【リク罠】

     危険な番宣~「夏のトビラ」~12話

 

 

 蓮を誘う目線や仕草が…キョーコとは別人だ。


「…ふん…。俺は『君』ならどんな顔をしていてもいいけどね。ただこの勝負は…最上さんとしたかったね」
「何故?」
「最上さんは嘘を吐けない。それに、少し大袈裟だけど、恥ずかしがり屋なところも好きだからかな?」
「そんなにキョーコを好きなの? 色気のある話に恥ずかしがってばかりだから、男女のことには浅い知識しかなくって…貴方を満足させられるの?」


 蓮は洋子の直球の問い掛けに、本当にキョーコの中から出て来た人格だとは思えなくて驚いた。
 艶やかな洋子の探るような視線が、蓮には薄笑いを浮かべていたが、蓮の答えはシンプルでたったひとつだった。

 

「君の言うことは理解出来るけど、俺は最上さんだから好きなんだ。『最上キョーコ』という女性だから、今の『君』が…爪を隠し持っていても、俺は最上さんが好きだよ。誰よりも愛してる」

 

 蓮はキョーコでありながらも、別人といっていい憑かれた状態の洋子に、その向こうにいるキョーコへと本心をストレートにぶつけた。
「でも…貴方もオオカミの牙を隠しながら、女性としてのキョーコと恋人になりたいのでしょう? 男性としても恋人がいない方がおかしいぐらいの『抱かれたい男No.1』だもの…」

 

「そこまで言われると光栄だが、最上さんの気持ちが伴った恋人でなければ意味がない」
「そう? でも、貴方のテリトリーでキョーコに何をするつもりなの? キョーコは先輩のマンションなら安心と思っているわよ」
「…かも知れないね。もしそうなら、少しだけ荒療治だが…俺が先輩なだけの存在かどうかを自覚して欲しいだけだ」
 蓮の本心を聞いた洋子は『なる程…』という表情をして、密やかに妖しい笑みを浮かべた。
「……そう…。どんな荒療治でしょうね……」

 
「そう言えば君もお客様だから、何か飲み物のリクエストはある?」
「あら…敦賀さんにお手数かける気は無いわ。それに敦賀さんこそお仕事から帰っていらっしゃったところでしょう? 部屋着に着替えていらしたらどう? その間に…敦賀さんにはお酒の方がいいかしら? 私は自分で用意するわ」
「いや。俺はミネラルウオーターでいいよ。冷蔵庫に入っているから、自分で持って来る」
「そう? でも、私はコーヒーが欲しいから、やっぱり私が用意するわ。敦賀さんも疲れているでしょうから、お酒はグラスと氷を持ってくればいいわね?」
 洋子がそう言うと蓮は怪訝な表情をした。
「君はグラスの位置とかも分かるのか?」
 蓮は洋子としての記憶だけなのかと尋ねれば、洋子の笑みがイタズラに嬉しそうに見えた。
「ええ。この家が貴方のテリトリーでも、キッチンはキョーコのテリトリーでしょう? 違う?」
「…それはそうだが…」

 

 蓮はキョーコではなく『洋子』として此処に来た事が、何かしらの思惑があるような気がしてきた。それにキョーコのふりをした洋子なら、蓮を何かにハメる目的かも知れないと思えた。そして洋子として惑わす為に堂々と現れたことが…その妖しい笑みと共に何か企てている気がしてきた。

 

 それに…洋子は最上さんと対照的な妖しさが危なすぎる。その妖しさが俺にも『危険』と何かが知らせてくる。
 裏表のない最上さんとはまるで別人格の洋子が、多重人格にでもなって入れ替わって出て来ているように感じた。それが『危険』だと思う一方で、洋子の…何処か危うい妖しさに惹き付けられるとは…洋子は何をする気だ?

