主人公ーヒロインー  2話


 長谷部の提案とドラマサイドも合意し、社長がにんまりと笑って同意して…という流れが蓮でなくとも頭に浮かぶ。
 蓮にも気付かせないように裏で動いていた社が、会見場の壁際で機嫌良さそうにしているのもその証だろう。

「では改めまして、今回のドラマの中で事件に巻き込まれるヒロイン役の京子さん。そしてその彼女を刑事としては新米でありながら、犯人から守る役の敦賀蓮さんです」
 長谷部の説明に改めてフラッシュがたかれると、二人は一度立ち上がって頭を下げた。

「京子さん。この人気のある2時間ドラマ、それも30回の記念作に出演の感想は?」
「敦賀さんは以前にですがこのドラマに出演なさっていたと思うのですが、2回目のご出演の感想は?」

 二人に記者の言葉が飛ぶが、蓮は予測をしていたといっても、キョーコには思いも寄らぬ嬉しい役に半分パニック中だ。
「皆様。まだ他の役者さんのご紹介をさせて頂けませんか? ご質問はその後で」
 にっこりと茶目っ気のある笑みに、記者達も質問の矢を引っ込めた。
 そしてレギュラーの面々の紹介が終わると、今回の二人以外の重要人物達を紹介して、一端は監督にマイクが返っていった。
 そこでマイクを渡された監督は、何故か少しだけ迷うような目で長谷部を見た。
 その視線に長谷部は深い笑みを浮かべながらゆっくり頷いた。まるでその迷いは不要のモノだと言うように…。
 監督もその笑みに納得したのか、記者達に向き直った。
 付き合いの長い記者達の中には、その僅かなやり取りの中で初めて見た監督の表情に違和感を感じた。
「今回の30作目という節目で、主演である長谷部清子からお願いをされましてね。駄々っ子だった昔とは違いますが、何を言われるかと思いました」
 それでも監督がジョーク混じりに話し出せば、気のせいだったのかと忘れる者も多かった。
「監督。駄々っ子とは誰のことですか?」
「君に決まっているだろう?」
「私はそれほど手の掛かる子供でしたか?」
 長谷部もわかっていて、拗ねたように監督を見た。
「子供ではなかったが、手強かったのは確かだよ。そして今では、押しも押されぬ2時間ドラマの女王と言われるほどになった」
 そんな長谷部の成長を、監督自身も誇らしそうに言った。
 長谷部にも監督に長い時間育ててもらえた喜びがあった。
「それは多くの監督や、私を育てて下さった方々のお陰です」
「今ではおとなしくなったようだな」
 監督がこの話題をそう締めると、記者達にも笑いが広がった。
「彼女がこの先有望な後輩達を、ドラマによんで欲しいと言ってきたんだ。それが今この席に呼んだ、京子さんと敦賀君だ」
 この言葉で先ほどの監督との視線のやり取りも少し納得したものとなった。
「二人とも、私もこれからのドラマにはなくてはならない役者だと思ってみてはいたからね。彼女の意見だけを取り入れて、今回のヒロイン達に決めたわけではないので間違えないでくれよ。私にだって監督としての目はあるんだからね」
 長谷部だけにいい役を取らせるものかというジョークは、記者会見場を笑いで包んだ。
 そんな笑いの中も、キョーコは堅い笑いしか浮かべられず、蓮も呆れているのか苦笑するだけだった。
 ここまでの段取りを、社長や社達が必死にやり遂げて、今頃は「どうだ!」と言わんばかりにニンマリしていると思うと、蓮は溜息を吐きたかった。

