蓮はキョーコを見た瞬間は笑みを浮かべかけたが、その身体がふらついた時…名を呼ぶよりも先に身体が動いて抱き止めていた。

 

「京子さん!?」
「最上さん!!」

 

 キョーコの直ぐ隣にいた亜衣の声が先に響いたが、とっさにキョーコを支えて抱いていたのは蓮だった事に…亜衣が驚いた。

 

「ええっ!!? 敦賀蓮…さん!?」

 

 

【リク罠】 危険な番宣

         ~ドラマ「夏のトビラ」~ 6話

 

 

 直ぐ横で倒れたキョーコにも驚いた亜衣だが、それよりも電光石火の動きで目の前に現れてキョーコを抱き留めた蓮にも驚いていた。蓮が何処に居たかははっきりわからなかったが、ドアの直ぐ傍に居た訳ではなかったからだ。

 

 芸能界で若手のトップを行く敦賀蓮を…知らない者はないと言える男性が、同じ年の京子を驚くほどの早業で抱き留めただけでなく、京子の状態を考えて…今は床に膝を着いて大事そうに抱き締めているに近い状況になっている。
 少なくとも2人はそれなりに近しい関係だとは分かるが、京子からはそんな話は聞いた事は無かった。

 

「最上さん? 大丈夫!? 最上さん!?」
「えっ!? 最上さん?って、え!?」

 

 蓮はキョーコを床近くで左手で支え、頬には右手をやると冷や汗を感じた。顔色が悪いのも倒れた体調からだと分かった。

 

 亜衣は蓮が京子を「最上さん」と呼ぶ事にも驚き、蓮にも聞こえる程の傍で声を上げても、蓮はキョーコの状態が心配で聞こえていないとわかる。
 そして亜衣にも蓮が京子を心配しながら、知らず知らずなのか…2人だけの空気を作り出しているのが伝わってきた。

 

 キョーコは小さく頷くが目を閉じて微かに顔を歪めていた。

 

「最上さん!」

 

「…ぁ…れ……つるが…さんが…どう…して?」

 

 聞き覚えのある蓮の声が自分を呼び、同じドラマでもないその主が居る事にキョーコは不思議に思った。だが大きな声を返す気力はなく、それでもその腕に支えられれば…微かに香る蓮の匂いに、キョーコは再び安心をして瞼が落ちかけた。

 

「どうしてじゃない!! 君は倒れたんだよ!! それに冷や汗をかいてるじゃないか!! 今回はなんとか俺が間に合ったから良かったけど、体調だけじゃなく、地面に倒れて頭でも打ったら…」

 

 蓮の…普段は訊いた事のない大声に、キョーコは目を開けて蓮を見た。
 温厚で穏やかな人柄と噂される蓮の声が、キョーコを心配するあまりに周りに居た者にも大きく響いて驚いて振り返る者もいた。

 

「そう…でしたか…。ありがとう…ございます。でも…もう大丈…夫……ですから…」

 

 キョーコは辛そうにだが引きつった笑みを見せながらなんとか蓮に言葉を返した。しかし蓮はその言葉を鵜呑みにはしていなかった。
 

 そして京子を慕っている亜衣は、芸能界では駆け出しに近い自分が簡単に近づけない敦賀蓮という存在に内心…少し舞い上がった。

 

 うわ、うわ、本物の敦賀蓮~!?? 京子さんて…敦賀蓮が仲良いって後輩の記事…見たけど……敦賀蓮の大事にしている後輩って、京子さんなの!!? ホントに仲良いんだ~なんか敦賀蓮が凄く心配しているのが…伝わってくる~~。
 …それよりも男女だけど…先輩後輩で仲良いって空気と違わない?
 もう少し近い感じだけど…違うの?
 特に敦賀蓮からの京子さんへのなんか…気持ち入ってない?

