東北訪問記 | 寄り道だらけの日々〜いつも心に音楽を〜

寄り道だらけの日々〜いつも心に音楽を〜

心惹かれる音楽との出会い、日々のことなど
気ままに書いています。
クラシック音楽が大好き。
ピアニスト角野隼斗さんの
垣根を越えた類い稀な自由な音楽性に魅了させられています。




こんにちは。


毎日本当に暑いというか、灼熱ですね。

みなさん体調は大丈夫ですか?



結弦さん?



ああー、涼しそう!

あなたが身に纏うと、漆黒の紋付さえも涼やか。
本当に凛々しいってこの姿のことね。

白足袋、雪駄の足元まで美しく。

日本の誇りね♡








前置きはここまでにして、



今年も行って来ました。

7月10日、11日

南三陸町へ。



宮城県本吉郡南三陸町は

東日本大震災で
津波の被害が最も甚大だった場所の一つで、

  • 死者 620人
  • 行方不明者 211人

建物の7割近くが流された町です。



震災から7年たち、
訪問の形はずいぶん変わり、

私の入っている富山の浄土真宗の婦人会では、
震災から数年は作業ボランティア、炊き出しに毎月数人づつ行くという形だったけれど、

今は年2回の交流訪問という形でさせていただいています。

三年前からはそれまで行っていた戸倉地区の仮設住宅から
同じ地区に新しく出来た復興住宅へ行くようになりました。


南三陸町は、何度行っても、
町中が工事中でグランドキャニオンみたいに赤茶色の盛り土が広がっている印象だったけれど、

今年行ったとき、盛り土はさらに高くなって、
何か印象が変わった感じが。

新しい大きな道が開通していたりもあったけれど、

何が変わったのかな?って話していたら、


赤茶の盛り土にずいぶん草が繁り、木が生えて緑色になっていて。

時間の流れを感じました。


震災遺構として保存が決まっている防災庁舎の周りは、今も工事中ですが、

大きな立派な道が開通していました。


訪れる高台にある復興住宅は
各地の仮設を出られた、高齢の方が多く住んでいらっしゃいます。



高台で、綺麗なアパートのような建物だけど、
周りには何もなく、車を運転しない方には暮らしづらい場所なのはすぐわかります。



復興住宅では出入りの多かった仮設と違い、
毎回同じお顔を見ることも多く、

久しぶりの再会に
懐かしい顔を見られると、お元気そうだなぁと、ホッとした気持ちになります。


到着すると、

早速お楽しみ会の準備。


お世話になる地元の社会福祉協会の方とお話ししていると、


だんだんこのような訪問も減って、来たけど、今も全国各地から今も訪れて下さり、
八月には、東京からいらっしゃる予定ですよと。


ポツンとした楽しみの少ない場所なので、楽しみにしてるんですよとの言葉に、

来てよかったなと。


ただ、

住宅の近くに出来て、助かっていたコンビニが
道のかさ上げ工事のため、
16日になくなり、

まだまだ商業施設が少ないので
近くにはスーパーもなく、ここは車のない方も多いので、

これからの生活は
週1の移動販売車が頼りなのと、

今、自販機の設置をお願いしているとのことでした。


いろいろまだまだ生活に不便なところがあります。


そんな現状を聞いたりしながらも、

準備して、


まずは、

私達は浄土真宗のお寺の婦人会なので、
必ず追悼法要から始めます。
宗教、宗派を超えて、
震災と今回の豪雨で亡くなった方々を思い、
みなさんで手を合わせます。






続くお楽しみ会には、
富山のます寿司や、

暑い日だったので、
冷たい白玉あんみつなどを食べながら、


ゲーム、
ご夫婦バンドの歌、
金沢より毎回参加して下さり、すっかりみなさんの人気者、マジシャンルパンさんのマジックショー。




私も、地元の方に混じって、ゲームしたり、あれこれいろいろお話して。

楽しく笑いながらの2時間。

お話していると、
私を窓辺に手招きする方が。
少し離れた、小高い場所の木を指差します。
「ほれ、あの木な、あそこに、私のうちがあったんよ。
みな何もかも流されてしまったけど。」

