主人公ーヒロインー  6話



 そんな放映翌日。
 ドラマの完成記者会見が開かれた。
 その知らせはドラマ終了直後に流された為、取材スタッフも知らせに驚き、深夜の召集がかかることになった。
 本来は完成記者会見は番組の宣伝もかねて、完成してから放映前に行われるが、今回の知らせは放映当日の夜だ。異例のことだと誰もが思う。
 勘のいい記者は、制作記者会見でのやり取りから、また何かを発表する気だとにらんでいた。


 記者会見場は、制作発表の時と同じスタイルで並んでいた。
 看板も20年の記念と30作目を大きく掲げ、変わらないことが逆に何かを感じさせていた。
 それに、今日になって敦賀蓮の個人的な記者会見もこの後あるとの知らせが追加された。
 敦賀蓮には役者やモデルとしての芸能人の姿は見えても、個人的なところは謎の多い人物としても有名であり、女性にもモテすぎるほどなくせに、特定の彼女と思われる噂は女性側が流すガセばかりの、鋼鉄の壁の個人記者会見ともなれば、嫌がおうでも記者魂が燃えると言うものだ。


  *****


「皆様。昨晩のドラマは楽しんで頂けましたでしょうか?」
 ドラマの主役であり、今日の記者会見の目玉の一人…長谷部清子がマイクで語りかけてきた。
 ドラマの人気に加え、敦賀蓮に、若手でも蓮に続く売れっ子になってきた京子がヒロインのドラマだ。視聴率も朝になって上がったモノをみれば、いつもよりも高く、スポンサーもほくほくだろう。
 記者の中にも個人的にファンの者もいれば、昨夜のドラマを楽しんだに違いない。
 だがその余韻に浸るまもなく、深夜から翌日早朝にかけての仕事の召集がかかり、「まさか?」と思い浅い眠りに朝は慌てての出勤の者も多かった。
 深夜の召集の者なら、眠い目をこする記者も長谷部の目に付いた。

「私どもの会見の後に、敦賀君の記者会見があるそうですが、少し早めて繰り上げてもいいかしら、敦賀君?」

 これには蓮も驚かされた。
 自分のことは個人的なことだ。
 今用意されたこの場所を借りての会見にはなるが、あくまでも記者会見の主役は長谷部でありドラマの方なのだ。

 それなのに、長谷部の言葉に監督以下メインの役者達も文句の表情さえ出さない。
 すでに根回しされていたのだとわかるが、蓮もキョーコに目をやってから、長谷部へと視線を移して「本当に?」と問いかけた。
 ただでさえ会見の場所をそのまま借りる形なのだ。
 だがそれを押すのも会見のヒロインたる長谷部なのだ。
「後からの会見を、途中で割り込んだ形にしてしまっていいのですか?」
 勧められてはいても、言葉ではっきりと断りを入れてみなければ、会見の記者達も話の進み具合がわからない。
 それでも敦賀蓮の記者会見に興味を持たない読者や視聴者はいない。長谷部のドラマと両方の記事を取材するつもりで来ているのだ。
「私から勧めている事よ。大丈夫…」
 周りの視線はすでに蓮一人に集中していた。
 これ以上は押し返せない問答になると、蓮は席を立ってマイクをもらった。
「では…」
 あまり聞かない蓮の緊張を感じる声。
 蓮は緊張をしている自分に驚きながら、マイクを持つ手が冷たくなり汗をかいているのを感じた。

「私、敦賀蓮は、事務所の後輩、京子さんとの婚約をお知らせします」
 蓮の言葉が終わらないうちに、フラッシュの嵐となった。
 このビッグニュースがきたかと、記者達の一部は夕刊のトップを差し替えるように会社に連絡に走った。
 会見場で会社に電話をする訳にもいかず、会見場から飛び出して携帯をとった。
 京子は時間的に早まった発表となったが、直ぐ隣に立つ蓮を見上げながら立ち上がり、二人でそろった挨拶をした。
「今回のドラマ共演が決まった時、そろそろ公表してもいい頃だと社長にも相談しました。そしてこの記者会見の末席をお借りして、婚約のお知らせをと思ったのですが、長谷部さんに一足先に引っ張り出されてしまいましたね」
 蓮が冗談混じりに言えば記者も微かに笑いはするが、それよりも京子とのツーショットを逃すまいと目が痛いほどだ。
 蓮と京子の仲の良さは有名であり、先輩後輩以上かどうかは、周りの二人を知る者達でさえ不確かな状況だった。
 だがそれは付き合いだしてまだ1年と経っていないとの言葉に、納得もさせられた。しかしその間にバレなかったのかも不思議とされるが、普段が余りにも今まで通りだったからだと、周りの者達も騙されていたことになる。

