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 「先生!」


 俺を見つめるその瞳に、もうすでに吸い込まれているのだと悟った七月の朝。


 「康二くん!おはよ〜」

 「おはよーラウール!今日もかっこええな」

 「もーやめてよ笑」


 銀色の髪をなびかせて、手を振って階段を駆け上がって行った彼。


 「よし、ラウを見送ればたいてい全員来たってことなんだけど」


 校門の前で生徒を見送りをすれば、たいていラウールは最後から2番目の登校。

 つまり、最後は。


 「先生」

 「おはよう、めめ」


 目黒蓮。


 「今日も最後やな」

 「眠かった」

 「間に合ったからセーフや」

 「ふふ、先生甘すぎるからね。俺いっつも佐久間  先生に怒られるけど」

 「佐久間先生は人のこと言えんから大丈夫やで!  ほら、はよ教室いき」

 「はーい」


 にまっと笑って、俺に手を振った。

 それからは、ラウールと同じように、三段とばしで階段を駆け上がる。


 「先生、すきなんだ」


 あの日、そう目黒から言われたのは、幻かなんかだったんやろか。


 そうだとしか思えんほどに、目黒はなにごともなかったかのように俺に接している。


 「康二ー!職員会議!」

 「あ!忘れとった!」

 「ばか!早く来いって!」


 ふっかさんにそう叫ばれ、慌てて俺も彼らと同じ階段を駆け抜けた。



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 「あついー」

 「そう言うと余計暑いからやめてもらえる?」


 今日もふっかさんの辛辣な一言がとんでくる。


 「だって暑いやん」

 「寒いって言っとけ」


 さっくんのフォローがはいり、ふっかさんも、さむいーと連呼し始めた。


 「君たちまた変なことしてんね同窓トリオ」


 ここ最近、阿部ちゃんにつっこまれるまでがワンセットになった。


 俺、佐久間先生、深澤先生は同じ大学を出ていて2人は俺の先輩にあたる。

 ちなみに、阿部ちゃんは、優秀な大学を出とる。


 「ていうか康二さ、目黒最近どう?」

 「めめですか?」


 阿部ちゃんが急に、質問を変えてくるから声が裏返ってもうた。


 「なに、なんかあったの?」


 ふっかさんも心配そうにこちらを見てくる。


 「別になーんもあらへんよ。今までどおりや。た  だ俺が勝手に心配してるだけ」


 さっくんも聞いてないようで、しっかりと目線はこちらにむいていた。


 「めめにとって、お母さんは大切な人なんや。   だから、俺もそれをサポートしたい。それだけ  のことやから、大丈夫」


 うーんと呟いてから、ふっかさんが口を開いた。


 「康二だけでどうこうできることでもないんだか  らね?それはわかっていて。なにかあったら教  師の先輩としてできることがあるかもしれない  んだから」


 ふっかさんのこういう言葉には、何度も救われてきた。

 いつもはっちゃけている彼とは真逆の、いつも俺を助けてくれる優しい先輩。


 「ありがとう。頑張るな」


 めめが今、俺に助けを求めようとしとるなら、俺はめめの力になりたい。



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 「目黒くーん!待って待って」

 「ごめんね、用事があるんだ。職員室行かなきゃ  いけないから」

 「え〜」

 「教室にラウールいるから、ラウールと話してな  よ」

 「ラウくんとも話したいけど、目黒くんと話した  いなあ」


 またつかまってるよ、こいつ。


 「目黒、遅いから迎えにきたで?補習こなやばい  やろ、はよこい」


 補習は、ないんやけど。

 いや、めめは補習常習犯やけど。


 「康二先生ー!」

 「ゆめちゃん、ゆきちゃん、さらちゃん、ごめん  なあ、目黒補習あんねん」

 「先生今度遊ぼうよ!」

 「ごめんやで〜、先生今月いそがしねん」

 「じゃあ明日お昼たべよ〜?」

 「明日にならんと明日の予定はわからんよ〜。ほ  ら目黒いくで」

 「うん」

 

 しばらく無言で、準備室に向かう。


 「先生来てくれて、助かった。ありがとう」

 「ええんやで、いつもめめも助けてくれるやん。  大変なときはお互い様やで」

 「そう言うと思ったよ笑」


 そう微笑んだめめをみて、少しだけ安心した。


 「毎日あんな囲まれて大変よなあ」

 「うーん、先生が来てからだいぶマシになった。  けっこうな女子、イケメンわんちゃん先生に絡  むようになってくれた」

 「イケメンわんちゃん先生?」

 「イケメンで子犬みたいな先生のこと」


 イケメンて。褒めらても嬉しくないで。


 「鼻の下のびてる」

 