 

 キョーコは頭がくらくらする感覚が抜けないまま、蓮の腕を支えに立ち上がろうにも上手く力が入らなくて身体さえ起こせないでいた。

 

 …なんだろ…暑さのせい? …敦賀さんの事とかドラマも不規則で…少し眠れてないし…、なんか力が……。

 

 辛そうにしているキョーコの様子に、蓮にはキョーコの状態が頬や首筋の冷や汗からも分かったが、かなり体調が悪いのが伝わってきた。
 ある程度は大丈夫なら、キョーコの性格上「すいません」と言いながら直ぐに立ち上がるはずが、自分の腕を掴んだ手の力が上手く入らない状態で腕が震えている。立ち上がろうという意識だけで身体が付いていかないのが蓮には分かったからだ。

 

「…君は……力も入らないなんて、大丈夫じゃないだろうー!!!」

 

 蓮はキョーコを心配して語気が荒くなり、いつもよりも声も大きくなった。その声に、先程の声に気が付かなかった周りの人間も驚いて再び振り返る者も多かった。

 

 するとその声が聞こえたのか、同じように休憩に出てきたばかりの撮影スタッフの女性が、慌ててキョーコ達に走り寄ってきた。

 

「京子さん、どうしたの!? 敦賀さん、どうしたんですか!?」

 

 上半身は蓮の腕の中で下半身は床に座り込み…呼吸も少し辛そうなキョーコの顔を見て、女性スタッフは驚いて大きな声を上げた。そして蓮にも尋ねた。

 

「京子さん、真っ青じゃない!! 救護班! 救護室にも援護要請して! 救急車も必要かも知れないって伝えて!」

 

 女性スタッフが驚いて声を掛けるが、キョーコは首を振って見せた。

 

「…そこまでは…大丈夫…です…」

 

 キョーコの声はか細くて、他の共演者も幾分遠巻きながら心配して周りに集まってきた。撮影中とは明らかに違う様子は、無理をして演じていたと分かる。
 キョーコの顔色も、本当なら暑い季節にしては赤みがなく、元々白い肌が透けるようで青白いのが分かるほどだ。

 

「この感じだと、撮影中も我慢していたんでしょう? 今無理したら、先の撮影にも影響するのよ。救急車を呼びましょうか、監督?」

 

 女性スタッフは少し離れた場所にいた監督にも声をかけた。

 

「いえ…そこまでは…」

 

 スタッフの声に、それでも尚も強がろうとするキョーコに、蓮は周りには分からないほどに小さく溜息を吐いて、真っ直ぐにキョーコを見つめた。

 

「精神力では限界がある。最上さん…俺からも頼む…。お医者さんに診てもらった方がいい」

 

 尚も首を振ったキョーコに、蓮は心配で微かに震えた声でキョーコに言った。

 

「……それを…敦賀さんが…言うんですか? 敦賀さんだって…」

 

 キョーコの言葉に…蓮のマネージャーをした時を思い出した。蓮が風邪を甘く見て高熱を出し、それでも仕事をやり抜こうとした姿に、キョーコが必死にサポートした日々を思い出した。

    蓮は懐かしい事だと苦笑を浮かべたが、直ぐに厳しい表情になった。

 

「あの時は、直ぐ傍で君がサポートしてくれたけど、今の君を同じようにサポートしてくれる人は存在しない。それに何より俺が…心配なんだ……」

 

 蓮は腕に抱き抱えるようにしていたキョーコに…最後の方はかろうじて聞こえる声で、いつもなら漏らさない本音の心配を口にした。

 


 頑張る君は好きだけど、無茶だけはして欲しくない。
 俺が君をサポート出来るならいいけど、現状では何も出来ない。それなら先輩として出来る助言だけはさせてくれないか?

