贄巫女(にえひめ)                 ⑭
 
 
 
    ……そして再び始まる二人の旅……。
    夜だけの逢瀬の旅……。
 
 
    キョーコは出来るだけレンへの恥ずかしさを隠し、聞きたいと思ったことも胸の内に秘めて聞かず、レンもあの夜のことは忘れたふりで短い時間を過ごした。
 
    互いの思いには蓋をして、本当の思いは誤魔化しながら、それでも顔を見て声を聞いていられる幸せを感じて過ごした。
     それでも本当の思いは誤魔化すことをいつまでも許さず、その思いの助けとなる人を使わした。
 
 
 
「貴女は……?」
 
    キョーコが焚き火をしながら夕食の用意をしていると、ガサガサと音がした草むらから旅姿の女性が現れた。
 
「貴女こそ……こんな…人も余り住まなくなった場所で、しかも焚き火などして変な魔のモノが集まって来ないのか?」
  
  お互いに驚き、不思議そうに声をかけた。
 
    現れた女性の名はユーリと言った。
    聖なる乙女として教育を受けたものの、天の急変にその力も弱くなってゆき、キョーコと同じように天の声を聞くために旅を続けてきたのだと言った。
 
「キョーコも『聖なる乙女』なのか?」
 
    ユーリ自身はその力が弱くなったとはいっても、同じような力を持つ者は感じとれる力はあった。
 
「それは分からないの。ただ、贄巫女と村で呼ばれた頃、一度『巫女の泉』に行ったことがあるけど、村が閉鎖的で巫女としては正式に勉強とかしたこと無いの。『聖なる乙女』の素質とかもわからないの。長老が少し勉強を教えてくれただけで、今は旅をしながら学んでいるところなの」
 
    キョーコは『聖なる乙女』などといえる尊い何かを、自分のような者がもっているとは思っていなかった。
    だが現実として、最後の贄巫女として生き永らえ…何百年という年月を生きて、そして出逢ったレンというバンパイアには神の加護があると言われた。
     キョーコが「私など…」と考えなければ、『聖なる乙女』である巫女としか考えられないこと…。
 
    キョーコが控え目に話し、ユーリよりも年下に見えたが、キョーコの持ち物や落ち着き具合に「まさか…」と思いながら話しかけた。
 
「キョーコ…その、………間違えていたらご免なさい。貴女本当はいくつなの?    見かけ通りの歳とは違うのでは?」
 
「えっ!」
 
    嘘のつけないキョーコは、手にしていたコップを落としてしまった。
 
「そ、そんなことは……」
 
    慌てるキョーコにユーリは間違いないと確信した。
 
「私も暫くは時が止まった存在なの。でも……キョーコの方が、永き刻の旅を続けているようね?」
 
    ユーリに確信をもって言われると、キョーコも諦めて溜息を吐いた。
 
「ご免なさい。嘘を言うつもりはなかったの。でも……あ、レン!」
 
    キョーコはユーリと話していて、レンの存在に気がつくのが遅れ、ユーリの後に近付くレンに声をかけた。
 
「誰?」
 
   ユーリが近づいてきたレンの存在を尋ねた。
 
「そうね……夜だけの…二人旅のお供よ」
 
     キョーコは夜だけに逢える人だと説明したつもりだった。
 
「それは……そういう仲ということなら、お邪魔虫は消えようか?」
 
   ユーリがキョーコの思いつかない勘違いをしてしまい、キョーコがその勘違いの意味に気付いて、「そ、それは、ち、違います!!」と、自分の言い方も勘違いをさせてしまった原因だと、真っ赤になって慌てまくって否定した。
 
「キョーコ、旅の客人か?   」
 
    レンはキョーコ達の会話の切れ端に耳を傾けながら、尋ねてきた。 
 
「あっ、え…ええ、そうなの」 
 
「珍しいことだな。…それなら、俺は今夜は帰る…」
 
    レンはキョーコの様子に、たまには同じ人間同士での話もいいだろうと、あっさりと帰ってしまった。
 
「彼は……」
 
「あの人は……その…」
 
    キョーコはユーリに、勘違いさせたレンの事を、今度はどう説明していいか言葉を探していたが、聖なる乙女の目には見抜かれてしまった。
 
「人ではない…な?」
 
    ユーリの言葉にキョーコは顔を上げた。
 
「やっぱり…わかりますか?」
 
    さっきまで慌てふためいていたとは思えない落ち着いたキョーコがそこにはいた。
 
「わかる。魔族の…バンパイアかな?    夜だけ二人で逢っているのか?」
 
「ええ……」
 
「襲われたりしないのか?    大丈夫なの?」
 
    ユーリが心配して言ってくれていることはキョーコにもすぐわかった。
     『聖なる乙女』達の力も不安定な中で、キョーコの力がどれ程強くても、僅かな時間しか見えなかった姿だが、レンのバンパイアとして力がどれ程強いか感じられた。
    キョーコは心配してもらえる気持ちが嬉しくて、そして別の思いがあるからこそ、彼との旅が続いている複雑さで、キョーコの笑顔は深く複雑なモノになっていた。
 
「キョーコ……まさかアイツを?」
 
     ユーリが驚きの目でキョーコ見た。
 
「出逢ったのは偶然。気が付いたら……好きになっていたの。いつまでも一緒にいられるとは思っていないわ。でも……永き刻の中で、誰かをこんなに好きになることができて……幸せなの。いつか終わるとわかっていても……」
 
     「幸せ……」と言いながら、キョーコの頬には泪が一筋滑り落ちた。「終わり」がいつかあると知っているからだ。
 
「アイツは?    キョーコをどう思っている?」
 
「……怖くて…聞けない。それに……聞いても、種族が違うわ。贄巫女としての力もある…。越えられない壁のようなもの……」
 
   キョーコが首を降りながら悲しく答えると、ユーリが溜息を吐いた。
 
「キョーコの愛は、種族が違うだけで諦めてしまえるものなの?」
 
「えっ?」
 
    魔族ともなれば、ユーリにも反対されると思っていたキョーコは驚いた。
 
「私も…違う種族の人を好きになったの。でも……離れられなくて、自分の街も捨てた。でも彼の身体はこんな変化に耐えられなくて、先に逝ってしまった。短い時間だったけど、彼を忘れない。後悔もしない。本当に好きだったから。愛していたから……」
 
「ユーリ……」
 
   キョーコは切ない恋の思いを泣きそうな顔で話してくれたユーリの気持ちがあまりに切なくて、分かりすぎるほどに分かる気持ちに、キョーコはユーリを抱き締めた。
 
「辛いけど…幸せな恋をしたのね。その強い思いが私にもあるなら、私にも心の糧にして生きていけるのかしら……」
 
「今は、この星で生きていることが奇跡に近い……。それも思い合う人と共にいるのなら、種族も何も関係ない。縛るものがないのなら、心のままに生きるのも自由だ」
 
    キョーコは同じ思いをしたことのあるユーリといろいろと話した。
     今まで近い存在と話したことがなかったキョーコは、ユーリにいろいろと尋ねた。そして、乗り越えてきた心の強さを学んだ。
 
 
    そしてユーリは日が昇ると、また一人での旅に出て行った。
 
     キョーコは名残り惜しそうに、ユーリの後ろ姿を見送った。そしてその姿に…前向きに生きているユーリの姿に、その強さが羨ましいと思った。
    そして、その後ろ姿を見送りながら、レンとの出会いを思い出していた。
 
 
 
                                 ≪つづく≫