 

 君が隠れたままでいるというのなら、俺も君の目を覚まさせる為にお仕置きをするから、もう逃げ場所はないよ…。

 

 今夜は、蓮としてはキョーコとランジェリーから話を流しながら、蓮自身の気持ちを伝えて本当の自分を伝えたかった。洋子が自分だけの記憶でなくキョーコの記憶も共有しているのなら、洋子との遣り取りもキョーコが何処まで自覚し、今の会話でもリアルタイムで分かっているのか、どう話せばいいのか蓮にも迷いが出た。
「わかった。着替えてくるよ」

 

 蓮は自室で着替えると言って洋子から離れ、洋子に対してどう対処すべきか考えてみた。
 蓮は【夏のトビラ】は全て見ている訳ではないが、洋子が悩ましい存在として他のメンバーの恋心を惑わすところは少し見ていた。
 ただ、イジワルでかき回すトラブルメーカーではない事が、何を考えて動いているのかが不思議に思えるところはあった。そうして洋子が動くことで、お互いに勘違いしていたメンバーが付き合い出すこともあり、洋子はメンバーの潤滑油となってドラマを動かしていると言えるところもある。
 そして今日の5分程の共演でも、洋子がどんな少女か蓮には少し得るモノがあった。
 気位の高いところがある負けず嫌いで、自らの妖しい視線で人を惑わすイタズラ好き。だが自分の本心を人に悟られまいとして、恥ずかしい等の表情を出そうとしないでいる。
 全ては本音を晒さないことで自分の鎧を身に着ければ、誰も自分には勝手に触れる事が出来ない『気位の高い女王様』の洋子が存在する。

 

 蓮は着替えながらそんな洋子を想像してみたが、頭を切り換えた。
 蓮が話したいのはキョーコであって洋子ではない。どうやったらキョーコを目覚めさせればいいか、直ぐにその答えは出なかった。だが、昼の2人の収録と、マンションに帰ってきてからの会話に、2人の言葉が重なっていた事に気付いた。

 

『風のイタズラであそこまで裾が捲れるなんて、流石に恥ずかしかったわ』

 

 気位が高い洋子が、『恥ずかしい』と言って頬を染める羞恥心が薄らと垣間見えた表情とセリフだ。キョーコと比べて大きくはないが、強固な鎧の隙間から見えた弱点にはなると蓮は思った。
 洋子は気取られたくなくて隠している表情も、驚いたようにあからさまに恥ずかしいとは言わないだろう。それに洋子とキョーコでは恥ずかしさの基準は違うとしても、自分から口にしたのは本心だと思った。

 

 そこまで洋子の心を予想した蓮がリビングに戻って来ると、洋子が微かに不安そうに蓮を待っていた。蓮が考えながらゆっくり着替えをしていたせいで、リビングに帰って来ないとでも思ったのだろうか…。
 「どうかしたの?」
 蓮がそう言ってリビングのテーブルを見ると、洋子がキッチンからミネラルウォーターとグラスに氷、そして自分用のコーヒーを作ってきて待っていたのだと分かった。
 洋子のその行動や表情で、本来のキョーコの性格が洋子にも影響を与えていると蓮は確信を持った。
「…君の中の最上さんは、こうやって君が話している時にリアルタイムで意識はあるのか?」
「半分寝ている感じね。でも、今の私に干渉は出来ないの。…ふふ…なあに? キョーコに嫌われたくないから、ヘタな事はおしゃべりしたくないの?」
  玩具の反応が楽しくて洋子の目が嬉しそうに光った。
「そうだね。嫌われたくはないが、最上さんが君に干渉出来ないのは、それだけ君の意識が強いのか? その身体の主は最上さんだ」
 少し強い口調で蓮が言えば、洋子は蓮がキョーコへの思いから変化する様子を楽しそうに笑った。
「ふふふ…。今夜はキョーコにとっては、昼間の撮影のアクシデントもあったから、貴方との一対一は逃げ腰だったの。だから隙があった。私の意識が入り込みやすかったぐらいにね…」
 洋子はクスクスとお気に入りの玩具を前に浮かべる笑みは、以前に演じたイジメ役のナツの笑みに似ていた。
 蓮は溜息を吐くと、右に首を傾げながら目を細めて…キョーコには見せない冷たい目で洋子を見た。

 

