社は心の中で深~く溜息を吐いた。

 ホント…焦れったいよ、お兄ちゃんは……。

 


【リク罠】危険な番宣~「夏のトビラ」~8話

 


 そして社はキョーコのベッド横のイスに腰掛けると、気になっていた事をキョーコに尋ねた。

 

「そう言えばさ、キョーコちゃんて今のドラマの仕事、俺にもあまり言わないで欲しいって椹さんに頼んだんだって?」
「あっ…はい……」
 社に言われて、キョーコは気まずそうに視線を逸らした。
「どうしてかな? あの時のタイミングって、蓮の今のドラマと、撮影に入る映画の予定で詰めていたところだったから、俺もちょっとバタ付いてはいたけど…。椹さんもキョーコちゃんが仕事面に関してはしっかりしてるから本人が大丈夫ならって、『ドラマ』としか俺も殆ど訊いてなくってさ」
「……………」
「キョーコちゃんがやるって言ったならいいかと思って、若手のドラマってとこなら難しい人もいなければいいかなって…。キョーコちゃんがしっかりしてるから、つい手を抜いた俺も悪いけど…」
「そ、そんな。社さんが手を抜いたなんて、そんな事ないです!」
 キョーコは社の言葉を慌てて否定した。
「そんな事…ありません! …ご心配掛けるかなって思って……あぁ…れ…」

 

 キョーコは急に身体を起こして声を出した。そのせいで再びクラクラとして目が回るような感覚にベッドの上で身体をふらつかせ、右手を額に、左手でどうにか身体を支えた。
「キョ、キョーコちゃん!? 起きないで! 寝てて、寝てて!」
「マネージャーさん!! 彼女は倒れたんだから、仕事の話は程々に!!」
 社は医務員に注意され、そしてキョーコの顔色が仄白い事に焦った。支えた腕もヒヤリとしていた。

 

「はい! 伝えないといけない事を言ったら終わりにしますので……それは誰に?」

 

 社は誰か予測が出来ていたが訊いてみた。
「えっ!? 誰に…と言いますか、内容的に…」
 横になったままでも、キョーコの視線は挙動不審に泳いでいるのが社にも分かった。
「マネージャさん。彼女は体調崩してるんだから、話も程々にして下さいね」
「あ、はい。少し急務だけです」

 

 口籠もってしまったキョーコに、社は少し溜息を吐くと2人の微妙な距離を考えながら口にした。

 

「もしね、もし…『アイツ』にってことだったら、俺からは言わないから俺には教えて欲しい。京子のマネージャーとしては、こんな事があった時のバックアップも出来ないでは、マネージャー失格だからね」
「そんな…、社さんがマネージャー失格なんて…」
「キョーコちゃんの気持ちはわかった。でもね、こんな事はない方が良いけど、こんな時程バックアップするのはマネージャーの基本だからね。だからある程度は教えて欲しい」
「…はい…」
「まずは無理はしないようにね」
「……はい…」
「キョーコちゃんは直ぐ頑張るからな。蓮のここでの撮影が終わったら送るから。それまで休んでて。休養中も無理しないでね」
「……はい……」

 

 社はベッド横のイスに腰掛けて暫くはスケジュール表を捲り、キョーコは静かな空気に目を閉じて、余計な心配を掛けた事を反省していた。

 

 敦賀さんにも社さんにも、心配掛けちゃったな…。
 敦賀さんには『心配ぐらいさせて欲しい。』なんて言われたけど、先輩に心配掛ける後輩というのも…そろそろ卒業したいのに、いつまで『心配な後輩』のままなのかな…?

 

 キョーコがうとうとと眠りの中で夢を見始めると、社もその様子にふっと笑みを浮かべた。

 

 先程よりも顔色も良くなった気がして、一週間の休養でドラマにも復帰出来る程なら安心だな。復帰してもまた無理をしないように、蓮の撮影の途中にでも時々覗きに行こう。

 

 そこに控えめにドアをノックをする音が響いて、社は手帳から視線を上げた。
「すみません。『夏のトビラ』で運び込まれた京子さんの容態はどうでしょうか? 共演者の亜衣と言いますが」

 

 京子に懐いている亜衣が、監督の説明で安心したものの様子見舞いに来たようだ。

 

「はい、どうぞ。京子さんなら一週間の休養よ。こちらで休んでるけど、長話は厳禁よ」
「はい。失礼します」
「そこのカーテンの向こうにいるわよ」

 

