まじ―ん様の罠リクより
知らぬは彼女ばかりの噂 4
「PREMIUM PARTY AWARDS」迄の日々は、芸能人としての他の仕事も予定表が埋まる二人は、時には顔を合わせる事も出来るが忙しくあっという間に過ぎていった。
そしてパーティー当日。
「PREMIUM PARTY AWARDS」と掲げられたホテルの大ホールを貸し切った盛大なるパーティーが開催された。
ステージ上のパーティー&モデルショーに参加する事の出来る華やかなペア達は勿論の事、その舞台を見たくて集まったステージ下のパーティーの出席者達も、華やかさでは負けじと着飾る姿が見られた。
ステージの上も選りすぐりのペア達が美しさや華やかさを競うが、ステージには上がれなくともその華やかさを共有したいと思えば、自ずと美しさを競うように会場全体がステージとなってくる。下の会場でくつろぎながらの出席者達も、希望者が余りにも多くなり結局は主催者サイドが選抜することになってしまった。
ステージ上にはパーティーを思わせるおしゃれなソファーやテーブル等がセッティングされて用意が調うと、まずはステージ下の選抜された招待客がおしゃれに装い楽しそうに席に着いた。そここで挨拶は交わされるが、ステージ上のパーティーの華が出てくるのを談笑しながら待った。
やがて開催時間になれば、ステージ上の大きな扉が開き華やかな主役達がペアとなって、ステージ上に色の違う華が笑みを浮かべて一気に華やかになった。
ステージにはパーティーに相応しい大輪の花々を飾った大きな花瓶もあったが、一組づつステージに現れるモデルや芸能人としての華が現れるとただの飾りに落ち着いてしまった。
生き生きとしたエネルギーを放つ本物の美しさは、ステージを見つめる憧れの溜息を誘った。
「素敵ねぇ…」
誰知らずとも聞こえる言葉には、憧れと同時にあのステージで華やかな笑顔を浮かべていたかった嫉妬も混じっていることだろう。
そんなステージの舞台裏に、キョーコも本日の主役の華として到着すると、テンという『美容界の魔女』がキョーコの手伝いに控え室へと現れた。
「ハーイ、お久しぶりね。キョーコちゃん」
「お久しぶりです、ミューズ。相変わらずとっても素敵です!」
「そう。ありがとう。キョーコちゃんも少し見ない間に素敵な女性になったわね」
「……そうでしょうか?」
「私は嘘は言わないわよ。キョーコちゃんが好きでも、美を愛するものとしては本当のことを言うわ」
「…ありがとう…ございます」
テンはキョーコのぎこちないような堅さは気になったが、まずは今日の為にと仕事モードで対応しながら心を解そうとした。
「どう? 肌の調子はいいかしら? うん、お手入れも出来てるわね」
テンはキョーコの肌を軽く触りながらそのきめの細かさを確認する。
「でも少し浮かない顔ね。蓮ちゃんとのお仕事イヤではないでしょう?」
「イヤな訳ではないですが、でも敦賀さんとのペアって、敦賀さんに見合うだけの…ペアになるだけの自信は…」
姿勢のいいキョーコが、少しだけ無くした自信のせいで俯き加減になっている様子に、テンは小さな溜息と吐くと…今がキョーコの背中を押す時だと思った。
「キョーコちゃんは、自分では蓮ちゃんとペアになれる訳ないって思ってるの?」
「……だって…敦賀さんはモデルでもトップをいく人ですよ? 私ではモデルさんのように美しく華やかになんて……」
「…キョーコちゃん。蓮ちゃんだって最初からトップモデルだったわけじゃないのよ」
「…えっ?」
「スカウトはされても、そこから自分で努力もしたし、容姿だけで出来るモデルはいないわよ」
「それは…確かにそうですが……」
テンのいう意味はキョーコにも分かっている。
芸能界という場所でも、ただ可愛いと言われて生きていける世界ではなく、モデルという仕事も、スタイルの良さや美貌だけで何年も活躍できる甘い世界ではないと、競争が激しい磨き合う世界だというのも予想できることだ。
「キョーコちゃんに来た招待状は、キョーコちゃんと蓮ちゃんとのペアを認めて送られて来たものでしょう? キョーコちゃんは自分の中にある華を認めようとしていないけど、貴女の中に咲く華はとっても素敵に花開いているわ」
蓮ちゃんがもどかしくて伸ばしたい手を、あなたが見つけてくれなくて…蓮ちゃんが空振りして伸ばした手が届いてない感じね。
今回は少しだけそのお節介になるかしら…?
