4月
中之島公園へ伯母たちが植えた桜を車椅子を押しながら見に行きました
伯母が植樹した桜の木には名前のプレートが付いている、有名な建築家の植えた木の隣というので、下調べで何回か行って捜したのですが、その建築家の名前はあったのですが、なかなか伯母たちの名前のプレートが見つからなかった
桜の満開の時期に、本番で連れていく時に、ちょっと残念がるかなと思ったけれど、場所の記憶ははっきりしていて、前に〇〇さんと一緒に来たことがあるのと懐かしそうに話していて、では、来年も来ようねというととても喜んでいました
桜が綺麗だった
その後、レストランでお昼を食べて、中之島美術館で、上村松園の絵画をゆっくり鑑賞しました
うなじや指の柔らかさが好きだと言っていました
6月
楽しみにしていた万博へ行きました
パビリオンの7日前予約も取れて、3日前予約は深夜に2時間かかってとれて、良かったぁと思ったら、なんと当日雨だった
雨なら車椅子は無理だろうということで、その日は、家で一日ゆっくりしました。
そして、別日に予約したら、パビリオンの予約が全く取れなかった。ま、大屋根リングだけでも登ればいいかと晴れた日に行きました。55年前の万博では、お茶をたてたりのお手伝いをしたと懐かしそうに話していたので、万博でどこかないかと事前に探していると、偶然その時に催しがあり、お菓子とお抹茶を頂いて喜んでいました。
その後、英国館やトルクメニスタン、ルーマニア館でピアノを聴いたり、大屋根リングの上に登ったり、コモンズと色々見て回りました。まだいい気候の時期でした。万博に来れてすごく喜んでいました
施設からは、鶴見緑地公園の咲くやこの花館にも連れて行っていただいた
施設のHPに笑顔の写真があります
施設からは、さくらの花見にも連れて行っていただきました
施設の秋まつりやイベントごとが沢山あるのがありがたいです
イオンタウンで赤い服を一緒に捜していたのもこの頃かな
大阪城にも行きました
中には入らず、大阪城の前までですが、また大阪城の天守閣を見て喜んでいました
車椅子の伯母を連れていく時には、段差があるか、車椅子で電車に乗れるか、多機能トイレはどこにあるか、エレベーターはどこにあるか、レストランには車いすで入れるか、などの下調べが必要ですが、昔と比べて今は、車椅子に優しい社会になっているので、とてもありがたかったです
8月には、再度万博へ行きました
日本館とアメリカ館へ行きたいという希望で、日本館の予約がなかなか取れず、第五希望だったか、全部、日本館希望としたけれど外れた時もありましたが、やっと予約できました
アメリカ館は優先列であまり待たずには入れて、三井住友館は車いす対応があったので、良かったです
暑かったけれど、伯母は二度目の万博を喜んでいました
ただ、日本館は思っていたのと違ったようで、日本館らしくないと、多分以前の万博のイメージで、日本らしさを全面的に押し出している日本館を想像していたらしい
10月に、芝生の上に座って、チョコレートケーキを食べたいという希望があり、グラングリーンに行きました
大阪の貨物置場跡が、綺麗な芝生公園になっていたので、とても驚いていました
グラングリーンの坂の上に、敷物を敷いて、チョコレートケーキとロイヤルミルクティーを飲み、ゆっくりと過ごしました
芝生で、子どもたちがはしゃいでいたり、本を読んでいる人がいたり、おしゃべりをしている人がいたり、小さい子を連れた家族がお昼を食べていたり、そういうほのぼのとした景色をただ眺めているのがとても楽しそうでした
私たち兄弟が子どもの頃のことや、私の母(妹)の思い出を話していました
伯母の10代の頃は戦争だったけれど、その後の平和のありがたさのことも話していました
グラングリーンへは次は日傘を持ってまた行きたいそうです
暖かくなったら又行こうねと話しています
伯母が、祖母や祖父や、私たちの母の話を懐かしそうに話してくれるのが、私にはとても嬉しい
私たちの母は、私が3歳の時に亡くなっているので、記憶がほとんどないので、もし母が生きていたら、こういう感じだったのかな、と時々思ったりします
伯母は今は、週に三回のリハビリを頑張っています。先生からは〇を二つ貰ったと嬉しそうに話してくれます
朝と夕方に、自主的に、運動しているとのことで、マットと、椅子に座ってできる体操の本を持っていくと、これを今していると話してくれます