贄巫女(にえひめ)           ⑧



    この問いかけへの応えには、少しだけ間が空いた。

『…………キョーコは……お前の生と変わらぬほどの永き刻を、ほとんど一人で暮らしてきた。人としての生を生きるには、人間の精神はか細く、強く生きていくには限界がある。それでも耐えて強く生きてきた。声を聞くもの…時にでかまわぬ。キョーコの話し相手になってくれぬか?』

「俺と同じほどの永さを生きてきた!?」

    レンは、天からの願い事は耳を素通りしたかのように、何度目かの驚きを口にしていた。
    キョーコが一人で生きてきたことは聞いたが、年月迄は言葉を濁しながらハッキリとは言わなかった。見た目から、レンもまさか…同じほどの時間をたった一人で生きてきたとは思わなくて、詳しくも聞かなかった。
    そして、そう考えると……まだ幼いとさえ言えた刻、あの刻に甘く感じた血の匂いの主は、キョーコ自身なのかもしれないと思った。

「キョーコという女は……。何処が普通の人間だ?」

   レンはキョーコへの驚きを口にしないではいられなかった。
    天からの声は、レンが感じていたキョーコの別の顔をいくつも突き付けてきた。
    キョーコはレンの血を求める問いかけにも惚けている訳ではなく、見守られていながら気付きもしないでいるのだろう。

   レンは深く息を吐き、自分をバンパイアと知りながらキョーコが浮かべた笑みが何を感じてだったのか、……今まで人間に感じたことのない感情が沸き上がるのを感じた。

「ところで、高みから声をかける者。褒美も与えずに用だけ言いつけるのか?」

    そう天に声をかけるが、レンのその顔に浮かぶのは面白そうだと感じるほくそ笑むようなイタズラな笑み…。美しいからこそ妖しささえ感じられたが、レン自身も頼まれたことを嫌がっているわけではないと自分でも感じていた。
   姿は見えぬキョーコを思うその言葉に、レンもキョーコを案じていた自分を思い出していたからだ。

『子供の使いでもあるまいに……。なにを駄々をこねたいのだ?   それとも……何か他に欲しい褒美があるというのか?』

    天はその言葉に呆れながら、レンが本気で大きな褒美を願っているとは違うと察していた。

「キョーコの相手をしろと、そちらから頼んできたのだろう?」

   下に見られるのがイヤで、しかし見上げるしかない相手にレンは強がるように言った。

『だが、すでにお前はその気になっていると感じたが?』

   小さな子供の反抗を、ニヤリと笑って返される空気に、レンは少しむっとしてすぐに答えを返せなかった。

『まあよい。お前にとって、キョーコと共にいることは心が豊かになるだろう。お前の中の苛立ちと不安も、良い方に進めば解消されるだろう…』

「天よ……お前は何が言いたい……?」

    レン自身には見えぬ先を……未来を、上からのものいいに苛立ちを覚えた。

『そして……いずれお前にとって…最高の褒美ともなろう……。』

「俺にとっての最高の褒美?   何がだ?  キョーコと共にいることが、俺に何をもたらす?」

   レンにも分からない言い回しに、自分にとっての褒美の意味と、最高と言えるほどに欲しいモノが何かを考えたが、一人で彷徨う時間のうちに心が渇ききってしまい、自分の望みであるのにその答えが出てこなかった。

    それでも、ふと浮かんだ欲しいモノを口にしてみた。

「それならば、キョーコの相手をしろということは、少しぐらいは血をもらってもいいということか?」

『バカを言うな!    お前にはまだ…すぐには巫女には触れることは出来ぬ!』

    やんちゃな子供を叱るように、少し語気の荒くなった声がレンを叱りつけた。
    その声にレンは面白そうに笑った。

「そう言われると欲しくなるモノだ!   しかし、『まだ』ということは、いつか触れることができるのか?」

    キョーコに「触れる」ことの本当の意味……キョーコの甘き血を与えられるのか、それ以上にキョーコという存在に触れることができるのかは……レンにも不確かなまま、それでも「欲しい!」とレンの心が叫んでいた。

『邪な思いでは触れること叶わぬ。聖なる血も魔には強すぎる。魔の思いも、したり。刻来れば、自ずと判るだろう』

     レンは天からの声にキョーコの血を欲する以上の興味がでてきた。
     天からの声は、どこか謎解きのような響きをもっていた。そこに何か含みのある意味合いを感じたのだ。

「いいだろう。暫くの暇潰しだ。キョーコについて行こう」

    バンパイアのレンにとっては、刻の終わりは見えることがない。キョーコにとってもそうなら、暫くは同じ時間を重ねてみてもたいしたことはない。

    永き時間の……束の間の刻………。

『天邪鬼な奴だな…』

    天の声もレンをもて余しぎみな様子で、それでもキョーコを護る覚悟は見えたと……。
     あとはなるようにしかならぬと、二人の様子を見守ることにして声を潜めた。

 
                      ≪つづく≫



【△億の○と▲億の●】……勝手に降りてきた?

あと、後半一部に書き込み&直し入れたくなったので、更新お休み入るかもですm(__)m
(オオカミさんに掴まった~せいか?(^_^;)
それと、来週かあちゃんの病院の診察予定が入ったし(^_^;