最近この50年以上前の映画が再度注目を浴びている。エンディングで映し出される一面のひまわり畑のシーンが、ウクライナで撮影されたことが主な理由であると聞く。

 第二次大戦後のイタリア映画のみならず、ヨーロッパを代表する名優ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが共演し、ネオレアリズモの名匠ビットリオ・デ・シーカが監督、ヘンリー・マンシーニの甘く切ないテーマ曲にのせ、戦争によって引き裂かれた夫婦の愛を描く、といったあたりが映画の説明としての最低線だろう。

 ひまわり畑のシーンは、ウクライナの首都キーウ(キエフ)から南へ500キロメートルほどのヘルソンで撮影されたものだと日本大使館が紹介しているが、NHKの現地取材ではオルタヴァ州のチェルニチー・ヤール村で行われたと特定されているらしい(by wikipedia)。

 ひまわりはウクライナの国花でもあり、そういえばウクライナの国旗の青は空、黄色は麦の大地を象徴していると聞いたが、ひまわりに置き換えてもいいような気がする。

 ロシアの侵攻を受け、この半世紀前の映画の舞台・ロケ地であるウクライナの安全と平和を祈る意味合いで各地で上映が行われている。

 というわけで、私が足を運んだのは千葉県ユニセフ協会の主催によるウクライナ支援上映会でありました。お題はこうである。「ユニセフ映画上映会 ウクライナの子どもの命と尊厳を守るために!」。

 千葉県ユニセフ協会は、そのウェブサイトによると「公益財団法人日本ユニセフ協会と協力協定を結ぶ県内唯一の団体として、ユニセフの広報・募金・学習支援などを行っています。」ということで、(財)日本ユニセフ協会の下部組織でも支部でもないような書きぶりである。で、(財)日本ユニセフ協会はUNICEF(国連児童基金)とは、もちろん資金や活動において協力関係にはあるが別の組織であるようだ。民間(個人、団体、企業)の窓口は日本ユニセフ協会で、政府機関の窓口はUNICEF東京事務所だそうで、一般人には実にわかりにくい。そういう不透明さだけが原因ではなかろうが、日本ユニセフ協会については一時あまり名誉とは言えない噂が飛び交いましたな。ちなみに黒柳徹子さんとか、生前のオードリー・ヘプバーンが務めていたユニセフ親善大使はUNICEF本部の承認に基づくもので、アグネス・チャンは日本ユニセフ協会の委託による日本ユニセフ協会大使だそうであります。あ~めんどくさい。でも現場で一生懸命動いているおば様たちは、100%善意で活動しているのだろうからあまり文句は言いますまい。

 

 映画の話でしたね。「ひまわり」、不朽の名作映画みたいな位置づけで、私自身もかねて見たいと思っていた。ん~確かにマストロヤンニの際立った男ぶりと、ソフィア・ローレンの香り立つ色気は近づきがたいものすらある。マストロヤンニ演じるアントニオが、旧ソ連でいっしょに暮らす現地妻マーシャ役のリュドミラ・サベーリエワの可憐さも心を打つ。しかし、ストーリーは、戦争で引き裂かれた夫婦の悲しい愛の物語と言えばそれだけの、見ようによってはプレイボーイのアントニオが、本妻のジョヴァンナ(ソフィア・ローレン)がいるにも関わらず、ちゃっかり若い現地妻とよろしくやっていたけしからん話ととれなくもない。だいたい、旧ソ連が敵国捕虜にこのような寛大な扱いをしていたのだろうか。それともシベリア抑留は日本人限定だったのか。いやいやこの映画の時代はスターリンのころだから、自国民ですら数十万人が粛清されたと言われている。東部戦線(正に現在のウクライナ)で雪の中行き倒れた敵兵を、村でかくまって何事もないとは思えないのだが。

 イタリアは1943年9月には早々と降伏し、翌月にはなんと連合国側に立ってドイツに宣戦布告している。そもそもイタリア兵が、独ソ戦の舞台となった東部戦線に送られたんだろうか・・と疑問に思って調べてみると、いやありましたね、イタリア・ロシア戦域軍。まぁだからこの設定は不思議なことではないのは理解できた。

 ひねくれ者の映画評は粗さがしばかりするから困る。ほめておこう。

 戦争で命のやりとりをする世にあって、刹那的に愛を求めただけだった二人が、実は固く心で結ばれていた。戦争はその二人を引き裂いた。過酷な戦場の環境と負傷により、一時は自分の名前も忘れるほどの心身の傷を負ったアントニオは、現地で自分を助けてくれたソ連の村娘ナターシャと、幸福な時間を過ごしていた。そこへ現れたのがつかの間の恋の相手にすぎなかったはずのジョヴァンナである。アントニオの幸せそうな家庭を見てしまったジョヴァンナは、駆け寄ろうとしたアントニオを置いて、列車に飛び乗って去って行く。時を経て、それでもジョヴァンナを忘れられないアントニオは、イタリアに赴き、彼女の家を探し出して訪ねる。お互いのほんとうの気持ちををわかり合えた時にはすでに遅かった。ジョヴァンナにも新しい家庭がすでにあったのである。赤ん坊の名前を訊かれたジョヴァンナが答える。「アントニオよ。」

 ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの2大俳優の名演技により、戦争によって引き裂かれた愛と悲しみを描き切った美しくも悲しい物語。名画を見るような美しい映像と、人生の陰影を写しとったカメラワークが見事に調和する。人生で必ず見ておきたい映画とはこの作品のためにある言葉だろう。ウクライナの大地に平和よ再び。

 ま、こんなとこかな。

 

次の2枚の写真は私がチェコにいたころに撮ったひまわり畑の風景である。ウクライナは近いと言えば近い。今般のロシアによるウクライナ侵攻に際し、ポーランド国境まで車を出すからウクライナから避難希望の人は申し出てくれとSNSで呼びかけたチェコの方がいた(友人のそのまた友人)。チェコは旧ソ連の圧力に長く押さえつけれられてきた。あの“プラハの春”の弾圧をチェコ人は忘れることはない。このロシアの侵攻には、心穏やかではいられないのだ。見ず知らずのウクライナ人にここまで支援を試みようとするその熱い思いに、感動と敬意を心より表明する。ウクライナとチェコに栄光あれ。