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kireiStyie 美の賢人ブログ
父の3回忌を社員と父の弟子たちと献杯をした後
6月から縁あって、弊社顧問に就任してくださったM氏と、北海道美唄の焼き鳥やさん福よしで美唄焼きに舌鼓を打ちつつ、父との思い出話に花が咲きました
福よしさんは北海道出身のM氏おススメのお店で、美唄焼きという、一本の串においしい部位をいっぱい刺して炭火で焼いたウマウマ焼き鳥のお店です
今回はM氏と父と私の不思議なご縁について記します
M氏と父とのご縁はかれこれ軽く30年以上遡ります
父とウシオ電機の牛尾治郎さんが主催する勉強会に、まだ20代のM氏が招かれたことがご縁の始まりでした
「キミのような小役人はいろいろな人の話を聞いて勉強したほうがいいんだ」
まだ20代のM氏、人生の先輩である主幹(父のこと)にそういわれ、その勉強会に出席したことがご縁となったそうです
「あの頃の正忠さん、豪快でねえ、周りにみんなお金使っちゃうんだ。だから残らなかったろう
」
あはは、図星
その後、北海道に移動になったM氏の元に、ある日突然主幹から電話が
「おう、元気か、ところで、ウチも札幌に支局を出そうと思ってな。で、キミ、支局長とハコを用意してくれ
」
突然の電話で、人材と事務所を探せ、という、ありえないほど超あつかましい依頼に応えてくれたM氏
「そりゃあ、正忠さんの頼みですから、ウチの事務所に机一つ置いて、友人を御社に紹介して、、、」
つまりは経済界札幌支局のスタートは、主幹のムチャブリで、しかも、社員でもない人生の後輩に依頼したことから始まったというのです
「正忠さんったら、ウチの看板の5倍もある看板送ってきてね、どでっかい字で「経済界札幌支局」って書いてあったよ
」
あはは、それはそれは、お世話になりました。つまり、札幌支局は居候で始まったのです
時は流れ、15年前ほど前のある日、主幹と再会したM氏
「その時の正忠さん、少し痩せてね、「オレもトシだし、体調もあまりよくない。キミとはもう今生の別れかもしれん」ってしんみり言っていたなあ。それが正忠さんに会った最後なんですよ
」
実はこの会話は、昨年、札幌のバーで偶然にM氏に出会ったときに交わしたものなのですが
その前年に父が亡くなったことを告げると
「あんなにしんみりと語っていたから、もうとっくに亡くなったのかと思ったら、去年まで生きていたって~
」
そう、ホントにあつかましいおっさんでしたから、と大爆笑
それにしても、父とM氏とご縁があったこと、そして、なぜか札幌のバーで私とM氏が偶然出会ったなんて、アンビリーバボー
父とM氏のご縁が、父亡き一年後に、札幌で私とM氏を偶然にも引き合わせてくれたのは、父の見えないチカラなのかもしれません
以来、札幌に行った時にお食事をご一緒したり、ゴルフもご一緒するなど、M氏にはまるで娘のようにかわいがっていただき
この6月より、正式に弊社顧問としてお手伝いいただくことになったのです
父より20歳も若いのでお父さんと呼ぶには若すぎるものの
体格がよく、よく通る大きな声は,父を彷彿する点もあったりして
M氏が語る父のトンデモ武勇伝を聞きながら、笑い転げる時間も嬉しいのです
人生仕事に賭けた父の人生を想うと、きっと今でも私たち現役世代を応援してくれている気がするのです
人生には限りがありますが、人脈は繋ぎ続けることができるのですね
改めて父が作ってくれたご縁に感謝
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父の3回忌を社員と父の弟子たちと献杯をした後

6月から縁あって、弊社顧問に就任してくださったM氏と、北海道美唄の焼き鳥やさん福よしで美唄焼きに舌鼓を打ちつつ、父との思い出話に花が咲きました
福よしさんは北海道出身のM氏おススメのお店で、美唄焼きという、一本の串においしい部位をいっぱい刺して炭火で焼いたウマウマ焼き鳥のお店です
今回はM氏と父と私の不思議なご縁について記します
M氏と父とのご縁はかれこれ軽く30年以上遡ります
父とウシオ電機の牛尾治郎さんが主催する勉強会に、まだ20代のM氏が招かれたことがご縁の始まりでした
「キミのような小役人はいろいろな人の話を聞いて勉強したほうがいいんだ」
まだ20代のM氏、人生の先輩である主幹(父のこと)にそういわれ、その勉強会に出席したことがご縁となったそうです
「あの頃の正忠さん、豪快でねえ、周りにみんなお金使っちゃうんだ。だから残らなかったろう
」あはは、図星

その後、北海道に移動になったM氏の元に、ある日突然主幹から電話が
「おう、元気か、ところで、ウチも札幌に支局を出そうと思ってな。で、キミ、支局長とハコを用意してくれ
」突然の電話で、人材と事務所を探せ、という、ありえないほど超あつかましい依頼に応えてくれたM氏
「そりゃあ、正忠さんの頼みですから、ウチの事務所に机一つ置いて、友人を御社に紹介して、、、」
つまりは経済界札幌支局のスタートは、主幹のムチャブリで、しかも、社員でもない人生の後輩に依頼したことから始まったというのです
「正忠さんったら、ウチの看板の5倍もある看板送ってきてね、どでっかい字で「経済界札幌支局」って書いてあったよ
」あはは、それはそれは、お世話になりました。つまり、札幌支局は居候で始まったのです
時は流れ、15年前ほど前のある日、主幹と再会したM氏
「その時の正忠さん、少し痩せてね、「オレもトシだし、体調もあまりよくない。キミとはもう今生の別れかもしれん」ってしんみり言っていたなあ。それが正忠さんに会った最後なんですよ
」実はこの会話は、昨年、札幌のバーで偶然にM氏に出会ったときに交わしたものなのですが
その前年に父が亡くなったことを告げると
「あんなにしんみりと語っていたから、もうとっくに亡くなったのかと思ったら、去年まで生きていたって~
」そう、ホントにあつかましいおっさんでしたから、と大爆笑
それにしても、父とM氏とご縁があったこと、そして、なぜか札幌のバーで私とM氏が偶然出会ったなんて、アンビリーバボー

父とM氏のご縁が、父亡き一年後に、札幌で私とM氏を偶然にも引き合わせてくれたのは、父の見えないチカラなのかもしれません
以来、札幌に行った時にお食事をご一緒したり、ゴルフもご一緒するなど、M氏にはまるで娘のようにかわいがっていただき
この6月より、正式に弊社顧問としてお手伝いいただくことになったのです
父より20歳も若いのでお父さんと呼ぶには若すぎるものの

体格がよく、よく通る大きな声は,父を彷彿する点もあったりして
M氏が語る父のトンデモ武勇伝を聞きながら、笑い転げる時間も嬉しいのです
人生仕事に賭けた父の人生を想うと、きっと今でも私たち現役世代を応援してくれている気がするのです
人生には限りがありますが、人脈は繋ぎ続けることができるのですね

改めて父が作ってくれたご縁に感謝













」と嬉しそうにやって来てくれたOBたち



なんて思っていたのはほんのつかの間のことでした
」





