主人公ーヒロインー  4話


 砂美香は第一容疑者から外されてゆくが、それでも新米刑事の葉月が念の為にと尾行していたところを、サングラスなどで顔を隠した怪しい男に狙われ、車に引かれそうになったのを葉月が助けることになった。
 そこで捜査よりも砂美香の護衛が必要と判断され、尾行していた葉月が砂美香を警護することになる。
 この時にこのシリーズの主役である長谷部演じる季杉なぎさとそのフィアンセ神田良介に出会い、探偵でもないはずの二人が事件と関わり、お節介でひとの良い二人が素直で可愛らしい砂美香を守る為に、推理を働かせる。

「なぎさも人が良いな」
 いつものことだと、恋人を心配しながら神田が呟く。
「そうかしら?」
「砂美香さんには一応警察も警護していてくれるんだろ?」
「でも、警察とかのお役所仕事だと、女性にとっては心細いこともあるんだから! それも刑事は男性が多くて、女性の感じる心細さまで分かってくれない事もあるわ。規則に縛られての警護なんて、砂美香さんを本当に守れないんだから!」

 正義感の強いなぎさが、恋人の神田に叫ぶように訴えた。
 呆れながらも、なぎさの優しさでもあると小さく溜息を吐いて優しく笑った。
「わかった、わかった。なぎさがしたいように砂美香さんを守ればいい。でも、人を殺すことを迷わなくなった人間相手だ。無茶をしないでくれよ」
 なぎさとの長い付き合いの中で、彼女の困った人を見過ごせない優しさと強さを感じる時だ。自由にさせてやるのも神田が好きななぎさなのだ。

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 長谷部演じるなぎさの人気はそこにあった。
 普段はごく普通の女性である。優しさを持ちドジな面も顔を出す。
 でも、困った人や、弱さにつけ込む人間が嫌いで、事件に巻き込まれた人に出会ってしまうと、その人の力になりたいと奮闘する。
 時には恋人の神田や、馴染みの警察官まで巻き込みながら、時には自分まで犯人に目を付けられても、正義感と優しさで守ろうとする。
 そうなっても自分の弱さは出さずに、今一番困っている誰かの為に、走り回る優しさが人気なのだ。
 それでいて完璧に見えるなぎさはひょうきんな面も持ち合わせていて、
「あ~も~、またやっちゃった!」
と笑わせる可愛らしい面も愛される性格だ。

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 なぎさはお節介の世話焼きだけでなく、出会った人の巻き込まれた不幸は見過ごせないと、何度も顔を合わせた警察関係者に、
「また君か? 今度はこのお嬢さんと何処で出会ったんだ?」
そう言われながらも、呆れてはいるようだが嫌われているわけでもない。
「またお節介が始まったか」という顔で見られている。
 なぎさ達は砂美香が命を狙われることになった元を探そうとして、絡んでしまった幾つもの紐を解くように、絡んだ人間関係を明らかにしていくのだ。

 警察でないことが逆に固定観念で動くこともなく、窮屈な枠に縛られることもないと、自由に動き回ることが神田の心配を買うこともあるが諦めない。守りたいと思う被害者を救う為に、浮かんだヒントから聞き込みをして、やがて真相にたどり着いていく。
 そして今回は警護をしながらもヒロインに惹かれていく葉月の応援する役所もある。


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「調香師なら香り繋がりというのもあるんだろうけど、別の種類な気もするのに、お香にも詳しいんですね」
 始めは仕事。警護する刑事としてよそよそしい話の砂美香と葉月の会話。
「それは…私の家の本家筋が、お香の旧家でもあるからなんです」
「それでお香を?」
「はい。今のように香水が一般的になる前からの古い家で、私も小さな頃は香に普通に接してきました。そのせいか、香りとか微かな匂いにも敏感になってしまって…」
「そうですか。環境で人は作られていく部分も多い」
「自然と…仕事をするなら香りの仕事をしたいと、今の仕事に就くことに決めたんです」
「本家の方の仕事には興味はなかったんですか?」
 砂美香自身に興味を持って葉月が訊いた。
 僅かに言葉を詰まらせてから砂美香は答えた。
「本家筋にも優秀な人はいますから」
 少し控えめで謙遜した言い方の砂美香に、葉月は砂美香の奥ゆかしさを感じた。そして詰まらせた言葉の中に、葉月は意味を感じた。
 多分、砂美香に本家からも声が掛かったのかもしれない。だが本家筋の跡継ぎを差し置いてその中心に入り込むつもりはなく、そこに入り込めば砂美香の才能故に跡継ぎ候補に巻き込まれると思ったところを身を引いた可能性が高い。
 砂美香に聞いた香木の話などでも、本家に絡むことになれば、欲を出して大金を動かそうという輩が近寄ってくることもありそうだ。
 そんな砂美香は香水の世界でもその才能を発揮しているほどで、砂美香を本家が別の世界に行ったと思っていない可能性もある。
 砂美香が香りの世界を純粋に愛し、香の世界でも抜きんでた才能があるなら、本家筋の跡取り候補から外されてはいない可能性も高い。

