ヒロインの輝き 7

 

 

「はいはい、お惚気は俺にはいらないからね。それよりも俺の逸美ちゃんの方はどうなるんだよ!」
「チャラ男くんは止めて、真面目に迫るしかないだろ? 初回のヒロインになれば、少しは会えるチャンスも増える。キョーコにも少し助っ人を頼んでおけば、可能性も高くならないかな?」
 蓮の言葉に貴島は眉を寄せた。

 

「京子ちゃんねぇ…。あの娘さ…場合によってはひっくり返すんだよね。いい方ならいいんだけど、何処にひっくり返すかわかんないからさ。敦賀くんの口八丁の方が無難なんだけど…」
「…誰が口八丁だって?」
 貴島のつい洩らしてしまった…蓮の素でも言葉巧みな似非紳士を、言い方を変えれば口八丁と言えなくもない。
「何かの場合に対しての対処は、敦賀くんに勝てる人いないでしょ? 頭もよくて、周りも煙にも巻けるし」
「……そんな事を期待してるなら、君の本音を逸美ちゃんにばらすよ」
「待て待て、それは止めてよ。珍しく本気なんだから…」
「逸美ちゃんに目を付けるところは褒めてあげるけど、彼女を傷付けるような事になるようなら、直ぐにバラすよ」
「だからそのつもりがないから、生真面目な敦賀くんに相談してんじゃないか」
「ではヒロインに逸美ちゃんが決まる事を祈るんだね。役者ともなれば、共演でも無いと会える時間も少ないからね」

 

 蓮は貴島には、本気の気持ちで頑張れば通じなくはないだろうと、励ました。最後は本物の気持ちなのだ。

 

 

* * *

 

 初めての集まりを散会した帰り…。

 古賀は気乗りしない仕事ではあったが、小さい仕事では無い。前シリーズのリニューアル版。前作までも人気があり、若返らせる形で視聴者が着いてくるポイントは高い。
「だが問題は…」
 古賀にとっても共演は面倒な敦賀一味だ。筆頭は敦賀に、フィアンセの京子、貴島、石橋光にまだいるのかよ…。
 ドアを開けて古賀は控えの部屋の中を見渡して、何かイヤな空気を感じて堪らなかった。目の上のたんこぶとも言える敦賀一味がうじゃうじゃいるではないか。

 

 京子とは【泥中の蓮】以来、役者としては認め、他にも共演した。余り馴れ馴れしくしていれば敦賀蓮が近付いてくる。一番イヤなパターンだとそれなりの距離を取ってきた。
 役者の技を認めた者ともなれば演技者としては嫌いではないが、敦賀一味で仲良し小好しをするつもりもない。それも敦賀のお気に入り、やっと婚約を公表出来たとなれば、出来るだけ近付きたくない敦賀一族の筆頭。今回のドラマの主役2人ともなればイヤな顔を見せる程子供ではない。
 

 そして「抱かれたい男」は婚約という形で、俺の目の前にその空席が明け渡された。やっとコイツではなく俺に回ってきた№1という望みの席なのに、何故か微妙に嬉しさが半減している事にも気が付いた。まあ多分、コイツが勝手に転げ落ちたのではなく、自ら笑みを浮かべて下りてきた空白の席だからだろう。それも、たった1人のこれからを共に過ごしたい相手への最高の笑みを浮かべて、こんな席には未練もないという笑顔だからだ。

 

 俺にはまだたった1人の女に縛られるなどゴメンだと、浮き名を流すには「抱かれたい男」という看板もあった方が、女性と楽しい時間を過ごせるから嬉しいだけだ。まだ20代、イケメンな役者、決まった彼女がいなければ、それなりの女性は寄ってくる。後腐れなく少しだけ遊んで楽しむのもいい。そのうち落ち着いて付き合う気になる年齢になって、周りもやっと決めたかという形で女性と付き合って…と、落ち着くのはもう少し先だと思っている。    
 それまでは若いからこその付き合いを広く浅くが目標なのだが、……なんか目の前を面倒そうなのがあの日から、ひらひら出て来たが無視を決め込もうとしていた。
 何しろ婚約も発表して、お互いだけらしい男のトップ俳優と彼女にしたい女優なのだから、そんな2人に割り込むのはドジを見るだけだ。女優としての実力は認めるが、特別好みの美人でもないし、身体の方のボリュームが足りん。男は俺に「抱かれたい男」の敬称を譲るから寄って来るなと言うくらいなのだから、俺にとっては好都合なのに…偶に視線がアレを追ってしまう。そんな2人をメインにシリーズものの探偵ドラマに、どっぷり長く共演をしていって欲しいと声を掛けられたら、ドラマは美味しいが何処か引っかかるひらひらと残る何かを感じてしまう。