ああ、ここはそういう場所なんだと。
みんなそれぞれに被災され、抱えているものがあることを
あらためて思わされます。


バンドの懐メロな歌を聴きながら、

「あー、懐かし、私のこれ青春の歌やわぁ。」と、

ニコニコ笑われる、笑顔に、
胸がいっぱいになります。



「暑いから、気をつけて元気でね。」

「また顔見せてな。」

と、お別れはいつも名残惜しくて。

片付けを済ませて、宿泊先に向かいます。


今回の宿泊は、
一度泊まってみたいなぁと思っていた

南三陸町の海辺にある

ホテル観洋http://www.mkanyo.jp/へ。


ロビー、お部屋、お風呂、全てから
美しい志津川湾を望むことができます。


写真がいまいちだから

お借りしました



本当に綺麗な海です。

高台にあるこのホテルにも、震災当時は二階の天井まで津波が来ました。
それより上の階が無事で、
大変な尽力をされ、大規模な避難所としてホテルを解放されています。

当時の様子がロビーに写真パネルとして展示してあります。




また毎日、希望の方には
震災を語り部バスを、運行しています。

ホテル観洋HPより


海の見える温泉に浸かった後は、

お風呂は撮影禁止なのでお写真お借りしました。


三陸の海の幸いっぱいの夕食に
お腹もいっぱい。


修学旅行みたいに、
あれこれお話しながらの夜もまた楽しくて、私の結弦さん話にも、
優しく耳を傾けてもらいました♡


明くる朝は、

昨年新しくなった


南三陸さんさん商店街へ。



防災庁舎のすぐ近くにあります。

まだ朝だったので、
開店を待つ間、

こちらを訪問するたび、訪れていた
松原食堂さんが
リニューアルされたとのことで、
開店前でしたが、お邪魔しました。


さんさん商店街の中にあったのが、
近くに出られて、
海を見ながらお食事出来る、おしゃれなカフェ風に。
さんさん商店街も、食堂もなかなか客足が続かないとのことで、
「富山帰ったら宣伝してねー」と。


松原食堂さん、今から八月いっぱいはスッゴく美味しいウニが食べられますよ♡とのことです。


開店前の訪問にも、ニコニコ向かえて下さり、
冷たいコーヒーをご馳走になりながら、
積もるお話を。
お土産に名物ホヤの冷凍を山もりいただいて。←私はチョット苦手なんだけど笑



そして、さんさん商店街www.sansan-minamisanriku.com
での
お買い物へ。


南三陸町や宮城県のお土産はなんでも買えます。来るたび買い込んじゃいます。
本当に美味しい宮城県♡





結弦さんファンの方なら仙台には、
訪れる機会があるかもしれないけれど。

足を伸ばして、南三陸までぜひ。
美味しいよ♡←そこ笑


さあ、お土産を買ったら帰ります。
今回は初めて訪れた方がいなかったので、

運転手さんが、いつもと違う道を帰ろうと。アバウトな旅なんです笑

遠回りして、

秋田の稲庭うどんを食べて帰ることに。

秋田初めて!
めっちゃ遠かったけれど、
稲庭うどん最高に美味しくて、




さらに追加で秋田のサクランボ狩りまでして、



お土産やら、思い出をたくさん抱えて、
のんびり日本海側を帰りました。

日付けが変わるギリギリに帰宅。

おばちゃん12人、子供2人、おじさん4人のマイクロバスの旅でした。



今回は西日本豪雨災害と時期が重なりました。いろんな意見もあるでしょうが、
長くご縁を繋いで来た、南三陸へ予定通り訪れて来ました。
なかなか個人で実際行って何かすることは、
難しいですが
こうして、訪れる機会があるご縁を得ていることを有り難く思って毎回書かせていただいています。



7年が経ち、
風化という言葉もあるけれど、
その言葉はあくまで外から見た言葉だなぁと。
被災された方々には風化などという言葉はないんだなぁということを、
訪ねて行き、お話するたび思わされます。

最近では、
こちらが行くだけではなく、
向こうからこちらに訪ねて来て下さり、
震災について、語り継いでいだだく機会もありました。

今回は訪れなかったのだけど、
これまでの訪問でご縁が出来た、
石巻市立大川小学校の父兄で、
「小さな命を考える会」の方が
五月に富山に講演に来て下さったり、



富山での、イベントにさんさん商店街からの商品を出していただいたり。

向こうからこちらに語り継ぐために出かけて下さる機会を持とうとして下さっているのはやはり風化を少しでも食い止めたいとの思いかもしれません。

また次、機会があれば、
この講演について、書きたいと思います。



大震災以来も本当に災害が絶えない日本に暮らす一員として、
出来ることは限られているけれど、
ひとごとじゃないと自覚して、出来ることを考えていきたいです。


今回の大阪地震、豪雨災害、連日の報道を見ると、
何かすぐにでも、出来ればと思いますが、
毎日の生活の中では、
今はささやかな募金と遠くから応援することくらいしか出来そうもないけれど。


災害に遭われたすべての地域を日本中で応援していきたいですね。


それにしても、
東北は行きたいところがたくさん。
次は平泉とか、行きたいなー。



記念写真



読んでいただいてありがとう
連日の猛暑、今日も水分補給、ゆづ補給を忘れずに、元気で過ごしましょうねかれん

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