 そして記者会見の目玉とも言える質問が、記者達から繰り出された。
 この展開では、一番のターゲットが京子となるのは目に見えていた。
「では、京子さんは今回のヒロイン役をどう思われますか?」
 早速の質問に、キョーコは覚悟していたとは言っても自分自身が地に足が着いていない状態で、隣の蓮と自分を押してくれた長谷部に目をやってから、覚悟を決めてマイクを取った。
「あの…私は、この席に呼ばれるまでこのような光栄な役を頂くことを知らなかったものですから、とても嬉しいと思うのですが、本当なのかまだ信じられない状態で、どう言っていいか…」
 ヒロインに選ばれたと言うにはすっきりしないキョーコの言葉だが、長谷部のドッキリが今回は当人達にもドッキリになっているならわかる話だろう。
 キョーコは憧れの席に着きながらも何を言えばいいのか迷ってしまう。
 このような会見の場所で、下手なことは言えない。でも憧れの2時間ドラマにヒロインとして出られることは、光栄以外の何物でもなく…。ただ言葉にするには、頭の中はパニック状態が収まらなかった。
 真横で見ていた蓮にもその気持ちは伝わっていた。
 監督と長谷部のやり取りの最中も、いざとなれば肝の据わったところも見せるキョーコだが、今回ばかりは気持ちの準備もなく記者会見では、大和撫子なキョーコがおろおろするばかりだ。
 記者たちも、役の上でしか知らないキョーコが、素ではこんなに普通の女性だと初めて知った者もいるだろう。
 役の上ではデビューからイジメ役やアクの強い役も多く、役の憑いていないキョーコとのギャップは、未だに記者達を驚かせていた。
 それに、長谷部のドッキリで呼び出される役者はいるが、ヒロイン役の女性で何も知らされなかったことは今までなかった。
「では、敦賀さんも知らされていらっしゃらなかったんですか?」
 同じように呼び出されて此処にいる蓮に、まさか…と思いながら質問が飛んだ。
「知らされてはいませんでした。でも、京子さんと一緒で、会見場に仕事の一環としか思えない形で行くように言われましたので、もしかして…と思っていましたが、メインの役とは思っていませんでした」
「敦賀さんなら、いくつも主役を演じてらっしゃたのにですか?」
 素直な質問に聞こえて少しばかり意地悪な聴き方で質問が飛んだ。
「それはこのシリーズが、20年も続く歴史あるドラマだからです。それも30作の節目というのも大切な作品になると思います。簡単に重要な役所を頂けるとは、思っていませんでした。ですから出演させて頂けるなら、とても光栄ですね」
 蓮の言葉には、尊敬する先輩の作品だからこその本心がこもっていた。
「以前にも出演なさったことがあると声が上がっていましたが?」
「はい。まだ役者としてデビューして間もない頃で、役名もなかったです。事件に関係あるようで、単なる通りすがりの役でしたから」
「では、ドラマの本筋に関わる役は初めてという事でしょうか?」
「そうですね。それもヒロインを助ける役なら、役得のシーンもあるんでしょうか、監督?」
 蓮は自分よりもドラマの筋と、監督へと話を逸らした。
「そうだね。ヒロインさえよければその辺りは脚本家が相談に乗るが、いいかね?」
「な、な、何を言ってるんですか敦賀さん! それに監督さんまで!! ドラマのお話を勝手に変えないで下さい!」
 さすがにキョーコも、蓮の言う役得が何を意味しはじめるかわかると、話の流れでは本当にどうなるかと監督にも叫んでいた。
 それも真っ赤になって慌てて否定し始める様子に、監督以下共演者から記者達まで、呆気にとられてキョーコを見つめた。
 蓮も話を振りながらのリップサービスと思ったところに監督のノリが良かったのだが、それをキョーコはそのまま受け取り、あわやラブシーンが加えられると思って必死に声を上げてしまったのだ。

 これには会見場中が爆笑の渦となった。
 二十歳となっていつが盛りと咲き誇るようになったキョーコだが、不意にでるメルヘン思考や奇行とも思える行動も相変わらずだが、人への接し方は誰隔てなく丁寧であり、最近の女性にはない奥ゆかしく恥じらいも持っていた。
 今の発言はそんなキョーコの一面を大きく印象づけることとなった。
「京子さん。今日は制作記者会見の場だ。リップサービスぐらいはあっても悪くないと思うけど?」
 蓮にそう言われてしまえば、キョーコはさらに真っ赤になって小さくなるしかない。

「……敦賀さんの、意地悪…」
 上背のある蓮に、上目遣いでぷっと膨れる可愛らしいキョーコに、蓮も「その目線を公衆の面前でやるのは止めて欲しい」と思いながら、そっと視線を外してそしらぬフリをした。

