2022年10月19日

 ダイアナ元妃の死去25年という節目のせいなのか、この映画とタイミングを同じくして、ドキュメンタリー映画「プリンセス ダイアナ」も公開が近い。
 今日見た「スペンサー ダイアナの決意」は”悲しい実話に基づく寓話”だそうで、登場するエピソードのどこまでが事実なのかはわからない。ベースはダイアナ元妃に同情的な立場であり、ある意味予想通りのストーリーで深みはないとも言える。いかに故人とはいえ、王室のメンバーだった方の、後ろ姿ながらシャワーシーンとか、下着一枚の姿とか、イエロージャーナリズムそのものという場面もいくつかあり、眉を顰める向きもあろう。

 悲劇的な最後であったことも一般大衆の同情を買った。ただし運命を共にしたドディ・アルファイドやその前交際を伝えられたハスナット・カーンは英国王室の伝統的価値観からは必ずしも好ましい人物とは言えなかっただろう。地雷除去問題やエイズ問題等の国際的慈善活動に積極的に取り組む姿が、相応の賞賛に値することまで否定するつもりはない。しかし元皇太子妃が、富豪のプレイボーイ達と遊びまわっていたという印象は拭えず、苦々しい思いで見ていた人は少なくないであろう。亡くなった政治評論家の三宅久之氏が、憮然として同趣旨の発言をしていたことをよく覚えている。

 この映画は、1991年のクリスマス休暇に、王室ファミリーがエリザベス女王のサンドリンガムの私邸で過ごした3日間のダイアナの心の葛藤を描く。当時すでに夫婦関係は破綻をきたしていたころで、ダイアナも精神的に不安定な状態であった。ヘンリー8世の2番目の王妃で、ヘンリー8世自身の謀略により処刑されたアン・ブーリンに自己をなぞらえる姿も描かれ、この辺は小説(フィクション)として受け止めておくのが無難なところ。晩餐の場面等で、エリザベス女王(ウィンザー朝)の私邸という設定にも関わらず、ヘンリー8世(テューダー朝)の大きな肖像画が掲げてあったのは果たして事実に即しているのか。強いて言えば、ヘンリー8世は英国教会の始祖ということだろうか。映画のストーリーのためのメタファと解釈した方がよさそうだ。

 そんなこんな、半ば以上は作り話なのだろうが、ダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートは、微妙な仕草、姿勢、表情を実によく表現している。口元がダイアナに比べると少しノーブルさに欠けるが、背格好が近いせいか、後ろ姿の再現ぶりはみごとである。そこで思い出したのは、映画“エルヴィス”の主演オースティン・バトラーのそっくりぶりであった。素顔は必ずしも似ているとは言えないのに、まるでエルヴィス・プレスリーが憑依したかのような姿は驚異的でさえあった。今回のクリステン・スチュワートも同様に、顔がそっくりというわけではないのに、時おり見せる表情が正に生き写しという風情であり、昨年のゴールデン・グローブ賞、アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされた由。

 まぁ、エンタテインメントとして楽しめばいいんじゃないでしょうか。それ以上ではない。

 あ、最後に二人の王子を連れてロンドンに戻るダイアナが、車でかけた音楽が Mike + The Mechanics の “All I need is miracle” なつかしかったのはともかく、その意味するところは? ダイアナはデュラン・デュランのファンだったよね。

 

歌詞はこうだ。

I said go if you wanna go
Stay if you wanna stay
I didn't care if you hung around me
I didn't care if you went away

And I know you were never right
I'll admit I was never wrong
I could never make up my mind
I made it up as I went along
And though I treated you like a child
I'm gonna miss you for the rest of my life

All I need is a miracle all I need is you
All I need is a miracle all I need is you
All I need is a miracle all I need is you

これはチャールズ皇太子(当時)に向けた言葉なのだろうか。でも All I need is you の "you"は誰?

 

 

(おまけ)

 こちらは“エルヴィス”

 7月6日に行ってきた。これは上出来。
 音楽映画は盛り上がる。
 私はエルヴィス・プレスリーをリアルタイムで知っている世代のかなり若い方になると思う。というわけで、観客はほとんどが私より年嵩の人で、159分の長尺では後半トイレに立つ人がかなりいた。ま、平日の昼間だから、爺婆が大半なのは当たり前と言えば当たり前だけど(“スペンサー ダイアナの決意”でも同様だった)。

 トム・ハンクスが、エルヴィスを利用して私欲を肥やす「悪徳」マネジャー役で熱演。でっぷり太った姿はおそらく役作りでかなり増量したのだろう。今まで善人役のイメージが強かっただけに、一部ファンには不満が強かったらしい。ちょうど日本の大河ドラマで、大泉洋演じる源頼朝が、権謀術数を駆使して武士の棟梁に駆け上っていくさまが、大泉のイメージを一変させたのに似ている。トム・ハンクスと言えば“フィラデルフィア”、“アポロ13”、“フォレスト・ガンプ”、“プライベートライアン”等々、佳作映画の主演をいつもあてがわれているという印象で、個人的にはそれほど好みではなかった。昔のラブ・コメディの“ビッグ”や“めぐり逢えたら”、“ターミナル”あたりの人畜無害の善人がぴったりと思っていた。しかしながら、最近はこの“エルヴィス”や少し前の“キャプテン・フィリップス”など、少し癖の強い人物像を演じてもさまになるところは、さすがオスカー俳優の面目躍如である。