「入ってもいいか?」

 

「…どうぞ……」

 

 蓮ではなくキョーコが社を招き入れる声を出した。

 

 

 

 スクープ‼ 敦賀蓮‼ 3 完

 

 

 

「なんだよ。蓮はまだ二人で居たかったのか?」

 

「そうではありませんが…」

 

「ふ~ん。キョーコちゃんにキスでもしていたか?」

 

 キョーコの目が潤んでいる気がして社はカマを掛けると、キョーコが両手で口元を押さえてしまった。

 

「キョーコ。自分でバラしてどうするの?」

 

 言葉ではないが、その動作はキョーコの正直すぎる出来事を隠そうとしてとっさにしてしまったことだ。


 蓮は嬉しそうにキョーコを見つめるが、キョーコは逆に恥ずかしくなって真っ赤になってしまった。

 

「やっとお前達、纏まったわけか…」

 

 社は問いかけではなく確定の事実として、蓮へと視線を向けた。

 

「やっと答えをもらえました。この後社長にも伝えます」

 

「スクープではなく事実だって?」

 

「ええ。付き合い始めたばかりの恋人ですと…」

 

「わかった、わかった。お前のとろけそうな笑みで分かるから、俺は社長室に同席はしなくても良さそうだな」

 

「どうしてですか?」

 

 社には、蓮のマネージャーなら同席して状況を知る権利はある。

 

「これからの会見とかを、社長から指示されてるからそちらに行くからだよ」

 

「……あの社長には幾つ目があるんですか?」

 

 蓮も予想していたこととはいえ、社長の先を見る目に溜息を吐いた。
 つまりは蓮とキョーコの事はお見通しで、これから行く報告はすでに確定しているということだ。

 

「まあな、あのラブモンスターには勝てることはないってことだ」

 

「あの…社長さんには……」

 

 キョーコがもじもじとして余計に小さくなってしまった。

 

「ずっと前に…私の…敦賀さんへの気持ちは、バレてしまってま

すから……」

 

「…其れ、いつ?」

 

 キョーコの思いをもっと前に知っていたという事実に、蓮が少し顔を近付けてキョーコに聞くと、キョーコの目は泳ぎながらもどうにか言葉した。

 

「あの…ヒール兄妹の…セツカの時……です…」

 

 妖しい兄妹の関係という設定でいながら誤魔化し続けていた時に、蓮に気持ちをばらされるのかと心配した後に、自分の中にある気持ちをしっかりと受け止めることを言われたのだ。
 恋をする嬉しさ、嫉妬、醜いほどにさえ変わってしまう思いも、全て恋をすれば感じる様々な感情。恋をする少女を演じるならば、そしてどうなるか分からないこの思いの行方は、いつか演技する時に自分の糧になると…鏡を前に泣きながら思ったこと……。

 

「そんなに前!? ……というか、あの人には呆れるな…」

 

「どういうことですか?」

 

「俺の気持ちはもっと前に知られてしまっていたんだが、簡単に成就するだけが恋愛ではないという人だったな」

 

「特大のラブモンスターだからな。社長は」

 

 改めて社長という人物の…愛を語らせれば止まらない、愛を愛するが故の試練までも愛していると思える姿に、3人が揃って溜息を吐いた。

 

「でも、ステキな方です。いろんな事を教えて下さいます」

 

「だとしても、これからの俺達の事では振り回して欲しくないね」

 

「俺達の事?」

 

 キョーコが不思議そうに蓮を見た。

 

「キョーコとの交際と、希望的にではあるけど婚約、結婚式の事とか…」

 

「交際? 婚約? 結婚式 !?」

 

 最後の結婚式には、さすがにキョーコも大きな声で叫んでしまった。

 

「お前、キョーコちゃんにプロポーズまでしたのか?」

 

 社はやっと思いを伝えただけと思った蓮にしては、行動が早いと驚いて訪ねた。

 

「交際が順調であれば…との俺の希望です。キョーコもそこまで驚かないで欲しかったけど…」

 

 少しだけ苦笑した蓮が残念そうに言うと、キョーコには目の前

の人がどれだけ本気なのかやっとわかったらしい。

 それに告白の後から、呼び名がキョーコに変わっていた。

 

「あの…本当じゃないと思った訳じゃないんですが、その……まだ信じられないぐらい…なんて言うか…ふわふわした感じで…」

 

「キョーコちゃん。それは『夢心地』って感じじゃないの? いい夢から目覚めかけた時の…たゆたうような気持ちよさ。夢が気持ちいいから目が覚めたくないとか、本当でも夢みたいだから信じられなくて思考が『ホント?ウソ?』ってやり合ってて不安定な幸せ感じゃない?」

 

 キョーコの言葉に、社としては蓮の為にもこれ以上ない幸せを

キョーコが感じているなら、今回のスクープも二人にとってはい

い方向へと進み出したきっけだと、キョーコの気持ちをはっきり

と自覚して欲しくて誘い水の言葉を投げかけた。

 

「……その…初めてなので…わからないんです……」

 

