スキビ&CH   

       【プライベート・アイ】 4

 

 


 翌朝のキョーコは思ったよりすっきりと目覚めた。
 一人きりだった頃の自分と違うことが、不安な気持ちを吹き飛ばしてくれていたのだと感じた。
 たった一人一緒だと思っていたアイツは、私なんか目に入っていなかった。だから一緒にいるつもりでも、私は一人だった。
 でも今は、不安なことがあっても、私を包んでくれる人達が今はこんなにいる。
 こんなに沢山、こんなに深く思ってくれている人がいっぱいいる。

 

 携帯を見るとメールの着信履歴があった。
「モー子さんだ!」
 親友の奏江からのメールを大急ぎで開いた。
『また何かあったら、連絡ちょうだい。ドラマ頑張りなさいよ!』
 メールの発信時間は早朝だった。
 心配してくれる親友の一言が、勇気をくれる。
「モー子さん。ありがとう。あ、そう言えばおかみさんや大将!」
 キョーコは『だるまや』に電話すると、社長から撮影が遅くなったのでこちらで休ませると連絡が入っていた。
 社長の行動はいつも俊敏で、いつも頭が下がる。
 奏江には短くメールを返した。
『モー子さんも頑張ってね! ドラマがひと段落したら、食事にでも行こうね!』
「本当のこと、言ったらモー子さん…心配するものね」
 キョーコはこれ以上事が大きくなるはずもないと、親友を心配させないメールを送信して携帯を閉じた。

 

「お姉さま? 起きられましたの?」
 ドアの外から可愛い妹のようなマリアの声がした。
 少し控えめな大きさの声は、寝ているところを起こしたくなかったようだ。
「起きてるわよ、マリアちゃん!」
「入ってよろしいかしら?」
「良いわよ」
 キョーコの声に、ドアが大きく開きマリアが勢いよく入ってきた。
「おはようございます、お姉さま。夜遅くにいらしたとおじいさまに訊いて、何かあったのかと思いましたの。大丈夫でしたの?」
 さすがに小さくとも社長の孫。普通の子供とは違い勘が鋭い。
 キョーコ達が偶に訪れることはあるが、遅くに大好きな蓮とキョーコが来て泊まっていることだけで、何かがあったと思うところに至るのは普通の子供ではない。
「少し撮影のトラブルがあって、そのことで遅くなったから泊めていただいたの」
 キョーコは無難な答えをマリアに返した。
「でしたら監督さんもご一緒ではなかったのです?」
 鋭い突っ込みを知らずに入れるあたりは、いつもながら末恐ろしい子供だとキョーコは思った。
 撮影の責任者となれば、監督が出てくると芸能界の流れを普通だと知っている。
「監督さんは、その後片づけというか、そちらの方に行かれたから、私と敦賀さんは説明に来たの」
「そうでしたの。でもその事でおじいさま、先ほどから何回かお電話されてますわ。そちらが終わったら、蓮様と一緒に朝食をご一緒しましょう! 何があったか分かりませんけど、蓮様とお姉さまも一緒に朝食を食べられるなんて、とても嬉しいですわ」
 マリアの言葉に、キョーコは服は着替えていたとはいえ、部屋に備え付けの化粧品に昨夜は睡魔に負けて気が付かなかったが、自分の手が出るものではないと分かると、驚きながら軽いメイクまですませると、マリアと一緒に豪華なリビングに向かった。

 

「最上さん。マリアちゃん。おはよう」
 部屋を出たところで後ろから声をかけられたが、直ぐに誰かは分かる。
「敦賀さん。おはようございます」
「蓮様、おはようございます!」
 マリアはキョーコと手を繋いでいたが、その手を離さずに蓮の方を向いた。
 朝のさわやかな笑顔に、マリアは嬉しそうにその手を握った。
 両手に大好きな人を連れて、マリアの笑顔は誇らしげだった。
「マリアちゃんは、ご機嫌だね」
「だって、大好きな蓮様とお姉さまがいらっしゃるんですもの! 蓮様もお忙しいけど、お姉さまもお忙しくなって、お仕事だから仕方がありませんけど、一緒に朝食を食べられるのなんて、嬉しくて!」
 手放しに喜ぶマリアに、キョーコも蓮も素直な愛情に微笑みが溢れた。
「そうね。マリアちゃんにも久し振りに会えたし、あまりゆっくりは出来ないかもしれないけど、食事は一緒に出来るみたいね」
「もう用意は出来てますのよ」
 マリアの言う通り、普段使うのは社長とマリアしかいない筈のリビング兼朝食の場は、余りに広くてキョーコは驚いた。
 だがこの屋敷と言える家の広さ、泊まった部屋、「グレートフルパーティー」で提供された場所を考えれば、一般人の家の規格を当てはめるのがそもそもの間違いだとキョーコは改めて気付いた。
 それに一番の規格外は、その社長の格好なども最初から驚きの連続だったのだ。