 そう考えると、今回の殺人事件の目撃者として狙われている以外に、砂美香の本家筋の跡取り候補の誰かから狙われるという可能性も含まれるのだろうか?

 葉月は砂美香の狙われる可能性に思いを巡らせた。


 今の時代、お香というとお線香ぐらいしか知らない人も多いほど、日本人の生活の中では縁が薄くなっているだけに需要も少ない。
 しかし、一部の香を古式ゆかしい文化としても廃れさせてはいけないと思う人たちが、香を”聞く”場を開いて、古き日本人も親しんだ優しく微かな香りの聞き比べで香の教養を競ってもいる。
 例えばお酒にも聞き酒というそれぞれのお酒の良さや、産地、銘柄を当てる愛好家がいるように、コロンなどの海外からの良さもあれば、日本人に根付いてきた香の奥深さも、日本らしい佇まいでならより深く感じられるだろう。

「それに同じ香りでも、少しだけ違う世界でやってみたかったんです。幸いなことに、香の優しい香りに育てられていたせいか、微かな匂いも感じ取れることは仕事でも役に立っているんです。それに、同じようで違う種類だと思っていた調香師の世界も、別の場所に立ったからこそ香の世界の奥深さも知りました」

 葉月は砂美香の言葉に、やはり本家から一歩身を引く形で別の香りの世界を選んだのではないかと感じた。
 ただ香りが好きで、下手な争いに巻き込まれるよりもと選んだ調香師という世界で、香の世界の良さを再認識するほどに、香りの良さはそれぞれにあるのだと…香りを愛する純粋な心が見つけた答えだった。

「…それは砂美香さんが香水もお香も関係なく、”香り”を本当に愛していたから感じた事じゃないですか?」
 葉月は砂美香の素直さを感じて、より好感を持っていった。


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 ここからはドラマの主役、なぎさ達の活躍がメインになっていく。

「それにしても、犯人は砂美香さんが何を見たと思ったのかしら?」
 なぎさは事件そのものに直接関わった訳ではない為、砂美香から聞いた事件のあらましだけで想像という推理を働かせた。
「それはわかりません。私が見たとしたら、後ろ姿と足音だけです。でも…」
「でも? 何か特徴があったの?」
 自分のことを親身になって守ろうとしてくれるなぎさの表情が本物だと感じると、砂美香も確信が無くとも本当のことを伝えるべきだと話し出した。
「はっきり思い出せないんですが、知っている香りがあの部屋に残っていたんです」
「香りが?」
 それは鑑識でも特殊な機械でもない限り、人が入り乱れてはわからなくなる犯人の痕跡になる。
「私の本家がお香を取り扱っていますから、その手伝いをした何かの時に聞いたような、でも少し記憶があやふやで何処で別の場所で聞いた香りの香のような気もして…」
「それは本当?」
 なぎさも興味津々というよりも、砂美香に迫るようにその手がかりについて訊いた。
「はい。かなり微かだったのと、以前にどこか別の場所での匂いだったので、思い出せないんです。でもそれは、何かの記憶に結びついて残っている感じで、忘れられないでいるので…」
 子供の頃から柔らかな香りをまとい続けた彼女だからこそ、そんな折りの香りも記念写真のように残っているのだろう。
 直ぐには出せない答えに、砂美香ももどかしそうだったが思いだそうとしてくれている。
 そんな砂美香の警護をする葉月も、砂美香が真剣に思い出そうとする姿に、彼女を守りたいと思う気持ちが大きくなっていく。
「わかりました。砂美香さんの記憶で思い出せるまで手繰り寄せて教えてください。我々にはない手がかりになって、犯人を追いつめるチェックメイトになります」
 一緒にいた葉月も、なぎさ達と同様に砂美香の微かな記憶が犯人を追いつめる切り札として使えると、砂美香の香りの記憶を信じた。