「全く敦賀のヤツは…」
 古賀は先ほどの事を思い出して、むかむかとしていた。

 

* * *

 

『処で…ホントに、何で俺まで巻き込まれるかな…?』
 溜息で、蓮が主役のドラマに出るのは御免被りたいと言わんばかりに嫌みな視線が蓮に向けられた。
 敦賀一味が多いドラマで共演する事は、居心地が悪い事この上ない。
『だって若手の優秀な刑事の役じゃないですか。合ってますよ』
 キョーコが本気でそう言ってしまえば、これ以上に皮肉屋のセリフも直ぐには回らなくなってしまう。
『君は……天然さんだね。相変わらず…』
 古賀が小さく溜息を吐けば、並んで立っていた蓮は優しい笑顔でキョーコを見ていた。
『あーいうのは、しっかり捕まえといた方がいいよ。尻尾でも何でも、手は離さない方がいいだろうね』
 古賀が蓮に一言クギを刺してみた。
『わかってるよ。ただね…無邪気に馬の骨を増産するのが、彼女らしいところではあるからね。人の良さ、世話好き、人タラシというヤツだね』
『そう。でも俺の好みじゃないからね。バディもいい女で、プレーボーイと楽しく遊んでくれる女希望だから』
 そう言って自分は無関係と蓮に言ってみるが、長年キョーコの人タラシ振りを見ていれば感じること。
『わかってるよ。でも彼女の場合、そういう手合い程引っかけるクチなのでね』
 こればかりは困ったモノだと、キョーコの人タラシは男女を問わなくて、油断はしないと視線が言っていた。
『は?俺はあの面倒なのはゴメンだよって、言ってるんだけど?』
 古賀が、映画での共演などでもキョーコを知っているだけに、蓮の恋人だからと言うだけでなく御免被りたいらしい。
『わかってるよ。だから…取り敢えずそういうことにしておくよ』
『は? 取り敢えずしておく?』
『彼女の魅力は、いつまでも新しく生み出されて、男女関係なく虜にする。だから婚約しようが、俺は馬の骨を蹴散らすのに気が抜けないんだ』

 

『そう言えば、古賀くんとは共演は殆どした事がないね』
『ああそうだね…』
 古賀は素っ気なくそう答えた。
 古賀にとっては主役の指名を、何度も先に指名される2番手俳優だと、陰では言われている事も知っている。俳優としての力量も無いとは思っていない。だが、冷静に見ても実力が大きく離れているとは思わないが、蓮の持つ何かが一歩前で光らせるところがあるのだ。何の差なのかハッキリ分かった方がいっそスッキリするが、主役を取ったこの男が特別嬉しそうにしている訳でもないのが、逆に癇に障る。
 目の上のたんこぶよりもうっと惜しい存在だ。直ぐ横に立っていてもわかる。身長は少しばかり高く、その顔立ちは日本人にしては彫りも深く、海外ブランドのモデルを数年続けるだけの信用も持ち合わせている。
 そこまで揃ったなら海外で活躍して出ていけばいいのに、それでも日本から離れる事がないのは、その視線の先で笑みを受け止めるフィアンセがいるからだ。
 海外での評価が高ければ、役者としての実力でハリウッドにも行けるモノを、客演的に行く事はあっても戻ってくる。
『行ったままになれば良いモノを…』
 古賀が小さく呟くと、それが聞こえたのか蓮はキレイな笑顔で声を上げた。
『俺の居たい場所はキョーコの隣なんだ。どんな光栄な場所を提供されても、寛げる場所はたった1人の女性の横だけだ。ま…プレーボーイと浮き名を流して、女性をまだ暫くは遊ぶ対象にしか見ていないと分からないかもね』

