2023年7月5日
(初代国立劇場さよなら公演)
【歌舞伎鑑賞教室】
◆解説 「歌舞伎のみかた」(澤村 宗之助)

◆『双蝶々曲輪日記ー引窓ー』八幡の里引窓の場

 南与兵衛 後に南方十次兵衛:中村芝翫

 女房お早:市川高麗蔵

 平岡丹平:中村松江

 三原伝造:坂東彦三郎

 母お幸:中村梅花

 濡髪長五郎:中村錦之助 
 

 

 かねて歌舞伎を見たいと思いつつ機会がなかった。邦楽をやっている友人が国立劇場の舞台に立つというので初めて来たのがことしの五月。それでハードルが下がった感があり、国立演芸場にまず落語会で訪れた。その後メールで色々案内がくる中で、この入門編をチョイスした次第。

 『歌舞伎鑑賞教室』は1967年に開始され今回で104回を数えるが、この国立劇場は建て替えのため今年10月で閉場するので今回が最後となる(他会場では継続されるようだ)。

 

 生で歌舞伎を見るのは40年ぶりくらい。その時は先代市川猿之助(今世間を賑わしている猿之助の伯父さん。現猿翁)のスーパー歌舞伎だった。たぶん明治座で一幕見席で見たんじゃなかったか。

 

 

 前半は澤村宗之助による『歌舞伎の見方』という解説。これは助かりましたね。簡潔で明快な解説は小学生にもわかりやすかったと思われる(小学生の団体客がずらりと前の方に陣取っていた)。

 

 それにしても、この歌舞伎という演劇が400年以上にわたって演じられているのは見事というほかない。それだけ大衆をひきつける魅力があることの証左であろう。『大衆』にはちょっと敷居が高いところもあるけどね。

 

 下の写真は主役といってよい3名。

 中村芝翫は八代目芝翫を襲名してもう7年近く経つんですね。橋之助のイメージが強い。見栄えがよく、堂々たる風情は好ましい。

 相撲取り濡髪長五郎を演じた中村錦之助。肉襦袢を着こみ、膝立ちをしてからだを大きく見せる手法は見事。歌舞伎界を離れ、映画、テレビで活躍した初代(のち萬屋錦之助)や中村嘉津男は叔父、先日猿之助の代役で話題を集めた隼人は長男。端正な顔立ちで正に梨園のスターでありますね。

 市川高麗蔵のお早も見事でした。宗之助が解説していた女形の姿勢は、肩甲骨を内側に締め、足を内股にし、ひざを折り、膝頭を合わせるという。このかっこうをずっと取り続けるというから大変な作業である。

 母お幸を演じた中村梅花は、ポスターに大写しでは取り上げられていない(脇役扱い)が、存在感はこの3人に全くひけを取らない。お早の女形とは違う、年老いた女性の姿を見事に表現していた。国立劇場第二期歌舞伎俳優研修の出身で、梨園の名門の出ではないのでメインアイコンにはしてもらえないのか、酷なことである。73歳とは思えぬ身のこなしであった。

 

 
 
 脇役の4人の俳優(澤村宗之助は解説のみで芝居には参加していない)。
 中村梅花については上に書いた。
 与兵衛が郷代官に取り立てられて意気揚々と帰ってきたときに同道した武士二人のうち、若い方の三原伝造を演じた坂東彦三郎はただ者ではないなと感じた。出番はほんの少しだが、ハリのある声は出演者の中では随一だった。
 小生加齢のせいか、俳優たちの声が聞き取りづらい。その中で彦三郎だけは明瞭にセリフが耳に入ってきた。佇まいも若いサムライを存分に表現しており、もっと大きな役で出演する芝居を見てみたいと思わせた。

 

  

 ロビーに飾られている『鏡獅子』(平櫛田中)

 等身大よりさらに大きいくらい。木彫である。昭和33年の作。この時田中は86歳。驚異的でありますね。

 昭和11年5月に、六代目尾上菊五郎が『春興鏡獅子』を演じた時、25日間劇場に通い、毎日場所を変えて観察し、作品として表現する姿を六代目と相談して決めた由。その後試作を重ね、二十数年をかけて昭和33年に完成したのだそうだ。

 

 

国立劇場の勇姿。正倉院の校倉造を模して造られた。

 

 舞台の後、2階のレストラン『十八番』でランチ。味もコスパもイマイチ。

まぁ国立劇場に来た記念ということでかろうじて合格点。

 デザートとして添えられている塩味饅頭。我が郷里姫路の隣町である赤穂が名産である。播州赤穂といえば忠臣蔵。歌舞伎の定番 仮名手本忠臣蔵は設定を太平記に移してあるが、言うまでもなく赤穂義士に題材を取ったものである。そういうわけでこれをデザートに採用したんだろうか。

 小さい頃から親しんできたのは『総本家かん川』だが、これは塩見堂のものでした。


 

 それにしても、市川猿之助の事件には驚いた。かつては歌舞伎界の醜聞には多少のことは目をつぶるという傾向も間違いなくあったが、最近の風潮はそれを許さなくなってきたということか。しかし、その報道を苦にして両親といっしょに3人で「生まれかわろう」とまで追い込まれることなのだろうか。最新の興行で代役を務めた市川中車にしてからが、ちょうど1年くらい前にスキャンダルを伝えられ、テレビは降板、CMは契約解除という憂き目に会ったばかりではないか。その彼がすでに舞台では復帰している。

 今回の猿之助事件については人の命が失われており、深刻さはもちろん深い。ただ、芸能レポーターなる人種が、「復帰はむずかしいのではないか」と先走るのを見るにつけ腹立たしい思いにさせられる。猿之助の場合、これから有罪になったとして、執行猶予つきの量刑はないのかもしれない。しかし、それでもちゃんと罪を償った場合には、更生する機会を提供するのが社会の役目だと、日頃言っているのがマスメディアではないのか。単にきれいごとで言っているだけなのか。

 名前を出すのは控えるが、有名芸能人でも特に麻薬、覚せい剤関連で有罪となった人が復活している例は多い。プロ野球でも同様だ。服役を終わって社会復帰をすれば、ちゃんと活躍の場を提供しているのではないのか。

 容疑者でしかない段階で、復帰の見通しは暗いなどと断ずるは、自らの身をわきまえぬ不遜な行いと感じるのは私だけか。人命が失われているといっても自殺幇助、あるいは最大でも嘱託殺人の認定になろう。問題は介護を受けていたと言われる父談四楼翁の意思能力、つまり親子心中をすることについて、談四楼翁が自分の自由意思において承諾していたかどうかという点だろう。報道では両親とも自ら向精神薬をのんだと猿之助が供述したと伝えられている。であれば自殺幇助であって、嘱託殺人が成立するとは思えない。仮に嘱託殺人であったとしても、これに適用される刑法202条の最高刑は懲役7年であり、裁判官裁判の対象ではない(自殺幇助も同じ)。実刑を免れる可能性はわずかながらあるような気がしている。

 

 事件当初は連日の報道で、広末なんとかという俳優のW不倫とならぶ芸能スキャンダルだった。よく言われることに、政府が問題を抱えているときに、有権者の目眩ましに事件を利用するというのがあるが、政府の今の問題はなんだ?マイナンバーカードか。これも連日報道されているぞ。広末のスキャンダルは、彼女の男の趣味が悪いなと感じたくらいで、これこそどうでもいいニュースだった。なんだかもっと底の深い事案があるのかもしれない・・て、すっかり私も陰謀論に毒されている。情けなや。

 

 歌舞伎鑑賞の感想のはずが、歌舞伎界のスキャンダルの話になってしまった。申し訳ない。