 そして二人だけへの止まらない記者の質問やフラッシュの嵐に、蓮は恨めしそうに長谷部に視線を向けてから、キョーコと視線を合わて頭を下げた。
「申し訳ありませんが、この婚約に関してのご質問等は、このドラマの会見後か、後日会見の場を設けますので、今のところは終わりとさせて頂きたいと思います」

 蓮がそう言ってキョーコと共に席に着けば、「待って下さい!」と記者の声が飛ぶ。
 折角のスクープの夕刊トップだ。
 時間もない。もう少し記事としての本物の声が欲しい。
 しかし、長谷部が何を思ったのか会見の順番を変えてしまったことで、蓮もキョーコも、記者達も混乱をしてしまった。
 そして一番先にこの混乱の中心にいながら冷静さを取り戻したのは蓮だった。
「この婚約会見は、本来のドラマの会見の末席を借りての予定でしたので、長谷部さんのドラマの会見を優先するのが本当ではないでしょうか?」
 蓮が落ち着いた声でそう言うものの、その後の発表ではまた二人の話題にもなるとわかっていて、ドラマの会見として話を戻した。


 蓮もマイクを長谷部に返しながら、会見が混乱したことを「すみません」と断りながらも、それは長谷部が狙ったことだと気付いていた。
「皆さんを混乱させて申し訳ありません。ドラマの方の会見をさせて頂きます」
 長谷部がスイッチを切り替えるように宣言すると、ざわめきを残しながらも、意見を言う者もいなくなった。

「昨夜のドラマをお楽しみ頂いた方には、もしかしてお気付きの方もいらっしゃるかもしれません。いつもとは違う最後が用意されていました」
 ザワッと会見場が揺れた。
 ドラマを毎回見ている者になら分かるほどの僅かな違い。
 なぎさと神田が結婚したのだというラストの設定だ。

「昨夜の30回を境として、なぎさ役を京子さんに、神田役を敦賀蓮さんに、引継をさせて頂くことを正式に発表させて頂きます」

 長谷部の言葉に会見場がひっくり返った騒ぎになった。
「それが、この会見が放映後になった理由ですか!?」
 記者の一人が真顔で、驚きを隠せずに叫んだのだ。
 その声に長谷部が穏やかな笑顔を見せると、騒ぎが潮が引くように静まった。そして長谷部の言葉を待った。
「そうです。放映前に会見を開けば、何処からか漏れて、最後だからとそれだけが注目される放送にはしたくなかったと、それが理由です」

 きっぱりとした長谷部の言葉に、気持ちの上で本当に区切りをつけているのだとわかった。

「監督や脚本家の方々にも、了承して頂いております。私の我が儘かもしれません。それでもなぎさという役を、新しいなぎさに演じてもらいたいと思います」

「なぎさ役を降りられることは、寂しくはありませんか?」
「それは…無いと言ったら嘘になります。でも新しいなぎさがどんな活躍をするのか、楽しみでもあります」

 長谷部の笑顔は穏やかで、本心であると感じられた。

「大村さんはどうですか? 役者交代について」
 神田役の大村にも確認の声が飛ぶ。
「そうですね…正直言えば、驚きましたね。いつも当たり前のように演じてきたシリーズで、いつまでも同じと思っていましたから、そんな変化には誰でも驚きませんか?」

 記者に問いかけるような大村は、少し複雑な顔をした。

「いつまでも神田として、なぎさと一緒にドラマがあると思っていました。でも、長谷部さんの表情を見て、くる時が来ただけだと思いました」
「長谷部さんに説得されたと?」
「説得じゃありません」
 大村は直ぐに切り返すように答えた。
「刻(とき)を告げられただけです。直ぐに納得できました。刻(とき)は流れるものですからね」
 大村は長谷部の思いを理解して感じたのだと思った。
「大村さんもですか? 敦賀さんになら納得できると?」
「今トップの人気の若手です。もちろん演技力もある。しっかりとなぎさをサポートする恋人役を託せますよ。…もっとも、この二人は本物の恋人同士だけどね」
 最後の言葉に、会場はわいた。
 たった今、簡単ではあるが婚約会見をしたばかりの二人だ。
 そしてこの為に長谷部が順番を変えたのだともわかった。


          ≪つづく≫



少し中途半端なところですが、一区切りです。
ラスト1話になります~~(^▽^;)