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 そして姿を現さず、陰で砂美香達を見つめる犯人。
 姿は見られていなくとも、砂美香があの香の持ち主について思い出せば、自分へと手繰り寄せてくる可能性は高い。
「くそう…。あの娘が、あんな小娘が、どうしてあの香りを知っているんだ?」
 犯人は爪をかみ悔しそうにジレていた。
 砂美香が本家と呼ぶお香の問屋であり、香を聞く会にはいつも何人かの手伝いが来ていた。
 その中に、まだ高校生だった砂美香が、バイトとして手伝いに来ていたことは、砂美香も女性として綺麗になっていた姿では、犯人も思い出せないでいた。

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 砂美香は調香師としての勉強を、プロとしても経験したいと大手化粧品メーカーでも”香りの天才”と人よりも優れた才能を発揮しながらも、学ぶ中で人からの嫉妬によるストレスが気持ちを集中出来なくさせることに疲れて1年ほどで会社を辞めてしまった。
 微かな香りにも集中する神経の細やかさは、か細くさえ見えて実は広い心も持っていた。礼儀正しい姿は人脈も作り、会社という組織ではなくひとりで小さな香水を調合する店を作った。

『アナタだけの香りを作ります』

 小さなボトルにお試し用の香水を入れ、
「この香りをもう少し甘くできませんか?」
そんな要望を聞きながら作るたった一つの、その人だけの香水の店。

 人の持つ香りをかぎ分ける限度は、普通は3~4回がいいところで、それ以上は正確にはわからなくなる。
 それが調香師などの優れた鼻を持つ人達は、7種類ほどまでわかるという。強くかぐことなくその元の香りがわかるようにもすれば出来ることだ。
 そして同じ香りを調合することも、材料さえ揃えば一滴一滴に込められた香りを再現することもでき、これが可能になれば最高の調合師としても認められる。


  *****


 そんな砂美香の店のポストに、脅迫状めいたモノが入れられていた。
 真っ白な封筒に、中央にだけカタコトと、筆跡を知られたくないのかカタガナの脅迫状だ。
 事件に巻き込まれて数日留守にしていた店だったが、葉月がなぎさたちと訪れて発見した。
 表面には何も書かれて無く、ポストカードサイズの脅迫状だけが入っていた。
「やっ…」
 砂美香もさすがに恐怖を覚えて声がでた。

『ナニモヨケイナコトハイウナ。
 ナニモオモイダスナ』

 僅か2行だけの言葉が、砂美香にはより悪意と殺意を感じさせた。
 カタカナだけのほんの2行に込められた意志から、ゾクリと背筋を這うほどの恐怖を、砂美香は感じ取った。
 車に引かれそうになった時は、まだ「まさか?」と思うだけだったのに…。
 怖い。怖い! 怖い!!

 早速鑑識に回して指紋を採るように葉月は依頼した。
「指紋ねぇ。この封筒にしても、筆跡を残さないようにカタカナで脅迫するような相手よ。余程注意してると思うわ」
「そうだね。相手の悪意だけが伝わってくる」
 なぎさは神田に同意を求めるように言うと、同意見だと頷いていた。
 砂美香は二人の言葉から、送られてきたのは悪意だけで、証拠は何もないとわかった。
 怖いと思った。
 でも味方もいる。
「砂美香さん。僕では頼りないかもしれませんが、必ず守りますから」
 葉月が真っ直ぐで、真摯な目で自分を見ていた。
 仕事だけではない本気の目に、砂美香は守られていると頷いた。
『必ず守ります…俺が守ります』
 そう言っている目に、葉月の言葉に「大丈夫」と砂美香は思えた。
 不思議だけれど、葉月になら守ってもらえると思った。
 なぎささん達もいてくれる。
 一人じゃない。

 二人の空気をなぎさ達も感じ、二人を見守るために微笑み合った。


           ≪つづく≫



ドラマ編(?)はもう少し続きます~m(_ _ )m