頭の中ではいろいろ考えていますが

いまだ行動には移せず・・・・


はぁ。。。。

いい加減

なんとかしないとなぁ~

ゆ「なんのかいもん?」


ダ「・・・・郵便局だよ」


ゆ「??????????郵便局で何かうん?」


ダ「お金おろしたんだよ」


ゆ「お金???どここにそんなおろすお金あるの??・」


なんかイライラしてきた・・・


のらーりくらーりの答えは

結局


先日 私に手切れ金 と 言ってきたころに


ダーの母様から お金を送金してもらってたようだ


それを今日どうしておろしに行ったかはよくわからん・・・・


「私にくれる手切れ金??ですかー言っとくけど398,000円では引っ越しもできませんのでー」

と毒を吐くわたし


ダーは 「そんなんじゃないよ」という 


親に借りてまでそうしたいのか と 理解したので

もう 諦めの境地。。。


まもなく 会社に着いた

「ここんとこ渡してなかった生活費」 といって封筒を私の机の上に置いたダー


(養育費のことか????)


「向うにふりこんどけばいいの?」と聞く


「違うよ、ゆゆにあげるんだよ」 と ダーは現場に向かった


(やっぱ手切れ金か!!!)

とりあえず、その封筒の中身をかぞえた(;^_^A

30万入ってた・・・


どうする?


向うに養育費送ってあげようかとも思ったが・・・・

ちがうといっていたし

しばらくは持っておきます


なにをしたいのか

よくわかりません。。。。






ダーと私は

職場が一緒です


昨日、朝のバタバタ時間が過ぎたころ

専務は?と聞かれたので

現場にいませんか?


・・・・・いない

駐車場を見ると車がなく

??????????


電話をかけるが

出ない


??????????


いろいろ頭の中で考えるが

とにかく

仕事として電話をする


小一時間後

やっと出る


第一声で 「うそ」とわかる

↓(ノДT)


ま、とりあえず仕事中なので

泳がす( ̄ー ̄)


今朝車の中で一応聞いた

昨日何を買いに行ってたん?(買い物といったので・・・)

そんな感じがします


無視するって

どういう神経というか・・・それって何?


うち出る準備

しようと思います。。。。><


続ける理由は

ダーには ないみたい(´_`。)


わたしも

限界。。。。Y(>_<、)Y

東京で働き先をみつけないといけなかったので

毎日ネットと就職情報とにらめっこ


すまいの近くで

パートの事務系仕事があり

以外にもきちんと大きな会社だったりしたので

お給料はパート制だけど保険等々もちゃんとしていたので

面接に行ったら

採用o(^▽^)o


歩いて20分くらい

自転車があればもっと楽ちんかな


とっても忙しい職場で

一日はあっというまに過ぎていったけど


その間も

ダーは、千葉と東京のはざ間でうろうろうろたえながら

過ごしていたのだと思うけど


私も東京での新しい職場で

覚えることも多く

もっと大変なことは

関西弁の自分の言葉で話せなくなったことだった


完全に関西弁を

封印した私は、無口な無口な人になりました。



7月1日に

二年ぶりに来たメールに


迷惑掛けるので今週中に家出る予定

お互いの為


と言われた


そして土曜日


今月中に家出ます

手切れ金398000円しかない


とおくられてきた・・・


いいかげんに

成長してほしい。。。・°・(ノД`)・°・



疑えば いくらでも疑える


その日以来 うちにもどってる形跡はなかったけど


あとから奥さんに聞いた話だと

「仕事が忙しいから 帰れない」といってたみたい


帰れるでしょっ・・・・

その話 するほうも その話信じるほうも。。

あほかっ


と今なら思うけど


とちくるってたあの頃の私は

東京で頼れるのは ダーひとり 


ダーが大好きで

だから いろんな変なことが

変ではなくなっていた・・・





そしたら、夕方にならないうちに

帰ってきました。


ワイシャツが変わっていました・・・・・


「どこいってたの?」


「会社だよ」


「じゃーなんで、ワイシャツ変わってんの?」


「・・・・・・・・・」



黙ってそんなことしなくても・・・

いいじゃんね・・・・・


ばーか



またこんな日もあった


ダーは、自分の身の回りのものは

何一つ持ってきてない


ていうか

ダーは、ちょっと会社に といってでてきただけなのでした


ばかな私は

ダーも 自分と同じように ふたりでって 思ってくれてると

信じていた


ダーは はじめ ここ一年は

一番下の子を保育園につれていかないといけないから

夜は帰ってくるけど遅くに家に戻って子供を保育園に送ったら朝

また顔を出すよ と言っていました


さびしいけど我慢してね と


それも 仕方ないと思っていましたが


結局ダーは 夜私のもとに来ると

そのまま 家に帰ることはなく 何日かがすぎました


土曜日の朝

基本的に土曜日はお休みなのですが その日ダーは昼まで会社に行ってくるといいました


私は何の疑いもなく

いってらっしゃい と 送り出しました。







どうして、あのあと別れずに

そのまま進めたのかわからない・・・思い出せない


ダーに、またいろいろ期待もたされるようなことを

いってもらったのかもしれない


新しい船出には

お互い片付けないといけないことが山積みだった


「離婚」

私の旦那さんは、家を出ることにだけOKをだし

手続き的なことは また ということで

また、娘は結局 新学期からに転校が嫌だということで

それも先延ばしにした

なので 私は住民票等はそのままに 東京で暮らすことになった


ダーは 

何もしていなかった


奥さんに 問い詰められた時に

私が東京に出てくることになったことだけ 話したよう


ダーは車のローンを自分の小遣いで払っていたので

その車を売ったことで 小遣いが復活

私も車を売って、少しだけまとまったお金が入った


貯金とそのわずかなお金で

どうして生活できると思ってたんだろう


私は頭がくるっていたんだね


今 このころのことを思い出そうとしても

娘への申し訳ない気持ちで

涙が出てきて 先にすすむことができない・・・