2022年1月30日

 2日間で黒澤明監督作品を4作見た。国立映画アーカイブが保有する映画資料を保存、復元、公開する事業の一環で、浦安市文化会館では黒澤明名作映画祭として開催された。プログラムは順に1.「わが青春に悔なし」(1946年) 2.「酔いどれ天使」(1948年) 3.「羅生門」(1950年) 4.「天国と地獄」(1963年)の4作品である。

 おもしろかった順にいこうか。

 

「天国と地獄」 これは抜群におもしろかった。

 他の3作品と異なり、音楽の使い方が実に抑制的であった。始まってちょうど1時間、誘拐された子供が解放されて主人公の権藤金吾(三船敏郎)と抱き合う場面まで一切BGMがなかった。俳優の演技もこの作品ではかなり落ち着いていて、後でまた触れるが、羅生門での俳優たちは、やたら早口でわめきちらすようにしゃべり、けたたましい哄笑をくり返し、あまりの不自然さに辟易させられた。

 実はこの作品を見るのは3回目である。最初に見たのは母親に手をひかれていった、おそらく小学校1年生のころなので全く覚えていない。しかしながら、私はこのときの記憶で、この映画がカラー映画だったと思い込んでいたのである。犯人逮捕のカギのひとつに、身代金を入れた鞄を燃やしたときの煙の色がある。これがピンク(作品中の表現は牡丹色)でないとストーリーを大きく損なうために、煙の部分だけ着色したのであって、映画そのものはモノクロである。子どもごころにカラー作品だと思い込んでいたのは、この場面が深く心に刻みこまれていたというわけで、小学1年生のオレ、大したもんだな。

 2度目に見たのはたぶん大学生のときだから、これもすでに45年ほど前のことで、今日思ったのは、2度目のことも全く覚えてないということである。いや、ひとつだけ記憶しているのは、息子を誘拐したという犯人からの電話があった直後に、当の本人が現れ、いたずら電話であったと安心したり憤ったりという場面で、その子ども役を務めたのが江木俊夫。場内かなりの笑い声が起きた。1960年代後半にテレビ放映されたマグマ大使の村上マモル役だったのがこの江木俊夫で、その番組での印象が強かったのか、それともすでにフォーリーブスの一員としてバリバリのアイドルだったこととの違和感が強かったのか、私個人としてはマグマ大使の方だが、それだと時期が違いすぎるような気もする。

 本作の犯人役は山崎努。この映画でブレイクしたといって間違いないだろう。前半は脅迫電話の声以外に登場せず、容疑者として特定されて画面に現れるようになってもそれほどセリフはない。なのにその存在感は、やはり後に名優となるだけの重みをすでに感じさせる。

 作中の身代金の金額が30百万円。今でも大金だが当時(1963年)だとなおさらだ。ヘロイン受け渡しの場所になったダンスホールのメニューに、オムライス100円とか見えたから、ざっと今の10分の1といってよかろう。そうすると現在の価値で身代金3億円となって、ちょっとそれはいかに資産家でもおいそれとは払えないんではないのという感じ。この映画の後に現実に起きた、あの「吉展ちゃん事件」の身代金要求額は50万円だったからその途方もなさがよくわかる。

 

続きはまた。