【1948年東宝】
4作中2番目におもしろかったのはこれかな。といっても深く感動したわけではない。ストーリーは、闇市のヤクザ者と飲んだくれの貧乏医者との交流という、ありきたりのヒューマンドラマとでも言えばいいのか、取り立てて語るべきものはない。タイトルの酔いどれ天使は、主演の志村喬演じる医者を指すということを、作品を見て初めて知った。三船敏郎は当時28歳、これが黒澤作品の初出演となる。苦み走ったいい男ぶりが際立っていて、演技以前に存在そのものが魅力的である。三船演じる松永の情婦 奈々江を小暮美千代が演じているが、匂うような色気であった。対照的にセーラー服の久我美子の可憐なこと。華族の家柄という品のよさも十分に発揮されていた・・というのは若干色メガネがかかっていたか(映画に合わせて言葉も古くなってきた)。
主演の志村喬は後年の渋い役柄とは違って、向こう見ずで人情に厚い貧乏医者という設定。意外に似合っていた、というより私の年代ではこの時期の映画はリアルタイムで見ていないから、イメージが違うのはしょうがない。
というわけで映画そのものより俳優陣が懐かしい、というか昔の姿を見て新鮮な思いがした。
【1950年大映】
日本映画史上に輝く「羅生門」。これは2度目。かねて見たいとずっと思っていたが、結局初めて見たのは7-8年前だろうか。正直に言ってがっかりしたのを覚えている。三船敏郎はこのときすでに三船敏郎だったが、志村喬や京マチ子が、かように喚き散らすように早口でしゃべるのには驚いた。今回の上映は映画用の劇場ではなく、収容人員1,304名の、むしろコンサート用の大ホールだから音響も当然映画には向いていない。古い映画で音声はかなり劣化しているし、くわえて私自身の加齢に伴う軽度の難聴があるから、きちんと聞き取れたのは6~7割といったところか。その大ホールに100名に満たないくらいの観客であったのは、新型コロナ感染対策上はけっこうなことであった。見渡したところ私より若い人はほとんど見当たらず、聞こえてきたのは、「声が割れて聞きとれない・・」云々。耳が遠いとは言いたくないものね。
始まってすぐ感じたのは、「わが青春に悔なし」もそうだが、音楽がうるさいということ。やたら大音量で、ゴジラが出てきそうな重々しい音楽が終始鳴り響いて耳障りなことおびただしい。おまけに、京マチ子演じる真砂の証言の場面じゅうずっと、ラヴェルの“ボレロ”そっくりの、というよりボレロの変奏曲が流れていて、それに気をとられて画面に集中できないほどだった。戦後すぐの日本人はボレロなんか知らないだろうとタカをくくっていたのか、なまじ国際映画祭に出品されたものだから、ラベルの故国フランスで問題になったらしい。
たしかに作品としては、人間の心の屈折と陰影を描き、カメラワークも大したものだとは思う。ただ、俳優の演技はこれは当時の主流なのだろうか。三船敏郎の多襄丸は役柄上ともかく、京マチコの真砂はそれなりの身分の女性にしてはあまりにエキセントリックに見えるし、志村喬の杣売にしても、多襄丸と同じ調子でしゃべられては見ている方が疲れる。
日本での当初の批評家の評価はそれほどでもなかったようで、「キネマ旬報」ベストテンの第5位という結果がそれを物語っている。ところがベネツィア国際映画祭でグランプリを受賞したなんていうことになり、大映のオーナー永田雅一は手のひらを返して自分の手柄のように扱ったそうだ。日本人は海外の評価を無条件でありがたがる傾向が強く、ノーベル賞、各種国際映画祭あたりにその影響が色濃く出る。今や世界のキタノと言われる北野武監督あたりその典型かと思われる。あの人の映画でおもしろい映画ってありましたっけ?大江健三郎の小説っておもしろいですか?
この映画の脚本は当初橋本忍だった。黒澤が手をくわえてなんとか作品になったみたいだが、やはり橋本忍の力も大きいのだろう。橋本といえば松竹の黄金トリオ、原作松本清張、脚本橋本忍、監督野村芳太郎の一角である・・と思っていたら、格別この三人での作品というのは多くないみたいだ。「張り込み」「ゼロの焦点」「砂の器」くらいか。ちなみに「砂の器」のシナリオを黒澤明は酷評したらしい。映画の大ヒットは周知の通り。
【1946年大映】
ん~これはねぇ、戦後すぐの映画でほかに大した作品はなかったんだろうと思う。キネマ旬報ベストテン第2位。「羅生門」で書いた通り、音楽がうるさい。
モデルとなったのは京都大学の滝川事件(1933年)とゾルゲ事件(1941年)だそうだが、その深刻さがあまり伝わってこない。中途半端な左翼映画という印象しかない。原節子が単に美しいだけの女優ではありませんよとアピールするための映画かな。原節子はたしかに美しい。あの時代にこれだけエキゾチック(これも死語かな)な女優がいたら、それは目立つだろう。リアルタイムでは全く知らないが、ちょうど今の三十代以下の人たちが山口百恵を記事で見る感じなんだろうか。
以上黒澤明名作映画祭の報告でした。
ところで、黒澤作品はほかに「七人の侍」「乱」「夢」を見た程度であまり熱心にフォローはしていない。今後もその気は起きませんでした。