2022年6月9日
先日(6/9)この映画を見た。ドレフュス事件を題材にしたと言われて、昔世界史で名前を訊いたことはあるなという程度の感慨しか催さなかった。ところが、歴史の流れを変えた事件であるとさえ言われており、私の認識の甘さを思い知った。曰く、シオニズムの萌芽のきっかけとなり、さらに帝国主義国の勢力争いにからんで、イギリスがバルフォア宣言によりイスラエル建国を後押しすることになった、云々。
ナチによるホロコーストは、人類史上最悪の罪業であることは誰も否定できないが、実はそれが進行中であったとき、キリスト教が中心にある西欧文明はこれを積極的にやめさせようとする動きになかったこともまた事実である。21世紀におよんでなお、根深く残るユダヤ人に対する偏見がこの映画の根底にある。自身がユダヤ系ポーランド人であり、母親をアウシュビッツで亡くしたロマン・ポランスキーがこの作品を採り上げたのもむべなるかな。
ただ、ひとこと添えれば、ポランスキー監督は性的スキャンダルにより主たる活動の場所であったアメリカにいられなくなり、現在はフランス市民権を得てヨーロッパで活躍している。本人は一部冤罪を主張しており、ドレフュスに自分の姿を仮託していると考えられなくもない。この映画の原作はあくまで小説であり、かつポランスキー監督による脚色が加わっているのだから、100%が史実であるとは言い切れないだろう。
ポランスキー監督ってまだ活躍してたのね。今年89歳になる。なんといっても記憶に残るのは、1969年にチャールズ・マンソンに主導された“シャロン・テート惨殺事件”である。ポランスキーの名前を初めて知ったのはこの時ではなかったか。その後ナターシャ・キンスキーとも関係があり、ナターシャ・キンスキーと言えば1985年日本公開の“パリ、テキサス”(ヴィム・ヴェンダース監督)で何とも言えない存在感を発揮していたことを思い出す。なぜか覚えているのは、かなり後になって週刊文春がヴェンダース監督を評して「“パリ、テキサス”でパリを見事に描き切った・・」みたいなことを書いていたが、これ、映画見てないのがばればれですね。“パリ、テキサス”は原題は“Paris, Texas”で直訳すれば「テキサス州パリ市」である。フランスのパリとは全く関係がない。テキサス州のパリ市(パリスの方が原音に近い)は人口3万人に満たないテキサス州北部の田舎町であり、これは主人公がテキサス州のパリスまで放浪の旅を続けるロードムービーである。
いや、毎度話が飛ぶね。
さて“オフィサー・アンド・スパイ”だよ。前半は退屈だった。だが、後半、主人公のジョルジュ・ピカール大佐(ジャン・デュジャルダン)が、軍上層部を相手に対決することを決意してからは俄然ストーリーに厚みが増し、歴史ミステリらしい展開が見る者を惹きつけた。結果、映画としての評価は高く、2019年第76回ヴェネツィア国際映画祭で審査員大賞(銀獅子賞)を受けたほか、フランスのアカデミー賞と言われるセザール賞でも最優秀監督賞ほかを受賞している。ここで、前述の児童性的虐待で有罪、保釈中に逃亡というスキャンダルにより、ノミネート段階からフェミニスト団体を初め強い抗議を受けている。
波乱万丈、毀誉褒貶の激しい人生。常人の及ばぬ才能を、常識の枠内に収めるのは本人にもむつかしいことなのだろう。いや、彼の所業を正当化する趣旨ではありません、念のため。