギーの捌け口がないと保てなかった。壊れそうになる自分を維持できなかった。

自分がダメな自分だから他人に応えたり、合わせたりしなくて済むから、人と会わないようして交流をできるだけ避け、キライな自分を見ないようにしていても、しっかり見つめてた。そうやって出来るだけ多く、キライになりたい理由に着目して、創りあげたかった。

自分をキライなら、周りに状況に振り回されずに済む、即行動しなくて済む、できないから仕方がないと諦める言い訳にできるから…

こうやって自分のために、仕方がないとなるための材料を情報を

手当たり次第、隙間なく徹底すれば、思慮深い洞察深い自分に対しても本心を隠せ、キライになりたかったんだと言い逃れできる、そう自ら思い込ませて、思い込みは明確に真実に、そして現実になっていった。

時間が要したのは長く欲しかったのはそのためだ。

キライな自分を見つける上で時間をとれるのは、欠点をトコトン追求して掘り下げ、これ以上にないくらい見つけ出したかったのは、キライであることを真面目にしたかったから…真面目に、誠実に。

それが本当の自分だと思えるため、少しでも剥がれ落ちないように、周りを固め殻を作るだけの私が必死で、ツルツルで輝く柔らかな心の私が、殻の剥がれた先に在ると思えてなかった

知らなかった、信じれなかった、無かったと突き落とされたらと思うと、見えていても見えてなかったことにしたかったからこそ

偽りの自分という表現も違う。いつだって本気、本当だ。ただ深い望みの自分に、いつ気付けるのか?の違いだけだった。

キライでありたいと望んだこともまた私であることに違いはないけれど…殻を望んだ私と、今此処に書き記す私も違うのも確か。

キライなところから向き合って、キライになるには生きる意味すら分からなくさせることが必要で、私の場合は不安で仕方がなかった心が言葉を声として、発信させる気力も無くさせたの。

外からの情報はペースを乱すだけで余計なものだからとして、シャットダウンして内側だけに、自分と葛藤するために必要だった。

頭と心が分裂していて、外の情報など入れる余地などなかったから。外も入れたら情報が溢れて感情が、エネルギーが整理しきれなくて、壊れた先なんて、想像すらしたくない。だから殻を作ってよかったんだと。

手段として取り入れたは、気にかかることはすべて意識に止まっていた。その1つは、喉の違和感でさえ、気になってしかなく、何か可笑しいと異常な判断をするようになっていた

こんなふうに飲み込んでも、大丈夫かなと?考えるようになり、考えが不安になり怖がさせ、喉の筋肉で飲み込んだものを戻そうとする行為、その意識から離れられなくなり繰り返えさせ、不安を取ろうとしても不安を煽らせることしかならず強迫観念に陥っていくんだね。

違和感で始まったこと。本当に誰にでもある些細なことなのに、異常とも言い換えられる、その意識の判断しかできなくなると、それだけしか見えずに視野が狭まり暗かった。

それはやがて、本気で怖くて恐怖に支配されて、不安で仕方がなくて、こんな自分は何で生きてるんだろうと思わせた。何のために生きてるのか?

呼吸や排便も、どうやってするんだろう?なんて、おかしな事ばかり考えてた。起きていても落ち着かず、同じ場所にばかり固まって、変に筋肉がビクついて震えては時間を、やり過ごしていたような気がする。

早く夜になって欲しかった。こんな異常な自分から逃げたくて、意識を唯一、手放せる時間として夜を求めても、あまり寝られなかったのだと思う。朝が来るとまた落ち着かなくて、思考から離れたかった、そんな自分を創り出していた。

その頃には、偏食になり食べるものも柔らかいものだけになっていた。消去方で残ったのが、つっかえないような食品だけ。

こんなものしか食べられない私は、家庭という未来の自分すら抱けなかった。キラキラ輝く赤ちゃんの笑顔とも、眩しすぎて嫌だった。

将来の夢なんて希望を抱く余裕すらなかった。そんな感情が自分にもあると本当に認めたら、この私も否定することになるから痛くて苦しかった。

人には分かってもらえないと決めつけ、それでも普通に見られたくて、説明のつかない感情が言葉として吐き出せない分、辛かった。

生きてる感じが全くしなかった。現実逃避に、催眠療法を願ってはこんな自分で在る現実を受け入れたくなくて、医師にかかることもできなかった。

精神科にも薬をあてがわれるだけで、異常なんだと認めたくなかったから行けなかった。錠剤も怖くて飲めないのだから、薬に頼ってしまう自分になることも嫌で、ずっと同じところをグルグル逃げ回ってた。

