スキビ&CH   

        【プライベート・アイ】 8

 

 

 

「初めから此処に住んでいた訳ではないですけどね。忙しくなると同時にプライバシーの面でも、芝居の稽古をするにも、いい場所を探したら社長のお墨付きで決まったんですよ」
 蓮がマンションを厳選するのは人気からしてもごく自然なことだと、香も思った。
 だが廊下を通り、玄関といえる戸を開けて入った上がり口から、リビングにゲストルーム。キッチンは広くて高い場所に取り付けられたいくつもの収納棚。その横にもテーブルのある食事スペース。
 これだけでもリョウも香も呆れて蓮の後を着いていったのだが、蓮の部屋にさすがに躊躇った。

「広いが部屋の数は少ないようだな。お前さんのベッドがデカければ、俺はそのベッドのお世話にならないといけないが……」
 リョウがこれ以上に驚くことはないだろうと、蓮の寝室に案内された。そしてドアが開くと香は驚いたが声にならず呆れ、リョウは本音が言葉になった。

 

「……お前……ハーレムでも作る気か?」

 

 リョウの呆れ声は半分本気だった。
 キョーコはリョウの言葉の意味が一瞬分からず、理解すると同時に顔を赤らめた。
 香はこのバカが何を言って…と、顔に手をやってからミニハンマーがリョウを張り倒して頭が痛くなりそうになった。

 

 蓮はそういう思考もあるかと思ったが、自分には関係ないと、どんな理由でこのベッドになったか思い出してみた。
「そんな物は作りませんよ。寛げるベッドがいいと注文はしましたが、この部屋のサイズでこの大きさになったようです」
 ベッドのサイズについてはキョーコも初めて見た時に驚きの声を上げそうになったが、あの時は蓮の風邪が心配でそれどころではないと、ベッドに寝かせることや氷枕を作ったりして驚きに浸る暇もなかった。
「このマンションは外国人向けに作られている処が多いので、サイズが大きくて俺には調度いいですが…?」
「敦賀さんも身長ありますものね。リョウも190㎝ぐらいですけど敦賀さんも同じぐらいですか?」
「ええ。お陰で撮影とかで、普通の日本家屋サイズだと鴨居に気をつけないといけないです」

 

「でも……」
「でも?」

 

 香が蓮とリョウを見比べ、香の目が何か面白そうに吹き出しそうなのを堪えて口元を押さえた。
「身長も同じぐらいで…リョウの方が筋肉質なぐらいなのに、シルエットだけ見たら近いはずなのに…全く似ても似つかない空気があるって言うのは、な…なん……ぶっ!」

 

 香がリョウと蓮を見比べて、ついには堪えきれずに吹き出した。
「……何がおかしい、香!」
 香が吹き出してしまった笑いを必死に堪えるが出来なかった事に、リョウが聞き返してきたことで、逆におかしさがこみ上げてきて笑いだしてしまった。
「……お前なぁ……」
 リョウが少し怒っているようにも見えたが呆れていて、香を本気で怒っている空気はないとキョーコにも感じられなかった。
「ご…ごめん……」
「俺の顔でもおかしいとかって言うんじゃないだろうな?」
「ぶぶ…。リョウはリョウでしょ? 別人の顔が着いていても面白くないわよ」
「面白くって…なぁ……」
 蓮はモデルの為の身体作りもしている体格も良さもある。リョウは仕事柄鍛えた身体は、蓮のモデルとは違う筋肉の付き方をしている。
 身長も体格の良さも同じ様で、表の世界で光輝く蓮と裏の世界でNo1と言われるスイーパーのリョウでは、纏う空気が違いすぎた。それに加え、蓮はストイックにさえ見える面が、リョウはストレートなスケベ野郎と正反対だ。

 

 そんな二人の差に、香はおかしさが溢れてしまったようだ。

 蓮もキョーコも二人のやり取りを見ていて、不思議な感覚を覚えた。
「お二人って、言葉にしなくても通じている感じですね…」
「……そうだね…」
 蓮はキョーコの言葉と同じ事を感じていた。不思議に感じた感覚が自分とキョーコにもあることを感じてしまった。
 共に演じてきた役のせいだと思おうとしていたが、それだけでは説明のきかないデジャビューのような、先輩後輩だけではきかない距離の近さ……。
 蓮は今回のことで、キョーコだけとの二人での生活ではなかったことにほっとしている自分に気が付いた。
 キョーコを守りたいという思いが、自分だけのものであってほしいという思いを、強く押し上げてしまいそうで怖かった。
 キョーコがそれを望んでいないことは分かっているのに、溢れる思いを止めるには、その距離は手を伸ばせば触れられる気がした。

 

 ……一度触れてしまえば、もう離せないと知っていても……
 だから2人きりの生活ではなくて……よかった…?