 


 蓮の視線の強さに、キョーコの視線が蓮に負けて溜息を漏らすと瞼が落ちた。
 それを蓮もキョーコが折れた無言の合図として受け取ると、キョーコを大切そうに抱き上げて立ち上がった。

 

「まず俺が救護室に運びますから、その加減で病院の手配もお願いします」
「敦賀君の方の撮影は?」

 

 三上監督が蓮に尋ねた。他のドラマに迷惑はかけられないとの確認だろうが、蓮は素っ気なく答えて目の前の女性スタッフに視線をやった。

 

「こちらも休憩に入っていたところです。彼女を運びますので、女性のスタッフ…貴女…付いてきて頂けませんか?」

 

 キョーコを心配して近寄ってきた女性スタッフに蓮は声をかけた。
「はい。勿論です」

 

「あと、俺のマネージャーにも連絡して貰えますか。彼女のマネージャーも兼任していますので…」

 

「えっ、そうなの!? 君ほど忙しい俳優のマネージャーが兼任?」

 

 三上監督もこれには驚きの声を上げたが、それが訊こえた周りの者達も驚いてざわつきながら蓮に視線が集まった。

 

「…臨時でですが、兼任してもらっています。俺も撮影中でスマホもないので、事務所にも連絡してくれるでしょうから。ではお願いします」

 

 詳しく聞かれるのは面倒だとばかりに、蓮は訪ねられた事には殆ど答えず救護室に向かった。

 

 それに今は…何よりもキョーコの身体が大切だと早足で歩き出した。
 

 お互いのスケジュールが離れる時には蓮のみになる時もあるが、社がキョーコには何くれと無く世話を焼くのも自然になってしまった。
 キョーコの仕事のスケジュールからいけば、そろそろキョーコにも専属としてマネージャーを付けるべきだが、蓮も社もこのスタンスが心地よくなってしまえば、ヘタなマネージャーが彼女に付いてしまうのは…邪魔に感じてしまう気がするのはなんなのだろう?

 これも一種の独占欲…か?

 

 蓮は苦笑交じりに心の中に呟いた。

 

 撮影所の廊下を足早に…でもキョーコを心配してか…少し厳しい顔の蓮が救護室に向かった。
 蓮が心持ち厳しげな表情で、それも女性を抱えて急ぎ足で廊下を歩けば、共演者でなくとも誰もが振り返り目で追った。そして通り過ぎるとざわついて「何があった?」と話し出す者も多かった。
 190㎝を超える身長という抜きん出た体格だけでも目立つのもあるが、風貌は目に入れば誰と分からずとも振り向いてみたくなる美丈夫だが、厳しい表情の蓮を素の顔で見るのは珍しいのだろう。特に蓮が気になる女性は驚きの表情で見ていた。

 

 空調整備の若い男も、京子を抱き抱える蓮を見て驚いていた。

 

 アイツ…別のドラマに出てたはずだよな…。
 京子ちゃんの先輩…って何かで仲良いとか言ってたけど、お前のじゃ無いだろう!? なんか腹立つなぁ~~。…絵にはなってたけど、くそっ!

 


 その姿の一部始終を…【夏のトビラ】の三上監督は、京子の心配と同時に敦賀蓮の見た事のない表情に、監督としての性なのか…声や表情、その動作までを、京子と同時に観察していた。

 


 ははぁ~~。あの敦賀蓮が、演技でも無いのにあの表情か?
 マネージャー兼任なら親しいって事だろうが、人目も気にしないほどその娘しか見えないって事か? 
 倒れかけた処を、タイミングもあったが上手く支えて、周りの目は無視して大切に抱き上げて、心配の表情も隠しもしない。
 そして京子さんも懐に入って安心出来る相手。それも多分たった1人だけの相手だ…。

 

 そして敦賀蓮にとっての京子は後輩以上の何だ? ただの後輩じゃ無いのは確かだな…。
 はっきり言えるのは、とても大切な娘だって事か…。
 それも懐に入れても痛くない程に…、その懐を探られても痛くない相手で……。
 …つまりはお互い様…か…?

 

 三上監督は感じた何かにニヤリと笑みを浮かべた。

 


 蓮と京子、双方の共演者の中にも、2人の言葉の遣り取り…特に蓮が真剣に京子を心配している姿に、「もしかして?」と思う者も幾らかいた。だが蓮を心少なからず思っていた女優には蓮には子供過ぎる相手と思いたかったが、キョーコを抱き抱えて救護室に向かう蓮の姿は噂になった。

 

『素の敦賀蓮にあの顔をさせた女優は誰か?』

 

 

 

《つづく》

 

 

 

web拍手 by FC2