 キョーコのその言葉は、蓮も初恋ではあるがキョーコも初めての気持ちで、重なった気持ちは同じであると言っているようで、蓮には嬉しくてたまらない。

 

「……蓮。お前、顔…崩れすぎだぞ…。わからなくは無いがな」

 

 社に言われて蓮は我に返ったが、キョーコも蓮の素の嬉しそうな表情があまりにも眩しくて、キョーコは真っ赤になってしまった。蓮の破顔と言われる表情よりも、年齢とは関係ない…恋をする普通の青年が歓びを感じる笑みが、キョーコへの心にストレートに届いたのだ。

 

「まあ、キョーコちゃんには真っ直ぐ届いたみたいだけどな」

 

「ど、何処がですか?」

 

「キョーコちゃん、その真っ赤な顔は否定できないよ~。その前に二人で気持ちの確認は出来ていたみたいだし、社長にもはっきり言って、二人で真っ直ぐ向き合ってこれからのことを話し合ったらいいよ」

 

「これからの事…ですか?」

 

「蓮みたいに結婚式までは早い気がするけど、付き合うのをオープンにするなら対処とか考えた方が良いからね。俺は勿論応援するけど、社長にも応援を頼んだ方が良いと思うし、案としてはキョーコちゃんのマネージャーとかもそろそろいいと思うよ」

 

「私のマネージャー…ですか?」

 

「それは俺も必要だと思ってる。もう君一人でスケジュールを管理して仕事をする時期は限界だと思うし、俺達の為にも助けてもらえたら嬉しいしね」

 

「俺達の為?」

 

「俺達が付き合うなら、社さんじゃないけれどフォローは大切だし、忙しい仕事の合間に二人の時間を作る協力は頼みたい。キョーコの方からもキョーコのフォローと、俺達の時間の為の協力者は俺もあった方が嬉しいね」

 

「…協力者ですか…」

 

「キョーコちゃんはしっかりしているから今までやって来ちゃったけどね、俺もマネージャーっていう協力者は必要だと思う。本来の仕事に集中できて、二人が付き合う為に間に入って繋いでもくれるマネージャー。まだ必要ないと思ってたら、それは無理だから」

 

「私にも…必要ですか?」

 

「必要だよ。やれるところまで頑張るのが君の良さでもあるけれど、いつも順調とは限らないのが芸能界の常だからね、社さんが調整してくれて俺は仕事にも専念できる。キョーコにもひとつ頼れる味方が必要だと思う。社長にも俺からも頼むつもりだけど、一手も二手も先をよんでる人だからな…」

 

 蓮が微かに息を吐くと、社も言葉にはしなくとも同意して頷い

ていた。

 

「多分、いくらか用意してそうだね…」

 

「嬉しい提案なら受け取ればいいです」

 

 キョーコにとっての良い協力者になるのなら、蓮にとっても新たな援軍とも言えるだろうことは想像できた。
 今回のようにスクープとして取り上げられれば、蓮にもキョーコにも記者が張り付く事になれば、仕事以外の雑事で疲れがでることになる。そこをカバーできる優秀なマネージャーが必要だ。
 そして事実として受け入れられたとしても、京子も女優として認められてのビッグカップルとして、行く末がどうなるかと注目は暫く続くだろう。
 そんな彼女を守ることもマネージャーとしては必要な仕事だ。

 

「お二人とも…私にマネージャーさんが着くことが前提ですね…」

 

 まだ実感として『京子のマネージャー』の存在を感じられない言葉に、社も呆れて言葉にした。

 

「だ・か・ら、今までキョーコちゃんにマネージャーがいなかった方がおかしいんだって! そこそこに売れてきたならまだ分かるけど、大手芸能プロダクションに所属して、2年しない内にPV、CM、ドラマ2本、映画1本やってて、それが全部自分の力で取ったんだよ? それは普通の新人の実力じゃないからね! 蓮のマネージャーを今までやってきたけど、そんな破格の新人はキョーコちゃん以外知らないよ!」

 

 社もキョーコのまだ信じていない自分の実力を、短い時間の中で次々と見せつけられたマネージャーとしての眼でも言葉にした。

 

「破格…ですか……」

 

「ホントに君は謙遜のメガネを外さないから自覚が少ないけれど、自分を知ることも芸能人には必要だって何度も言った筈だよ。上ろうとしても簡単に上れない芸能界の階段を、思ったよりも凄い勢いで上っている。だから、芸能記者もだけど同じ芸能人からも敵は出来てくる。味方は多い方がいいのが競争の激しい世界だからだ」

 

 蓮の言葉には実感がこもっているからこそ、キョーコはその苦労も蓮は知っているのだと受け止めた。
 今は若手芸能人としては無くてはならない存在の蓮でさえ、実力があっても邪魔をする存在もいる。光が当たれば陰も出来るが、競争も激しいからこその芸能界という場所だ。

 