 カーテンで仕切られた中に亜衣が入ると、向きを変えかけた社と目が合った。
「京子さん大丈夫?…って、どなたですか?」
 敦賀蓮に続く美形に、亜衣は一瞬驚いて引いてしまった。
「ああ、初めまして。僕は京子のマネージャーをしています、社倖一と言います。敦賀と兼任の為、そちらのドラマの方にはまだご挨拶していなくて申し訳ありません」
 亜衣はキョーコと同じ年で、どう見ても年下の亜衣に対しても丁寧なお辞儀に丁寧な言葉は物腰柔らかくて、亜衣でも見た目の美形という以外でも好感を持てた。「まさにマネージャーの鏡だわ」と亜衣は思った。
「いえ、こちらこそいつも京子さんとは仲良くして頂いてます。ふふ…社さんもハンサムですね。敦賀さんと並んで歩いたら、注目度が2倍以上ですね。でも…兼任マネージャーさんて大変ですね」
「あはは、そんな事ありませんよ。キョーコちゃんも蓮もですけど、2人とも仕事は真面目にやる方ですからね。偶に真剣にやり過ぎて、今回のような事もあるようですが、本当にまれですから」
「そうですか。京子さんの洋子は…フフ…色っぽくてステキですよ。私は好きです」
「…だそうだよ、キョーコちゃん」
「あ、ありがとうございます…////」
「ははは、キョーコちゃん褒められると照れるよね。いつも」
 いつまでも謙遜の気持ち故に、褒められるとまだまだ初々しいキョーコの部分は変わらないと、社は笑みを浮かべた。
「あっ、もしかして照れくさいから、洋子のままでいるとか? えっ? そうなの?」
 亜衣が自分が思いついた事を、もしかしてと聞いてみた。
「意識してはいないけど……」
「わ~~京子さんの新しい一面を見たわ。大胆な洋子になってても、京子さんはシャイなんですね。フフフ…」
「えっ? 洋子ちゃんて、そんなに大胆な役なの?」
 社もドラマを少しはチェックはしたが、『大胆』と言われる程のキョーコには興味があった。大部分は、もう1人の普段は手のかからない担当俳優の為にであったが、その具合によっては自分にも降りかかる事でもあったからだ。
「ウフフ…。視線で男性俳優の人達だけでなく、スタッフさんも見とれてますよ。ね、京子さん!」
「ち、違います! 亜衣さんの方が人気で…」
「こら~病人は静かに寝てなさい!!」
 医務員の鶴の一声でカーテンの中は静かになった。
「……はい…」
 社は亜衣の言葉が大げさでなければ、軽くチェックしていたキョーコのドラマをもう少しチェックし直さなければと考えた。

 

 事務所に連絡して、ドラマの全話をチェックした方がいいかな?
 蓮のヤツも当日分は無理だったとしても、チェックしてるよな、多分…。
 お兄さんは忙しいなぁ…、なはははは…。

 

「それにしても、敦賀さんだけでなく、マネージャーさんも美形だと、目が肥えちゃうわね。京子さん」
「えっ、あ…そうかな? お二人ともステキだと思うけど…」
「普段レベルが高いと、普通の人じゃ満足しないわよ。だからドラマのメンバーぐらいじゃ、京子さんの目が行かないのね。納得だわ」
 亜衣にそこまで言われた社は、「俺も蓮レベルに入れて貰えるの?」と本気ではないが嬉しそうに訊いてみた。
「社さんもとってもステキですよ! どうしてマネージャーさんやってるんですか? 不思議なくらいですよ!」
 亜衣は少しばかり良い子のフリで社を持ち上げつつ、早く良くなって欲しいと言って、マネージャーが待っているからと早めに京子達の元を後にした。

 

(LMEって京子さんを大事にしてるのね。なんとなく分かるけど…)

 


 救護室で、亜衣が帰った後には監督も顔を出し、一週間ゆっくり休んで回復するようにと告げられた。
 そして蓮の収録が終わると、社と共に家へと送ってもらい、家で落ち着くとキョーコは今日の撮影所での事を思い出した。

 

『最上さん!!』

 

 私が倒れた時の敦賀さんのあんな声…初めて訊いた気がする…。
 倒れかけた私を支えた手と、声が…敦賀さんなんだって…安心した。
 叱られた事なんて何度もあるけど、ホントの本気で怒られた事もだけど、震える声で、あんなに心配そうな声で、体調が辛かったのは私の筈なのに、敦賀さんの方が苦しそうだったなんて…申し訳なくて今の方が苦しくなる……。
 救護室に向かう途中に抱き抱えてもらった腕は優しくて、でもしっかりと抱えられて、この腕の中なら安心だと思った。絶対に落としたりしないって思った。安心していた救護室でも、優しい手がポンポンと頭を跳ねるとくすぐったくて…でもすごく安心できて嬉しかった。

 

 何故…敦賀さんは私にもこんなに優しいの?
 手のかかる後輩だから黙って見過ごせないの?
 でも敦賀さんには『キョーコちゃん』って人がいるのに、眠らせておきたい気持ちが勘違いするから、止めて欲しいけど嬉しいなんて……タラシでコマシの敦賀さんは、とっても罪作りな人……。
 優しいだけなら…もう止めて下さい……。