 すいません、嘘です。うれしいです。


 「めめのほうがモテモテやろ。ラウールとセット  で黄色い歓声あびてるやん」

 「あびたいわけではない」

 「そうやろな」


 それどころじゃないよな。


 「イケメン先生が増えて幸せ〜って騒がれてたん  だよ?」

 「そうなん?」

 「先生、彼女いんの?」

 「残念ながらいないで」


 そんなことを言ってる間に、準備室についた。


 「てか、補習ないのに準備室きてもな」

 「先生といれるならいい」

 「…そういうこと言わんの」

 「俺が言ったこと、忘れてないよね」

 「…なんのこと」


 めめが俺に近づいてくる。


 「好きって、言ったよね」


 めめの手が俺の方にのびてくる。


 「…だめや、離れて」

 「やっぱりだめ?」

 「俺は、めめを支えたいんや」

 「先生がそばにいてくれたら、それでいい」


 詰められていく距離に戸惑い、思わずめめの世界に引き込まれてしまいそうになる。



 「俺は先生が好きなんだ」





 「本気なん」

 「俺は先生に嘘ついたことないよ」


 彼の瞳は、いつもまっすぐやった。正しいとか、間違ってるとか、そういう話やなくて。


 嘘をつかない人間の瞳って、綺麗やんか。

 そういうこと。


 「俺は先生で、お前は生徒やろ」

 「そういうのいいから」

 「ほんまのことや」


 もし、俺がめめと同い年だったなら。


 もし、経験も浅く、失敗も成功のもとだなんて言ってもらえる年齢だったなら。


 もし、俺がまだ、あの人を想っていなかったら。


 俺は、めめと付き合ったんやろうか。


 「めめは、怖くないん」

 

 俺は、本当に、めめのこと、好きじゃないんやろうか。


 「なにが?」


 俺だって、本当は、逃げてるだけなんや。


 「友達に変な目で見られるかもしれん。誰かを傷  つける未来が待っとるかもしれん」


 本当は、めめのことが好きだから。


 だから、怖いんや。


 「怖くないよ。先生を悪く言う友達ならいらない  し。それに俺にはラウールがいるから。あいつ  はわかってくれてるから」


 こういうとこや。俺にはない、めめの強み。

 そして、俺が最も愛おしく感じるところ。


 「めめ」

 「ん?」


 俺はきっと、めめを。


 「康二いる?」


 ノックの代わりに聞き慣れた声がした。


 「深澤先生や、ごめんめめ」

 「いいよ、俺こそ忙しいのにごめん」


 準備室から出ようとする彼の袖をひっぱる。


 「あかん、ここにおって。昼休み終わったら教室  戻ればええよ。今日の女子は元気やからな、ま  たつかまるで」

 「いいの」

 「当たり前やろ」


 ありがとう、とまっすぐ言葉にめめはする。

 とても温かくて、柔らかい優しさやと思う。


 「おるで、なに」


 準備室を出て、ふっかさんのもとに向かう。


 「あれ、教えてた?ごめんごめん」

 「ああ、ちゃうちゃう。あれめめ」

 「あー、そっか。お話し中だった?」

 「大丈夫や」

 「俺も康二に伝えときたいことがあったんだよ」


 少しだけ、空気が重くなった。


 「え、なんや」

 「翔太が成沢先生の代わりに講師としてうちにく  ることになったらしい」


 …いま、なんて?


 「翔太くん、が」


 名前を聞いた瞬間、あの日々の思い出が蘇って、余計胸が苦しくなった。



 「康二」


 そう、俺を抱きしめながら名前を呼ぶのは、貴方だけやった。


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 翔太くんは高校の先輩やった。


 「先輩!かっこいいですね!」


 彼はダンス部の先輩でもあった。

 ただいつも、1人でいる人やった。


 「は」


 そんな孤高の存在だった彼に、俺はそう声をかけたんやっけ。


 「鬼イケメンやないですか!」


 後から友達にはなんで渡辺先輩にあんなバカみたいな声の掛け方ができるのか、と聞かれたりもした。


 「はあ、ありがとう?」


 なんだこいつ、みたいな目。


 「先輩かっこいいから仲良くなりたいです!俺  一年の向井康二です!」


 今思えば、翔太くんは、めめに、似てる。


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 「大丈夫そうか?」

 「…大丈夫かって言われたらなあ、大丈夫では

  ないんやけど」


 なんたって、翔太くんとの最後は最悪に近かったんやから。


 「だよなあ、きまづいよな」

 「会うの、何年ぶりなんやろ」

 「高校以来会ってない?」

 「そうやなあ…」


 ふっかさんは俺の悩みもぜんぶ知っている。

 それぐらいお世話になってるんや。


 「まだ、好きなの?」


 その質問は、何度も自分で繰り返しとった。


 「わからんよ」


 何度何度、自問自答をしたとしても、その答えが出ることはなかったんや。


 「ただ、いつまでも、渡辺翔太を俺が忘れるこ  とはないねん」


 それだけは、確かな事実。


 「…わかった。もう昼休みも終わるし、戻ろう  か。康二授業?」

 「せやな、先戻ってて。めめに声かけてから行  くな」


 もう一度準備室に戻り、めめに声をかけようとした。


 「めめー、そろそろ」


 そこにいたのは、まぎれもない、彼やった。


 「康二」


 「先生」

 

 「…翔太くん」


 あの日以来、会わなかった。


 これからも、会うことはないんやろうと思っとった。


 運命は、なんて奇妙なんやろ。


 「久しぶり、康二


 to be contined…