話す友だちも聞いてくれる夫もいないのでここで独り言のおばはん。総じて幸せ、唯一生き延びてることだけが不幸。更年期障害に怯え老眼ドライアイに涙し。日々のかけら。
注意 地震のことはもう思っても書きません言ってはいけないから二度と書きませんだからもう期待して来ないでここは元介護ブログですもう二度と同じ人を介護することはない大切な人との思い出があるだけの私が生きるためのブログです目にしてしまってから心がそこから離れない私は水分だけの点滴の意味を知っているでもお会いしたことはないのはもちろんだがどうか今自分がしたいことの中で出来ること自分がするべきと思うことを一番にそれは個人個人で違うから私がもっとしてけばよかったと後悔してるのは生きている間にてをなで声をかえること目は早くに見えなくなる 知っていたのにだから側にいるのではなく声をかけるべきだったきっとお迎え現象があったはずそれはおじいちゃんで知っていたくるであろうきているであろうおじいちゃんのこともめっちゃ誉めてもちあげといておもいではなしもすればよかった最期に心臓がとまっても声をかけてあげてあげるべきだったそしてすぅーっと亡くなりそうなときは静かに見送ってくださいそれに間に合わなくてもぬくいうちは声を優しくかけてくださいありがとう私は一緒に楽しかったとでも仕事をしていて電話があってなにげなくおばあちゃんのことを聞かれたもうほんとダメと答えたら自分に一番のことだから休みなといわれた人生で今一番大切でしょうとだから後悔は少ないはずなのにそれでも今もまだ後悔がでるでももうひとつなにをしても亡くなったあとどうして出来なかったとかもうどうしようもないのに後悔が波のように押し寄せることそれはとても自然な反応大切だったからこそ心が何度も過去を振り返ってしまうんです時間がすぐに癒してくれるわけではありませんでも、痛みの形は少しずつ変わっていきますいまでも寂しいけれど私が人生で一番支えになったのは宗教でも精神論でもない事実に基づく情報(まいくらかは違っても)この本と自分の経験だこの本は介護の終末期が見えてくる人自宅で看取りを決断した人にお勧めする私はこの本に支えられた死亡直前と看取りのエビデンス 第2版 [ 森田 達也 ]楽天市場3,740円
今週末の過ごし方(お家編)体操クラブでねっころがって深呼吸すると背中のアーチの腰のうえの空間が減るようにとならったんだけとあなたできる?と言われたが結論笑ったほうが空間できる深呼吸に近いことができることが判明した地震のびびりは思っても書きませんよそれ関係のひとは見てもつまらぬよ
びびりなことは書きませんよ?なんか懐かしくなりここに来ただけです
2025年6月しょっぱな今夜からびびりさっきまで平気だったのにびびりはつらい今月もお元気で
萩も行ったことないから今度行きたいけど怖くてびびりは行けない家にいるだけでもびびりはびびり疲れます会社は結局トラック通っただけで揺れてるけどこれはどっちと疲れます
春分の日で新しい年になったととらえる考え方もあるらしい年が明けようが同じだろうがそんなんどうってことなくて無駄な毎日だと思うことで無駄と決めつけて過ごしています体調は良くないけどだからどうなる訳でなしまぁそんなのどうってことないですすっごい楽しいるんるんってこともなく浮き沈みもなく穏やか~にこんなんしてるのも夢みたいなもんだ空気は静かだけどはりつめるほどきーんとしてないから怖くない大丈夫まぁ自分にはすべて無意味なままでこんなもんです書こうかなと思ってからはや一週間新しき一年をどうかお健やかに
27日びびりはまだ先なのになんだかびびりはじめる元気かって聞かれると寒くて寒くて肩があがってストレスっていわれたけど肩がこってこって手を伸ばすだけで痛い耳鳴りがひどくて喘息もひゆーひゆーそれくらい
お正月といったら必ずお屠蘇もだけどお茶に梅干しと昆布をいれたのを飲むのが当たり前だと思ってたんだけど違うらしい屠蘇散は売り切れで結局今年も探し回ったせめてお屠蘇の文化は残ってほしいお茶に梅干しと昆布の飲み物大福茶というらしい健康祈願のお茶。平安時代、村上天皇が申年の梅干しと昆布入りのお茶を飲んで疫病を治した、疫病が下火になった、という言い伝えあり。それ以降、元旦に福を呼び込み、病を遠ざけることを願って梅干しと昆布入りのお茶「大福茶」を飲む習慣ができたらしい