「それでは準備しましょう…。今夜だけの魔法になるかわからないけれど、キョーコちゃんにとびっきりのメイクという魔法をかけるわ。…蓮ちゃんと……素敵な夢を見なさい」
テンのメイク後、今は役の為に少しだけ髪を伸ばしていたキョーコの髪をいかしつつ、サイドには後れ毛のように垂らした髪が色気を添え、後ろはアップにしてつけ下と髪留めで止めると、キョーコの形のいい後頭部から首筋への流れがキレイにでる。
ドレスは事務所よりも、主催者側がキョーコに着て欲しいとドレスを送り付ける熱の入れようで、京子への期待度が高いことも伝わってきた。
美しい海の色を思わせるコバルトブルーのドレスは、ノースリーブで胸元が深めに開いている処以外はシンプルな形だが、スカート部分は膝よりも少し長い裾の部分まで何枚ものオーガンジーが波打ち海の妖精を思わせた作りになっていた。ただあまりに薄く透けてしまう生地なだけに、一番下にはサテンの光沢のある生地を使い、その光沢がより妖精のようなきらめきを感じさせていた。
キョーコは鮮やかなコバルトブルーの羽のようなドレスに嬉しい溜息を吐いた。
「そして、今日の靴はこれね」
出されたのは10センチのハイヒールだった。まだヒール部分はそこそこの面積はあったが、それでも上手く歩けるかと思うヒールの高さだ。
「こんな高いヒールの靴で…モデルウオークなんて…」
流石にキョーコが不安な声をあげた。
只でさえ先輩の横で失敗は出来ないのに、自分だけの失敗ではすまないのに、素敵なドレスとお揃いの靴だけど…転んでしまったら…?
「キョーコちゃんなら出来るわ。それにね、もしこのお仕事で蓮ちゃんの横を並びたいけど並べないと思うなら…少し背伸びをしてみない?」
「背伸び…ですか?」
「蓮ちゃんは身長が190センチもあるでしょう? その分背伸びしてみるの。キョーコちゃんは背が低い訳じゃないけれど、この靴の10センチが蓮ちゃんにどれだけ背伸びできるか、近付けるか試してもいいんじゃない?」
「10センチの…背伸び…」
「あとね、ホントはピンヒールも考えたけど、その靴はいつか蓮ちゃんに選んでもらいなさい。勿論その時は、その靴に似合う素敵なドレスと一緒にね」
そう言いながらも、テンにはキョーコ自身にそんな背伸びが必要だとは思っていなかった。
要るとしたら、キョーコの心がもう少しだけ蓮に近づくそんな心の背伸びだけ…。
蓮の手はすでにキョーコを迎えるように手を伸ばしているのだから……。
「……はぁ…」
テンにそう言われても、キョーコの頭の中ではそんな機会など巡ってくるとは、どんな場面であり得るのかと首を捻るだけで意味は通じていない。
今の姿だけでキョーコには夢心地と、10センチのヒールが憧れの先輩にどれだけ近付けてくれるかなど、想像もできない。
それでも僅かなわくわくする気持ちと、履き慣れていない靴の緊張と、鏡に映る自分にかけられた魔法で……、モデルのように、あの人のペアとしても輝きたいと思った。
コンコン…と、仕上がったキョーコの部屋をノックする音が響いて、キョーコの心臓が先程よりも早足で音を立て始めた。
「最上さん。そろそろ用意はできた? 君の出番を待っている人達も大勢いるよ。そして俺も…その一人だけどね…」
甘い言葉を混ぜながら蓮がキョーコを迎えにきた。
誰よりも魅力を最大限に引き出してくれるミス・テンの力は、いつもとは違う魅力が引き出されているのは蓮にも想像できた。
だがその魅力に落ちる馬の骨が邪魔な蓮にとっては、このパーティーでのペアという大きな見せ場で…彼女の横には自分以外にはあり得ないのだと知らしめることが、今回の最大の目的だ。
敦賀蓮の横には京子という存在が、京子という存在の横には敦賀蓮が当たり前だと…。互いが互いの存在をより引き立てる魅力のペアだと、誰の目にも映るように……。
「用意ができました。敦賀さん…」
≪つづく≫