 

「敦賀さんはこちらで食事をされたことはあるんですか?」
「ああ、何度かね。仕事終わりに話があったんだけど、遅くなって泊めてもらった時に…」
「そうですの。蓮様との朝食は楽しかったんですわ、お姉さま」
「ねえマリアちゃん。その時敦賀さんはちゃんと朝食を食べてた?」
 嬉しそうだったマリアに、キョーコは少しだけ笑みとは違う空気を醸し出してそう訊いた。
「朝だから軽めにとおっしゃって、私よりも少な目でしたわ」
 マリアの言葉にキョーコがクルリと蓮の方を向いた。
「今日はしっかり食べましょうね、敦賀さん!」
「……了解しました。最上さん」
 マリアにははっきりとは分からないものの、大好きな二人の間で言葉にしなくても分かることが有ることだけは伝わってきた。
 それも今まで見たことのない蓮の表情も、マリアには新鮮だった。
「蓮様……そんな表情は初めて見た気がしますわ」
「そう? でもマリアちゃんに隠し事をしたことはないよ」
「お姉さまの前では、いつもそんな顔をされますの?」

 

 子供ではあるものの、蓮を大好きなマリアにとっては大事な質問だった。
「最上さんには、隠し事はさせてもらえないね。色々と助けてもらったり、食事のバランスが悪いからって作ってもらったりしてるからね」
「お姉さまのお料理は一流レストランでも負けませんわ! ですからお姉さまのお料理を食べられるのはとっても幸せなことですわ、蓮様」
「そうだね。最上さんには感謝しているよ」
「それ程のことではないです…。でも、敦賀さんの食生活には、お身体の維持の為には気を付けて頂きたいです!」
「……分かりました。最上料理長」
 食事の事でキョーコには逆らえないと、蓮はおどけて返す。
 キョーコはまるで口うるさい母親のように、「身体が資本のお仕事だって言ったのはどなたですか!?」といつもとは逆転した上下関係がマリアには見えた。
「蓮様が叱られているなんて、おじいさま以外にお姉さまぐらいですわ」
「叱ってる訳じゃないのよ、マリアちゃん。先輩に注意をしているだけだから」
 キョーコがマリアの言葉を訂正するようで、何処か笑顔も本物と違った。
「クスッ…。でも蓮様も、お姉さまに叱られててもイヤじゃない感じに見えますわ」
 大好きな二人のやりとりに、剣呑な空気は感じられなくて、マリアには楽しそうに見えた。
「では今日は、私とお姉さまで蓮様がどれだけ食べられるか、見張りましょう!」
 マリアにまでそう言われると、蓮は楽しいながらも小さな溜息を吐いた。

 

 そしてマリアと共に蓮とキョーコが朝食を楽しんでいる処に颯爽と現れた社長の口からは、昨夜蓮が誓ったものとは別の案が出てきた。
「今回の話は、二人が別々のシーンもそれなりにあるからな。そこで最上君、蓮にそれぞれにボディーガードをつける事にする」
「「ボディーガード!?」」
 蓮は社長にそんなモノはいらないと目で訴えたが、社長はその視線を受け流した。
 そしてキョーコに聞こえないように蓮に告げた。
「お前のことだけならどうにかすると思うが、最上君のことを考えるとそれぞれにガードをしてくれる存在は必要だ」
「ですが……」
「お前が考えていることはわかる。しかし、メインのお前が暴力を奮ったなんて事になれば、ワイドショーは大喜びだ。只でさえ今回のことは穏便に済ませるように話を付けたが、何処からか漏れるともわからん。それに、最上君もお前が暴力を奮うことになったら、そんな姿を見たくないだろ。彼女に心配をかけるつもりか?」
 そこまで社長に言われては蓮には返す言葉がなかった。
「お前にはプラスして守って欲しいことがある。最上君は、この撮影中はお前のマンションで預かるように」
 社長の言葉に蓮は我が耳を疑った。
「はぁ!?」
「普段の生活中はお前が守ることだ! 確かお前の代マネをした時もお前のマンションに泊まったんだろ? 今度はお前が彼女の為に、場所を提供してもいいんじゃないか?」
 確かに風邪を引いて体調を崩した自分を、泊まりがけで看病してくれたのはキョーコだ。高校への編入試験で落ち着かないはずなのに、俺の仕事に支障が出ないようにバックアップもしてくれた。

