この映画が劇場公開されたのは昨年(2021年)の夏であったと記憶している。そのとき、興味をそそられたものの、見るには至らなかった。先日(5月)ケーブルTVの映画チャネルで放送されたので、いい機会と思い鑑賞した。
秀作ですね。先日劇場で見た“白い牛のバラッド”に通じるものがある。最近こういう映画を見る機会が多い。つまり欧米大資本以外の製作になる映画である。近い方から遡っていくと、“モロッコ、彼女たちの朝”(2019年モロッコ、フランス、ベルギー)、“親愛なる同志たちへ”(2020年ロシア)、“林檎とポラロイド”(2020年ギリシア、ポーランド、スロベニア)、“白い牛のバラッド”(2020年イラン、フランス)、“国境の夜想曲”(2020年イタリア、ドイツ、フランス)、“ホロコーストの罪人”(2020年ノルウェー)、“ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本へ”(2020年日本)、“世界で一番貧しい大統領 愛と闘争の男 ホセ・ムヒカ”(2018年アルゼンチン、ウルグアイ、セルビア)、“ジュゼップ 戦場の画家”(2020年フランス、スペイン、ベルギー)、“トゥルーノース”(2020年日本、インドネシア)、“アウシュヴィッツレポート”(2020年スロバキア、チェコ、ドイツ)、“復讐者たち”(2020年ドイツ、イスラエル)、といったあたりだ。
これはほとんどが「千葉劇場」での上映である。千葉劇場は座席数110の1スクリーン、全席自由席という昔ながらの街の映画館である。ハリウッドの大作とは無縁で、ヨーロッパ映画を中心にミニシアター系の秀作を着実に上映している。暇な徘徊老人の私が行くのは平日の昼間であるとはいえ、ほとんどの場合観客はひとケタ、というより5人程度である。これでよく経営が成り立つなと心配になるくらいだ。
さてこの“モロッコ、彼女たちの朝”である。
地中海に面する北アフリカの国モロッコを舞台に、それぞれ孤独を抱える2人の女性がパン作りを通して心を通わせていく姿を、豊かな色彩と光で描いたヒューマンドラマ。これが長編デビュー作となるマリヤム・トゥザニ監督が、過去に家族で世話をした未婚の妊婦との想い出をもとに撮りあげた。臨月のお腹を抱えてカサブランカの路地をさまようサミア。イスラーム社会では未婚の母はタブーとされ、美容師の仕事も住居も失ってしまった。ある日、彼女は小さなパン屋を営むアブラと出会い、彼女の家に招き入れられる。アブラは夫を事故で亡くし、幼い娘との生活を守るため心を閉ざして働き続けていた。パン作りが得意でおしゃれなサミアの存在は、孤独だった母子の日々に光を灯す。
アブラ役に「灼熱の魂」のルブナ・アザバル。サミアはニスリン・エラディ。二人とも適役、好演だった。秀逸だったのはアブラの娘ワルダを演じたドゥア・ベルハウダ。演技をしていることを感じさせない自然な愛らしさで、深刻なテーマで重い雰囲気になりがちなストーリーを救っていた。登場人物はほぼこの3人で、時おりアブラに思いを寄せるスリマニ(演じるのはスリマニ・ハッターブ)がややコミカルな色合いを添える程度。
映像の美しさは、異国情緒とも相俟って、美しい絵画を見ているような気分にさせられた。思わぬ収穫でありました。