 


 そして一週間。キョーコが休みから復帰した初日、共演者達からは「もう大丈夫?」と声を掛けられた。キョーコも「ご心配とご迷惑をお掛けしまして」と挨拶を返した。
 そして蓮との関係が気になれば、「敦賀さんとはいつから親しいの?」と声を掛けられた。
「芸能界に入った頃からなので、長く後輩として可愛がってもらっています。でも最初の頃は色々と恥ずかしい失敗ばかりなので、内緒ですけど…」
 キョーコは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに…その時間が愛おしそうにも見えた。

 

「ねえねえ、京子さん。敦賀さんとは知り合って長いの?」
 洋子とも付き合い慣れている亜衣には、いつものように…でも違う意味合いで尋ねてみた。
 あの時の蓮からの空気も感じている事もあったが、京子自身の蓮への全て預けた安心感も感じられて、根掘り葉掘りと聞き出すつもりはないが気になったのだ。
「敦賀さんと? 芸能界に入ろうとした時から、役者の後輩としてずっと尊敬して、敦賀教を信仰してます!!」
「敦賀教? えっ!? 宗教やってるの?」
「あっ、私が1人で信仰してるだけです。役者としての敦賀さんが目標で、追いつきたい役者さんと言う事なの…。人としても素晴らしい人だから目標なの」
 キョーコの表情がふっと和らいで笑みを浮かべた時…亜衣が今まで見た事のないキョーコの表情を見た。洋子では見るはずのない恥じらい頬を染めるその顔は、京子としてもどの男性の話題でも見たことのない表情に亜衣は驚いてしまった。
「敦賀さん…のこと、好きなの?」
「好きと言うより…尊敬してます! 信仰するぐらいですから!」
 キョーコが胸を叩いて誇らしげに言うと、亜衣はキョーコから顔を逸らせて…蓮に同情の溜息を吐いて呟いた。
「……なんか、『抱かれたい男№1』の敦賀さんが哀れにみえる…」

 

 京子さん…自分の気持ちに気付いてないの?隠してるの?それってそれってもしかして…敦賀さん生殺しで…両片思いってヤツなの?

 


 キョーコにとって、蓮への思いは報われることのない思いだ。だからこそ後輩としてなら見つめ続けることは…許されるラインだと思っている。
 『キョーコちゃん』という存在が蓮の心を占めているのなら、蓮の幸せを思って…心の中で泣いても、蓮の前では笑顔で祝福する…。祝福してみせると、キョーコは思っていた。
 それはあの社長室で鏡を前にして誓った事。そして自分のちっぽけな恋は墓場まで持っていけばいい。妬み嫉みの醜い感情も好きな気持ちの裏返しであれば、蓮をそっと思い続けても隠し通してみせる。

 

 キョーコは蓮にだけ募らせるこの思いは、他の誰に向けるものではない…一生蓮だけに向けられる思いだと、胸の奥に仕舞って大切にしているだけなら誰にも迷惑をかける事は無い。淡い恋のまま眠らせていれば…大きく育つ事もなく、小さな思いが大切に育って愛になど育つはずもない、閉じ込めておけば小さな恋で終わると思っていた。

 

 だが長い時間…純粋に思い続ける恋が、小さな恋の花しか咲かせないはずはなく、純粋故に清らかな愛に育ち、蓮をずっと見つめる思いを育てて、キョーコの心に愛を育てていた事に…キョーコはまだ気付かないでいた。

 


 そんなキョーコが撮影に戻れば再び撮影も順調に進んでいったが、あれ以来…女性に限らずそれも他のドラマの人の視線も何か変わったと感じるのは自意識過剰なのかな?
 敦賀さんに抱き上げられて運ばれていた事になるから、敦賀さんのドラマの共演女優さんからは確実に視線が痛い。これは仕方がないけど、男性からも少し違う探るような覗くような視線を感じる時がある
 「どんな娘なんだろう?」という感じだけど、人によっては値踏みするというのか、頭のてっぺんからつま先まで見られるのって…気持ち悪いと思うのよ…。

 

 キョーコは蓮の腕の中に包まれて、蓮の顔などを見る事もなかったから仕方がないのだろうが、キョーコを心配する厳しい表情を隠す事もないその姿は、蓮を表面でしか知る事のない者達には驚きの姿だったのだから……。

 


 そして…番宣の事を蓮とも話す事ができて、体調を戻したキョーコはひと安心と思ったが…………

 

 

 あ~~~ん、何故 !? なんで三上監督って、変なところにやる気を出すのよぉ~~~。
 何故この展開なの~~!?

 

≪つづく≫

 

 

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