2021年7月12日 12時25分
病気発覚から1年半。
闘病の末、永眠いたしました。
享年42歳でした。
3日前までは、車椅子にも座れていたのに。
ご飯も何とか食べられていたのに。
急変というのでしょうか。
当初から、このブログは私の備忘録的に始めたものであるため、
以下、経過の詳細を書きます。
沢山の方に読んで頂き、温かいコメントも沢山頂きました。
慌ただしく、お応えできずにいるコメントがあり、
心苦しく思っております。
今、まさに病気と闘っておられる方も読んで頂いているようなので、
お辛いかもしれない方は、お控えください。
朝方、
熱が40度くらいまで上がり、
顔が真っ赤になりました。
慌てて、身体を冷やしまくりました。
30分ぐらいでしょうか。
経った頃、顔がドス黒くなったかと思いきや、
真っ白に血の気が引いていきました。
それから息が絶え絶えになってきたので、
在宅医に連絡しましたが、もう出来ることは無いとのことでした。
声をかけ続けました。
それしかできません。
でも、声に反応したのか、
息が止まったかと思うと、
また頑張るんです。
生きようとする意志を感じました…。
6:30頃
急いで来るよう、兄弟等近い家族に連絡しました。
7:00頃
おそらく息を引き取りました。
在宅医が午後にならないと来られないとの事だったので、私達には正確に診断はできないため、
おそらくそれぐらいかと。
12:25、
在宅医が来て死亡確認をしていただきました。
死亡確認が済むまで、本人を動かせられないので、
午前中はただただ、待つばかりでした。
でも、だんだんと硬くなってきてしまうので…
口が開いたまま、固まらないように、
大好きな煉獄さんで押さえておきました。
手もカワウソぬいぐるみで形を整えておきました。
最後まで役に立ってくれました。
つらいけど、綺麗なままを保ってあげたかったので。
在宅医療の現実ですね。
ダンナに関しては、病気によるものだとはっきりしていたので、
警察やら解剖やらはありません。
在宅医が死亡確認し、死亡診断書を作成してくださいました。
次に、訪問看護の方々に来ていただき、
エンゼルケアをしました。
私も子どもも、義母や妹など、家族も手伝わせてもらいました。
子どもも一生懸命身体を洗ってあげていました。
子どもは「もっとお世話してあげたかった」と。
「十分してあげてたよ」と答えました。
ホントに、頑張っていたので。
入院していたら、ここまで家族が関われなかったと思います。
最後は本人も喜んでくれていたと思います。
…思いたい!
熱が出たり、など色々ありましたが、
顔は終始、穏やかでした。
痙攣も起きず、
苦しさで顔をしかめることもなく、
本当に眠っているようでした。
頑張っくれたぬいぐるみ達をパパにあげようかと
子どもに聞いたら、
「その、カワウソちゃんは私のだから!煉獄さんもダメ‼︎」
「小さい煉獄さんと、クッションのはいいよ!」
だそうです。
パパの思い出なんでしょうか。
形見になりそうです。
悲しむ間もなく、
葬儀や訃報連絡の話になっていき、更に慌ただしい日々です。
もっと細やかな更新をしたかったのですが、
叶わず…
落ち着いたら、思い出したエピソードなどを
書いていけたらと思っております。