「俺もね、蓮のマネージャーをやりながら感じるのは、コイツのスケジュールが詰まるぐらいに多くなってきて分単位か秒単位に近くなってきたら、蓮一人で頑張っても時間が押した時の微調整はマネージャーの俺が力になるしかないんだよ。ドラマの撮りとかで時間押しちゃう事があるのはキョーコちゃんでも知ってるだろ?」

 

「はい。次のお仕事のある方は、マネージャーさんが時計を気にされてる姿をお見かけします」

 

「そうなんだ。蓮は仕事に集中して、俺は集中できるように他の調整をする」

 

「縁の下の力持ちですね」

 

 社が笑顔で答えた。

 

「何処まで持ち上げてるかはわかんないけど、蓮の芸能人としての力を発揮出来るように手伝うのが俺や他のマネージャーの任された仕事なんだ。他の仕事に影響しても困るところは、電話で次

への仕事先への連絡も必要だしね」

 

 キョーコも社の仕事ぶりには、時折見る事もある蓮のスケジュール帳を見れば、社というマネージャーがいてこその敦賀蓮の活躍もあるのだと感じられる。
 自分ではそこまでの事は今はなくとも、目指す役者が敦賀蓮という人ならば、マネージャーという存在もいつかは必要になるほどに活躍したい。

 

「ありがとうございます。私を助けて下さるマネージャさんを、探してもらうようにお願いします」

 

「社長に直接言ったらいいよ。選りすぐりのマネージャーを社長が見つけてくれるからね。もう見つけているかもしれないけど…」

 

 キョーコが大きく頷くと、社も少し一安心という顔をした。

 

「出来れば俺と相性の悪い人ではないと良いけどね」

 

「それは言えますね」

 

「社さんと相性が悪い人なんているんですか?」

 

 キョーコは、いつも笑顔で怒った顔など見たことのない社に、苦手な相手など居るのかと不思議に思った。

 

「キョーコちゃん。俺だって苦手な人ぐらいはいるよ。仕事柄顔には出さないようにしてるけど、蓮じゃないけど仕事でも不真面目な人間は出来るだけソフトに遠ざけたりするしね。同類だと思われるのはイヤだからね」

 

「そう言う方は私もお近付きにはなりたくないです」

 

「そこは、キョーコちゃんはホント素直に真面目だからね。不真面目だとキョーコちゃんの傍にいるのは居心地悪くて避けてくれてると思うよ」

 

「そうですか?」

 

「逆に真面目に仕事に取り組む人は、キョーコちゃんの姿勢の良さやお辞儀の仕方でキョーコちゃんを気に入ってくれる。キョーちゃんの生真面目さが分かり易く出ているところだから」

 

「自分で身に付けたものではないんですが…」

 

 蓮はキョーコの顔に僅かな陰を感じて、子供の頃のキョーコを思い出した。

 

「それでも今は君の一部だ。最上キョーコの切り捨てられない真面目さを鏡にした挨拶は、初めて会う人にも良い印象を与える。芸能界のようにどんな縁で次の仕事が舞い込むか分からない所なら、印象が良いに越したことはない」

 

「そう…ですね。姿勢が良すぎて苦労した役もありますけど、それだけ『私の一部』なんですね」

 

 蓮は過去のことも肯定的に捉えることが、過去の上に成り立つ自分として…過去の過ちが許されることかどうかは別としても、今の自分がいる事へ繋がるのだと思えるようになってきた。
 過去の積み重ねの上にいる自分と、そしてキョーコとの再会は、蓮にとっては無くてはならない大切な出会いだ。

 

「そういうこと。だから君自身のことは、君が誇りに思えばいい。身に付いたものも全て芸の肥やしだ。役者なら出来ることがあればそれだけ役の幅も広がる」

 

「はい」

 

 キョーコの笑みから陰が消えると、蓮も社もほっとした。

 

「では行こうか。特大のラブモンスターの社長の所へ」

 

「ちょっと…いえ、とってもドキドキですけど…」

 

「俺が守るから、この先も俺と居てね」

 

「はい…」

 

 はにかむ笑みを浮かべたキョーコに、社は蓮との幸せな未来が見えた気がした。

 

「そのまま社長にも言って婚約会見するか?」

 

 半分本気で社が言うと、蓮は一瞬考えた後にキョーコを見て、似非紳士の笑顔で呟いた。

 

「それぐらいは良いかもしれませんね」

 

「やっ止めて下さい! まだ分かんないじゃないですか!」

 

「そうなの? もう別れる予感でもある? まだ婚約は破棄できるよ」

 

「だって、敦賀さんはそう思ってないです!」

 

「うん。もうキョーコを逃がす気はないからね」

 

 にっこりと笑いつつ、キョーコを掴まえた歓びで後ろなど見ない恋する男。
 キョーコはこれから挨拶するラブモンスターの前に、逃げられない…逃がしてくれない恋人という存在が嬉しいと感じながらも苦笑いを浮かべてしまった。

 

 

 私…やっぱりとんでもない人を好きになっちゃった…かな…?

 

 


《FIN》

 

 

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この『スクープ』のタイプは書いていそうで書いてなかったのですが、書いたら暴走しました(^o^;) なんでだろ?