 

 ……だがそれも、まだ俺が自分の気持ちに気付く前。
 カインの時は俺自身の闇…クオンの事で、心に余裕もなくて、ただ彼女のセツが居てくれたお陰で、何度も闇から救われた……。
 今回とは状況が違うのに、俺は最上さんとは男と女としての距離で見ているのに、社長は俺が平常心で撮影の間3ヶ月、彼女を守れると言うんですか?
「無理です、社長!」
「敦賀さんにご迷惑をかけたくありません!」
「迷惑なのか? 蓮」
「迷惑…では……」
「では命令だ。最上君をこのドラマ撮影の間、蓮のマンションで守ること。その間に騒ぎの元になった男を捕まえる」
 社長の命令に、二人ともこれ以上反対は出来なかった。
 それでも蓮は嬉しくないと言われたら嘘になる。だが俺と思いが繋がっていない彼女との同居生活は、蓮には人参を前にした馬の気持ちが伝わってきた。
「今日のお前達の仕事は夕方までだ。撮影の後、今夜の分は中止になったからこちらに来るように。その時にボディーガードを紹介出来るようにしておく」
「社長……」
「急だから連絡が直ぐに出来なくてな。前に世話になった事のある社長の伝で仕事を依頼する。なに、腕は確かだ」
 ここまで言い出した社長の言葉に逆らえる訳もなく、蓮もキョーコも口を閉じた。
 マリアとの楽しい朝食の筈が、蓮もキョーコも何か気まずい空気が流れて言葉の少ない食事となってしまった。マリアもその空気を感じておしゃべりは少なかった。

 

 食事も終わり仕事場へと執事が送ってくれる中、キョーコは口を開いた。
「……敦賀さん、申し訳ありません。ご迷惑をおかけして…」
「俺には迷惑じゃないよ。君は頑張り屋で頼りになる後輩。そして素敵な女の子だ。俺の身体のことも心配してくれるしっかり者。だから、部屋の鍵は自分でしっかりかけてね。俺の中にも狼はいるから」
「そんな…。敦賀さんが、私みたいな色気もない女に……」
「ストップ! それは君の勘違いだから。君は自分でそう思い込んでいるけれど、自分を卑下して過小評価しないで…」
「そんなことは……」
「……俺が狼になるって言うのは比喩じゃないよ。俺は君を……好きだから……君を手に入れたいと思えば、狼にだってなれるよ……」
「つ、敦賀さん?」
 蓮の妖しい夜の帝王の光に、キョーコは男としての蓮を感じた。
 それはキョーコが蓮に対して、思いを抱いていることを自覚したせいもあった。

 

 私は……敦賀さんを好き……。
 だから敦賀さんの男性としての魅力にも、ときめきを感じて気持ちに蓋をしようとする。
 でも、もう無理……。
 本当の気持ちを隠しきるのは無理で、だから演じてその気持ちを隠していたのに、今回の共演でゆっくりと惹かれ合い、やがて結ばれる恋人になる役だなんて……。
 私の心がこぼれ出てしまいそう……。

 

 それに途中までの台本……。
 私の昔に重なる部分が多い。共感しやすいけれど気持ちが引きずられそうで怖いと思った。
 そんな中でも前向きなヒロイン遥は、ディスプレーデザイナーという自分の仕事に誇りを持って進む姿が眩しいほどに感じられる。
 儚そうでいて逞しい姿がキョーコは好きだった。
 今度のドラマは必ず成功させたい。
 役者としても、人としても、遥のように強く前に進めるようになりたいと思った。
 蓮の本心がどこにあるか分からないと思いながらも、キョーコは遥として大樹に惹かれる役をどこまで演じきれるか、遥として誇りを持って仕事をする女性の素晴らしさを多くの人に表現したかった。

 

 

≪つづく≫

 

とうとう次からあちらも出てきます(^_-)-☆

 

 

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