怖くて死ねなかったけど、このまま栄養が取れず死んじゃうのではないか?と恐怖に気づけば、些細な違和感から簡単に10キロ近く体重も落させていた。

感情1つは喜びにも、狂気にもなり得る。

そうすることで普通に食事ができないと自分を落とし込ませ、交流をも嫌いにさせる大きな理由になった、そうやって作り出したストレスも同時に溜め込み

フラストレーション起こし爆発させて、心の声に気づかない頭に、声にならない心の声に悲鳴をあげた体が長年の慢性下痢の現実を作り上げ、目的の自己嫌悪か確立したのだ。

本当に手に取りたいことを、他のことで補って、補って得られたヒント、事柄も出来事も心のサインであり、重要なのに引き寄せようとしてることにも激しく真面目に説き伏せて争った。

重要なんて当初は、無駄にしか思えなかった。重要に思えたら、キライになれないから。

生きている意味を知りたかった…けれど、そんな状態では到底…理解なんて、できなかった。

どうしても大っ嫌いでなることが目的であり、そうする必要があった、それが拠り所だったから

けれど、そんな絶望の淵にある自分の拠り所さえ、その時の私は許せず、本来の自分をも認めなられずにいた。

自分で自分の首を絞めるというのは、このこと。

真面目にそうだと信じて取り組んでしまっていた、争う内なる私の情報も疑って、どちらの私で在ることも結局、私であることには変わらないのに、どちらも受け入れてなかった。

【自分をたくさん嫌ところをばかり、自分で拾って見つけては傷つけてきた…】精神的に自分へ暴言を吐き認めず肯定せず、自分で在ることを否定して殺してきた。

一度でも受け入れてしまったら、目的が達成せず、壊れてしまうのが、とてつもなく怖いし、到底、理解できるタイミングでなかったから。

そうやって、どうしようもなく絶望させ、大きな反動が来るように渇望に備えたの。

キライであるとともに好きになる意味づけの変え方、過去変換をすることができる情報を蓄え納得する日まで、膨大な情報で創り変えるために。

いつでも、本当はできたはずと知らなかったから。

ホント仕方がないくらい自分に対して完璧主義者なんだなと今は思える。

そのタイミングが訪れるまで、同じところ行ったり来たりグルグルから離れ始めてみては、葛藤して苦しみを味わい、不安でも諦めきれず、悪あがき

自分を変えたくて外側から答えを見つけようと必死になって、でも探してた答えは、いつだった内側にあった。内側の私は答えを持っていたの。気づかなかっただけだから、気づかないふりをしていたのかもしれない。

それでも、何1つ無駄でない。それがなかったら此処在る私はいなかった。

殻作りの情報も私、気づきの情報を蓄えられるのもまた私。そう葛藤して答えが繋がる日まで待ったの

時の順番を待ち焦がれたの、大好きな自分をなるため材料もコツコツと、たくさんキライになる時と同じように貯めたの

精神世界やセラピーを学ぶことで気づかせる宝物の日々を得るため、遠回りのように思えても全部が必要で、私であるために必要な順番、自分が引き寄せるタイミングって必ずある。

それぞれの材料と調理方法が、人間の数だけある…
出来上がる料理の仕上がりが違うように

1つ1つを成長していく自分を好きになることで受け入れ認めてから洞察深いがゆえに、必要な情報量をたくわえて納得させてから、好きな自分を丁寧に1つ1つを拾って、より深く好きになるために必要だったの

そうすることで、本来の感受性の高く惑わされやすい私を自らを守り、自信を持って、信頼して、大好きになって前進するために巨大なエネルギーが必要だったから

私って、自分を自分を蓄える力って、とてつもなく大きな量であることが必要なみたい、研ぎ澄ますための時間の量としても、面倒くさいなと思ってもそれが私で在ることを知って、受け入れることが答え