 

 さらりとキョーコだけと言い切り、遊ぶだけでは女の良さは分からんと抜かしやがったな!
 惚れた女というならわからんとは言わんが、そんな色ボケ野郎が『抱かれたい男№1』だったなんて、わからんね。それもあんなちんちくりんに…。
 あ~あ、俺には分かりませんよあんなのの良さなんかどうでもいいし、俺はもう少しバディも良くて美人がいいね。だから寄って来てくれる看板は一つでも多い方がいい。それに遊びでもいい女を多く知っていた方が、役者としてもいい男になれるというものだ。若い内から1人の女に縛られてコチコチになってやがれ!

 

『君さ、思ったより言いたい事が顔に出るんだね』
 古賀は無表情を通して考えていた事が、蓮には読めていたというのだ。素知らぬふりで誤魔化してみた。
『それ程の事は考えてないけどね。君の気のせいだろ』
『そういう事にしておいてもいいけど、女遊びが多ければ肥やしになるなんて言うのは、たった1人の女性が魅力的であれば、その女性が教えてくれるものだよ。1人でも七色に輝く女性として、人としても輝けば、何人もの女性と付き合う時間もいらないしね』
『…それは俺が十把一絡げの女と付き合っているとでも言いたいのか?』
 流石に古賀の表情が蓮を睨み掛けていた。
『君が付き合った女性を詳しく知らないから答えようも無いけど、若い時は遊べばいいというのは共感しないね。本気で好きなら女性を離したくなくなるものだ。勿論女性もそう思ってくれるなら、一生の相手という事になる。俺は幸運にも早くに相手を見付けた。そして他には要らないと分かったから、大切にしている』
『俺には関係ないから、その話はいいよ。だから海外に行っても戻ってくるのか。自由が無くて、俺にはゴメンだね』
 心底呆れたと言わんばかりの古賀に、蓮は余計な事を言っている気もしたが、これからも仲間としてやっていくならと言葉にしてみた。
『女優としての京子が人に好かれるのは仕方がないと思うが、直ぐ近くでキョーコという女性に全ての人が惚れ込んでいくのは避けて欲しいからね。だから最低でも時々見張りに戻ってこないと、仕事で出掛けるとは言っても気が抜けない。当人が一番分かってないから困ったものだが…』

 

 少しだけ鋭い視線で古賀を見る蓮は、馬の骨は少しでも増やしたくないと牽制した。
『だから、俺には興味ないから安心しろ』
『キョーコの人タラシは、舐めないでいてくれ。それだけだ…』
『人タラシ…ねぇ』
『当人に自覚がないから一番怖いんだ。特にキョーコの場合は真っ直ぐな心が…これ以上彼女の良さを教える必要はないか…』
『そんなのは訊いても無駄だよ。『泥中の蓮』でまともな共演したからね。女優としては前にイジメ役で、『泥中の蓮』も泥を被るような役でも頑張り屋だと思ったが、役が落ちたら女性としては何も感じなかったしね。真面目で少し変わった娘だとは思ったけど』
『そこまでにしておいてくれればいいよ。代わりにキョーコには近寄らないでくれればいい』
『勿論、そうするよ』
『そうしてくれれば、余計な馬の骨が1本でも少なくなって済むしね』

 女優としてはまあ根性と運動神経はあるが、骨抜きのこんな色ボケやろうが、俺を2番にさせていたなんて信じられんな。

 

* * *

 

 

「やはり敦賀一味は面倒だ…」
 思い出しても蓮の笑顔が鬱陶しい。

 

 

 

≪つづく≫

 

 

男の二人駄弁りの後は、皮肉屋兄ちゃんの独り言でした(^▽^;)

古賀のあんちゃんのクセっぷりって、面白いです(^▽^;)  私のイメージだけかしら?

 

 

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