 


 夕食を社長宅ですませてきたことで、順番にバスルームを使い、汗を流した。
 キョーコが先輩の前には…という言葉を蓮がレディーファーストで…と、女性陣が先に使い、ゲストルームではキョーコと香が合宿よろしく仲良くはしゃいでいた。
 香はキョーコの素直で性格がすれていないと気に入り、仕事として以上にキョーコの力になりたいと思い始めていた。人のいい性格の香のいつもの事だ。
 キョーコも香の飾らない明るさが、表面上はマネージャー役として、ボディーガードをしてくれる女性として信頼できると思えた。

 

「おい、香…」
「何、リョウ?」
 風呂上がりのリョウが香を訪ねてゲストルームに来て声を掛けた。
「芸能人の側だからな。目立ってカメラに納まるなよ」
 ボディーガードとして目立つなと言う意味と同時に、スカウトになど目を付けられるなと気にしていた。
「大丈夫よ。気は進まないでしょうけど、あんたは敦賀さんと寝なさいね。あたしは京子ちゃんとゲストルームを使わせてもらいますから」
 蓮もキョーコもリョウと香の軽口の会話に、二人だけの空気を感じ取った。
 そして体格のいい男二人は、ベッドのサイズからいけば十分ではあるものの、微妙な空気を感じながら蓮のビッグサイズのベッドの両端で眠りについた。

 

 

 

 翌日は、キョーコが作る朝食を香がサポートする形で作りながら楽しそうに始まった。蓮にはあの体格にしては少な目に、そして体格以前に大食いのリョウには香が山盛りにして、それを軽く平らげた。
 仕事には蓮とキョーコ、リョウと香でそれぞれの車で撮影スタジオに着いた。
 関係者以外は立ち入り禁止となるスタジオで、香は京子のマネージャーらしいスーツに身を包み、リョウはスタッフ用のジャンパーが既に用意され、役者の集団としては別の意味で人の目を引いた。

 

「それにしても社長さんも用意が早いですね。あたしのスーツも、伊達メガネまで用意して、さすがに大手芸能プロの社長さんね。昨夜話したことが翌日には用意されてるなんて、機転も利くし話も早いわ」
 香のマネージャーらしく見えるスーツ一式やメガネまで、ローリィの執事が朝にマンションに届けにきたのだ。
「スーツぐらいはドラマ用の衣装でもあります。それに…あの人には普通の感覚と違うところがあります。予測と言うには予感で動く人ですから……」
「一般人の憶測程度ではないと?」
「うちの社長に、普通という言葉は当てはまらないことが多いですので」
 蓮の言葉で説明しようのない社長の行動は、今までの経験とその人物の性格から予測をしているのだろうが、それだけでは説明する方が無理だった。
 香とリョウも、そう言えば社長一般のスーツ姿を予想して会って見たら、何処かの国の富豪のような衣装に一瞬目を剥いた。

 

 撮影スタジオに4人が到着すると、社長のローリィが先に来て緒方監督にボディーガードの二人について説明していた。
「来たか、蓮と最上君。あと君達も」
 社長は4人の姿を見つけると、リョウと香も交えて紹介した。
「冴羽リョウ君と槇村香君だ。冴羽君にはスタッフに紛れて自由に動けるようにしてもらう。香君には最上君のマネージャー見習いとして付き添う警護をしてもらう。緒方君にも今回も手数かけるがよろしく頼む」
 社長の言葉に緒方監督は頷いた。
「わかりました。冴羽さんはスタッフとして紛れて警護をお願いします。スタッフ用のジャンパーを着ていただければ、撮影現場を動き回っていただいても怪しまれないでしょう。用を頼まれた時には僕からの指示で用事があると言ってくださればいいです。周りから怪しい人物の警戒をお願いします。香さんは京子さんのマネージャーとして付き添う形で、京子さんに近付く人を警戒してください」
「はい。全力で二人を守ります」
 香がリョウの分も力強く答えた。
「それにしても京子さんに魅力があるのはわかりますが、今回はスタッフ以外の一般人にも見られた可能性もあります。車の近くでしたから、スタッフ以外は少ないと思いますが…。騒ぎにならなければいいですが……」