「…そして今度は…俺をイジメたいのか?」
「そうねぇ…それもいいわね…。ふふふ…」

 

 キョーコなら見せない妖しさに、蓮は洋子が何を考えているのか用心をした方がいいとまで思った。
 洋子が漏らす笑みは、蓮に興味があるからだろう。キョーコの姿で約束通りにマンションで待っていたのも確かだ。それでも洋子が表面に出て来ているのを隠す気は無い大胆さは、コケティッシュに人を馬鹿そうとする小悪魔そのものの行動だ。
 洋子が堂々としていることで、蓮は身動きが取りにくい。

 

 それに今夜のメインは、キョーコと向き合って話したいということだ。
 自分の言葉でキョーコに気持ちを伝えたくて、その為には洋子の向こうに眠るキョーコを起こしたい。
 それに…洋子との話の過程で、キョーコに誤解されて嫌われたくはない。目の前にいるのはキョーコの筈なのに、イタズラな瞳を輝かせるのは…『洋子』という別人格がキョーコの身体という入れ物を支配している状態だ。

 

 ……何故こんな事になったんだ?

 

 蓮はキョーコがそれ程意志の弱い人間とは思っていない。
 だが、キョーコが撮影時の事を恥ずかしがった事と、蓮の提案したランジェリーの事、その両方で顔を合わせたくないという羞恥心が勝てば、逃げ出したいと思う隙に洋子が表面に出ての意識は水面下で眠ってしまったのか?

 

 カラン…。
 グラスの中の氷が音を立てた。洋子の用意してきたグラスで、少しだけ溶けた氷が動いて光っていた…。
「俺はお酒は飲まないよ。君を車で送れなくなるからね」
「それならタクシーを呼んでくれればいいわ。それに…キョーコと話をするのに素面で出来るの?」
 洋子は何処まで予想しているのか…冷ややかだが面白そうに嗤っている。それに対して蓮は直ぐには言葉にならずに洋子を見つめた。
「貴方の言う荒療治…。どんな形なのか知らないけど…いつもの優しい敦賀さんじゃいられないのじゃなくって?」
 洋子がクスクスと誘うように嗤った。
「………」
「でも貴方ほどお酒に強いと、1杯くらいじゃ酔いもしないでしょうけど……」
「酒の力を借りた事に出来るというのか?」
 洋子の妖しい笑みがより深くなって蓮を見た。
「偶には何かのせいにしてしまうのも悪くないでしょう? いつもの貴方みたいに…何かのせいにしない人なら……」

 

 洋子の視線は蓮に問い掛けているような、新しい玩具がどう動くのか嘲笑を浮かべているようにも見えた。
 蓮は洋子という人格に、思い描いていた行動が何もとれていない状態だ。仕事での洋子との撮影はこなしたが、まさかキョーコとの時間にまで現れて、しかも自分の行動を見抜いているように妖しい笑みを浮かべられているとは…。一歩先手を取られている状態だ。

 

 蓮は小さく溜息を吐いてから、洋子の用意した氷の入ったグラスにブランデーを半分ほど注ぎ、一気に喉に流し込んだ。が、蓮が顔をしかめた。
「…何か…入れたのか?」
「あら、分かった?」
 蓮にとっては飲み慣れた味に、微かだがいつもと違う味が舌に残った。
 洋子はイタズラが失敗した子供のように、首を竦めた。
「並んでいるお酒はどれも強いし、今のように一気に呑んだら分からないと思ったのに…」
 蓮は洋子にいいように操られて、一気に飲むようにも煽っていたのだと知って、洋子を強い眼差しで見た。

 

「身体にはそれ程害はないわ。明日の仕事も大丈夫。少しだけ………」

 

 蓮の耳に届いた洋子の言葉はそこ迄で…蓮の意識は途切れた。

 

 

≪つづく≫

 

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この後、1話が幾分長目も多くなりますのでお願いします。

あと、魔人様にお知らせしてのアップ時間が、直していて少し遅れる場合もありますので、よろしくお願いしますm(_ _)m

(最後の足掻きをしているのねぇ~ってところです(^^;)