2024中国茶産地訪問④武夷山茶人劉斌氏の「武夷山郷愁記憶館」
撮影:20240511武夷山滞在2日目。武夷山茶人劉斌氏の案内で「武夷山郷愁記憶館」を見学。この建物の一階は「星村鎮茶文化資料館」となっている。
武夷茶の歴史をよく研究している劉氏。劉氏の紹介のお陰で今までと違った武夷茶の一面を知ることができた。
劉氏が特に強調したのは「星村茶」という概念。星村は武夷茶の重鎮で「薬は樟樹まで訪れないと効かない、茶は星村まで行かないと香りのよい茶がない」という諺があるように江西、潮州の商人がこぞって星村まで行って茶を仕入れていたとか。故に清の頃から星村は茶の一大集散地であった。
そして星村は茶貿易のみならず茶の製造と加工の重鎮でもあった。
見学の後、2階で武夷貢茶の歴史ビデオをみながら劉氏が武夷茶の歴史を語ってくれた。現在の武夷茶は歴史上安徽省の松羅茶の影響をかなり受けていた。明末清初頃戦乱の為武夷山の御茶園は荒れ果ていた。貢茶としての技術は失われつつあり、順治年間の武夷山貢茶はまずく宮廷で皿洗い用の水として使われていた。武夷茶再興のため当時の崇安(すうあん)県令殷応寅が黄山の僧侶を武夷山に呼び、松羅茶製法を教えてもらったという。
松羅製法を学んだ武夷茶農達が松羅茶製法を改良し、武彝茶の品質は大幅に上げられ、乾隆帝に褒められたほどだ。その後、武彝茶の名声がヨーロッパに伝わり、広州十三行の商人達が星村鎮に押し寄せるようになった。当時安徽の松羅茶と区別するため、武彝茶ー松制という名前を付けた。
つづく→
一口メモ:
星村鎮にはかの有名なラプサンスーチョンの産地ー桐木村があることが良く知られている。実は星村鎮の面積はかなり広く、最北端の桐木村(桐木関の所)は星村鎮管轄下の15村の一つに過ぎない。次回、星村鎮の「黎前村」、武夷山に唯一の畲族村をご紹介したい。