久世 一巴のブログ
可愛い画像を見つけました。『啐啄同時』ということばが思い浮かびました。以前書いたエッセイを思い出しました。我が家の愛犬、ゆずの出産から子育てについて書いたものです。初めて書いた拙い文章ですが、お時間がある時にでもお読みいただければ大変うれしく存じます。

私は迷助産婦

コリッ、キュリッ、ピチャッ、コリリッ……。

赤ちゃんを食べてるっ。

私がそう思ったのと、その湿った音が耳に届いたのは、ほぼ同時だったように思う。

「やめなさい、ゆず!ゆうちぁん、やめてっ」

そう叫んでも、コリッ、キュリリリッという音は続いている。

何とかやめさせなくては、そう思っても体が動かないああ、あんなに可愛い顔をして、自分の赤ちゃんを食べるなんて……。

私は全身の血液が下がってしまったのか、動けなくなっていた。

我が家の愛娘であるチワワ犬ゆずの初めての出産のときの出来事である。

「普通、飼い犬の出産は自宅出産です」

掛かりつけの獣医さんに言い渡されて、俄か助産婦となった私は、犬の出産に関する本を何冊も買い込み猛勉強をした。もともと納得しないと動けない私は、何をするにも、まず情報収集からはじまる。いよいよアクションを起こすころにはそのことに関する知識で頭でっかちになり、耳の穴から知識が零れ落ちそう。勿論、チワワの出産に関しても知識だけはベテラン助産婦である。それでも不安で獣医さんのレクチャーも受けた。

そうして臨んだ出産予定日。夜になって、教科書どおり、ゆずの体温が下がった。数時間後にはゆずベビーの誕生!と我が家に緊張感が走り、皆、息をつめるように待ったが深夜になっても生まれる気配はなく、私一人が付き添っていたのだった。いつの間にか眠りこんでしまい、コリッ、キュリッという音で目覚めたのである。耳に届いた瞬間に血まみれの肉片を想像する様なオゾマシイ音であった。こんな恐ろしい事が起こるなんて、どの教科書にも載っていなかった。

私の声に驚いた次男が飛んできた。

「ママっ、赤ちゃん生まれてるじゃない。ゆうちゃん偉かったねぇ」と労いの言葉をかけている。

ゆずは食べてはいなかった。あのオゾマシイ音は臍帯と胎盤の後始末をしていたのである。自分の子を食べるどころか、陣痛の、気が遠くなる程の痛みに耐えて、声も上げず、誰の助けも借りず、たった一人で、出産という命がけの一大事を成し遂げたのである。

なんと健気で立派なことだろう。

私など、母に『はしたないから、お産のときに声を上げたり、騒いだりしてはいけません』と何度も言い渡されていたにも拘らず、お休みの先生を早々と呼びつけ、助産婦さんに腰をさすってもらい、我儘の限りを尽くした。恥ずかしい限りである。ゆずは生まれて三ヶ月で我が家に来ており、誰からも出産に関する知識や出産に臨む心得など教えられてはいない。勿論、母親学級で学ぶこともない。

第一、ゆずには妊娠していたという自覚があったのか、母となる覚悟があったのだろうか。

何の自覚がないままある日突然陣痛に襲われ、母となったに違いない。

 こうして心ならずも三匹の母となったゆずの子育てが始まった。

ゆずの母親振りがまた見事であった。昼夜を問わずお腹をすかしてオッパイを欲しがる子犬たちに時折、居眠りしつつも、たっぷりと乳を与え、排便、排尿のしまつをする。子犬たちが寝ていれば目、耳、鼻、口を舐めて清潔にしてやる。産箱が常に快適であるように巣繕いをした。小犬たちの目が開き、歩けるようになると、好奇心旺盛な子犬たちが危険な場所に近づかないよう、牧羊犬の役割も増えた。やがて子犬たちが走れるほどに成長すると、子犬たちを遊びに誘い、遊びを通して仲間同士のマナーやコミュニケーションの仕方を身につけさせる。

「孫の世話は私に任せて」と仔犬誕生のための準備万端整えて、待ち望んでいた私の出番は殆どない。

それでも何かと手を出そうとすると、長男に「ゆずに任せておいて良いんじゃない。大丈夫でしょ」と嗜められる。さびしい限りである。

 しかしゆずの子育ては立派であった。若い身空で、出産から子離れまでを見事にやってのけた。子育て経験者の私が『なるほど』と感心することばかりであった。

ゆずの子育てに教科書はない。それではゆずは何を基本に子育てをしているのだろうか。

ひとつ気付いた事がある。

【啐啄同時】という言葉があるが、ゆずは子犬たちをよく観察し、その時々に、その子犬に必要なことを過不足なく与えているだけなのだ。やたらと知識を詰め込んで、教科書どおりでないからと悲観することもなく、また、教科書より少し早いとか遅いとか一喜一憂することもない。肩の力を抜いて自然体で子育てをする。

母親の肩の力が抜けていると子供ものびのびと自分の力を発揮できるようだ。

ゆずの三匹の子犬たちもたいそう利発で無邪気に屈託なく順調に成長し、先日無事一歳の誕生日を迎えた。ゆずたち親子を見ていると子を産み育てることがとても素敵なことのように思えてくる。

さて、私も、ゆずの子育てを手本にもう一度頑張ってみましょうか、今度は孫で……。