 

 今のところ、芸能紙等のインタビューやすっぱ抜きの記事もなく安心しているが、尾ひれが付いた記事になって出てくれば芸能生活でさえ怪しくなることもある。
 緒方監督は心配をしながらも、リョウと香にスタジオ撮影とデパート横での撮影について、警護してもらう為の注意を説明した。
「二人揃っての外での撮影は少ないです。ですが、今回の敦賀君が襲われた時のことを考えると、どちらか一人でもわかりません。それに隙をついて入り込む様子も見受けられます。お二人の安全と、そしてこの撮影が成功するようによろしくお願いします」
 緒方監督は二人に深く頭を下げた。
 蓮とキョーコは撮影の準備で着替える為にリョウ達から離れた。だが離れたとはいってもスタジオ内の楽屋だ。入り口の見える楽屋で、役に扮する着替えを2人は目で追っていた。
 そしてリョウ達には昨日予定していた撮影、大樹が遥のディスプレーを見に来るシーンをデパート前で撮影することを伝えた。
「デパート前に昼日中現れるとは思えませんが、通行人としてエキストラが敦賀君の後ろを何人か通ります。役者の卵も多く身元はチェックしていますが、紛れ込んでしまえば区別が付きにくいです」
「今回の撮影以降での外での撮影は?」
「次の予定では、2週間後の早朝から夜までです」
「1日中ですか?」
 驚いて香が聞き返した。
「早朝のシーンから、4シーン撮る予定です。時間的に、早朝、昼間、夜、夜遅くと時間がずれますので、こういう事態になりましたから、纏めて撮影できるシーンは撮れるならスケジュールを組みます」
「よく分かりませんが、かなりハードな撮影になりませんか?」
「リテイクの少ない敦賀君達ならいけるはずです。キョーコさんも、いざとなれば一番近くの敦賀君がナイトになって守ってくれるでしょう…」
「俺達よりも?」
 リョウの言葉に緒方監督は大きく頷いた。
「危険という意味では精神的な支えにもなってくれます。特に京子さんにとっては……」
「女性にとっては精神的ダメージも大きいものね。それを支えてくれる人は限られる訳ですね」
 香の言葉に緒方監督は頷いた。
「男性にもないとは言えませんが、女性だからこそ感じる恐怖や嫌悪感は、口に出して言葉にするのも辛いものがあります。支える気持ちは言葉だけではないですから…」

 

 リョウも香も蓮達が付き合っているとは思っていなかった。だが、緒方監督の言葉の裏には、男女としての付き合いとは違いながらも、強い絆が感じられた。
 当人達が思うよりも強い絆は、周りから温かく見守られているような気がした。

 

「緒方監督。用意が出来ました」
 蓮の後からキョーコも親鳥の後を追う小鳥のように付いてきた。
 周りのスタッフからも微笑ましい姿に映っている事だろう。
「相変わらず二人とも仲がいいな」
 そんな声も聞こえてきた。
「これから行くロケは敦賀君と貴島君だけですが、京子さんも同行して下さい。今は見守ってくれる人が多い状態の方が危険が少ないと思います」
「はい…。ご心配おかけして申し訳ありません」
「京子さんが悪い訳ではないのですから、謝らないで下さい。その分、役作りに集中して下さい。遥の前向きな強さ、弱そうでいて頑張る姿は、仕事や恋に生きる女性達に元気をあげられると思います」
「……はい」
 そう答えたキョーコの瞳が一瞬揺らいだ。
 香にもその揺らぎがキョーコの中の迷いのようなものを映しているとわかった。

 

 

≪つづく≫

 

 


 「ハーレム」
 ナハハ、リョウにしか言えないセリフかも(^^;)

でもスキビを読んでる時には全く出てこなかったんです(^▽^;)

それが蓮のベッドをリョウ目線で見たらスーッと出てきました。

…というか、リョウには憧れか?…とか思ってると香ちゃんのハンマーがΣ(゚Д゚)

 

 

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