『時間をかけ丁寧に作られた私』だからこそ、周りに乱されることがあっても、本当にキライになることがない。とことんキライになった私だからこそ言えるの

また乱されキライになったとしても、立ち上がれる何度でも、自分の力で戻ってこれる、そんな柔軟な私であるために、頑張ってきた。願晴りたくて、顔晴った人一倍時間をかけて、ブレない私から、深く長く柔軟な私へと変貌させていくこと、そんな私とっても大好きだ、ありがとう❤️

やっと気付けたよ、お還えりなさい。16年分は、これから怒涛の日々を泳ぐための糧となり指針となるから大丈夫❤️

この私であるなら完璧主義な私が顔を出しても、見限らずに挑戦して、どんなことでも大丈夫って判断し、決断して動ける。後悔ないように楽しく乗り越えていけるはず、そう信じてる❤️

気づけば、鼻がキュッつまり涙が溢れてきて、流してた。

初めて起きた。文章を書きながら『』のところで、自分で見直すことの大切さを理解することができて、体が反応したこと。その日を

心が泣いた日としよう…深淵なる私に気づけた涙。

深淵なる私の心に潜在意識に、洞察ゆえに凝り性な不器用な私の頭が顕在意識がやっと許し追いつき、体が反応したのは

分裂していた頭と心の2つが統合できた浄化作用の結果なのだと思おう。だって、泣けてスッキリした…

だから記録しておこう記念に、また前進して自信を削がれたときがあったら、この私を思い出しエネルギーの糧になるように❤️

私の思考のクセは、捉える情報量を頭の中だけで落としきるのは無理だ。視覚で捉えて、見直しながら思考を書き直せないと、大切な気づきを得るために慎重な心は、文章にしないと丁寧に思い出して、納得して書き換えることができないようだ。

頭だけの言葉だと、取り零してしまう恐れから来るようだ。完璧主義が顔出してる…笑

文章は最初から目を通して何度ども読み、書き直すクセもある。同じことも繰り返して書いてしまってる、それも私だと受け入れよう。書き直すとまた気づきがあり、『』と同じようにして【】でも泣けたのだ。

それも良しとしよう。書き直しながら私を書き換える作業ができる私をもまた誇らしくあろう(^^)

ブログについて考えるを書き始められたのも、自分を発信できる表現の素晴らしさを私も心から求めていて既に、やってのける人たちを羨んでいたのだろうと理解し否

意味づけを書き換えて、受け入れ始めていたタイミングであり書いたものだと過去の感情を今、意味づけのした方で何度でも、過去をも変えられると今の私なら知ることができるから改めて更新し感情を書き換えよう。

今この、巨大な心からの想いを確実に再構築するには、データとして起こしておかないと

そんな自分をも常に拾い、自分で自分を毎瞬に精神を更新していこう❤️

過去も変え今から未来も精神で、行き来することによって書き換える変えられる、大好きな自分で在り続けるために…❤️

精神、思考に、時間軸の概念は通用しないのだともいえること。それは人間が基準を図るために用いられた、1つの概念であるだけ。

実験もされ物理学の研究で知られてること。

物質が見えるものとし、精神を含めた見えないもの現象込み。その元、源は同じ素粒子の動きによるもの。

だから書き換えられる。感情1つで、本来の目的に沿って進むために引き寄せよう。鋭く粘り強く根気強く、私らしく着目させよう❤️

右手にはオリジナルデータ、左手には希望の未来を抱えて、私のペースを保って前進していこう❤️

もちろん大切な自分のために捧げる言葉として❤️爆

少しでも、この自己満足である長文が、自己嫌悪で悩んでる方々へ

かけがえのない大切な自分のことを、理解することで充足感を味わえて、新たな一面を知れる、お力添えとして勇気を出す、きっかけになれたならと

僭越ながら陰ながら考えてみたりして、マイペースに気まぐれに、ブログ発信させてもらえたらと思いますm(_ _)m

発信しなくても私は、忙しく思考の波にのまれてることでしょう小さな幸せ拾う意識へ❤️爆。

眩しくて未来が見えない。GACKTさん語録…笑

ダメ出しもしつつ、ポジティブの言葉での自己治療は、お金が必要のない、すっきり解放リラクセーション❤️以上です!皆様に幸あれ❤️