 この場は記者会見であるので、全くの公衆とは言い難いが、普段のキョーコを知らない記者も多ければ、いつまでたっても初々しさを失わないキョーコの可愛らしさに時めく者がいないとも限らない。
 それに、会見の様子はワイドショーでも取り上げられることも多い。特に今回は長谷部清子の記念すべきドラマの記者会見だ。
 一人でも馬の骨を増産したくない蓮にとっては、キョーコのファンが増えることは歓迎しなくてはならないのが芸能人だが、記者会見などで僅かだが近い存在の記者達の馬の骨は排除したいのが本音だ。
 案の定、キョーコの蓮を見上げる視線の可愛らしさにフラッシュがたかれ、これがTVや新聞などの芸能欄に載ることは決定したと、心の中で溜息を吐いた。
「京子さんは、敦賀さんとは先輩として親しいと聞いています。ご一緒のお仕事も幾つかされていますが、今回のお仕事でご一緒されることは、いかがですか?」
「その…敦賀さんとご一緒させて頂くことは、いつも役者としても勉強になりますので、とても光栄に思います。それに、長谷部さんのこのシリーズもとても好きなドラマですので、憧れの長谷部さんとご一緒させて頂けるのも嬉しい限りです」
 この時には、キョーコの笑顔は役者として、そして憧れの長谷部に向けて喜びいっぱいの笑顔で会釈していた。
「長谷部さんに推薦を頂いたことに感謝してますか?」
「勿論です。正直まだ実感としては、じわじわと感じている段階ですが、皆さんのご期待に添えるようなヒロインが演じられたら嬉しいです」
 先ほどの恥じらいの笑顔から、仕事を成し遂げたいと思う女優京子の笑顔になると、僅かな間に表情を変えるキョーコに、またフラッシュはたかれる。

 このドラマの記者会見は、長谷部の記念の区切りとしてでなく、若手二人にも大きく光の当たる記者会見として思った以上に話題を呼ぶことになる。

     *****

 会見が終わった後、蓮は社を少しばかり睨むような目で言った。
「今日まで騙してたんですね。ご苦労様です」
 年上のマネージャーに、嫌みを含んだ労いの声を蓮はかけた。
 先ほどまでの笑顔から一転、似非紳士へと変わった蓮の表情に、わかってましたという社のひきつった顔があった。
「騙してたってことはないだろう?」
「でも俺にも悟られないようにして、事を進めていたのは事実です」
「悪かった、悪かったって。でも社長命令で、…あの社長に逆らえると思うか?」
「普通は無理でしょうね。それに関しては同意見ですから同情します。あの人に逆らうとしたら、神様だって逃げ出しそうですからね」
「だろ、だろ!?」
「それも長谷部さんサイトからの圧力というかお願いが強ければ、その話によっては社長の方が諸手を上げて協力したでしょうね」
 ある意味、社よりも長い付き合いのある蓮だからこそ、ローリィ宝田の性格はよく知っている。
 愛を忘れることのないラブモンスターの最近の楽しみは、蓮とキョーコを中心に活発だ。チャンスがあれば何かないかと手ぐすね引いている様子だろう。
「ドラマの監督側としては、長谷部さんの意向として伝えてきたらしいんだ。蓮もキョーコちゃんも縁がない訳じゃないし、記念すべき30作に若手の二人に出演依頼となれば、断る方がおかしいってものだろ?」
「…まあ、そうでしょうね」
「キョーコちゃんはマネージャーが付いてスケジュールを任せるようにもなったところだったし、キョーコちゃんにわからないようにスケジュール調整は可能だ。お前のスケジュールは俺が管理しているといっても、お前は勘がいいからバレるんじゃないかとドキドキだったぞ」
 大きな仕事に関しては、社も蓮に大まかには知らせていたのだから、それが変わっていけば把握していた仕事以外の何かがあると、蓮なら気付くと社も予測はついた。
「何となく変だと思ったところに、キョーコと一緒に長谷部さんの制作記者会見に行けとの社長命令ですからね。仕事の面では疑うことのないキョーコは別として、記者会見で空いた二つのイスを見て確信しましたよ」
「でもおとなしく仕事としてキョーコちゃんを連れていったな」
「それは、この仕事はキョーコの為になると思ったからです。長谷部さんはキョーコを可愛がってくれる偉大な先輩です。キョーコも尊敬し目標としている。ドラマも人気があるだけでなく、長谷部さんとの共演はキョーコの役者としての勉強になりますからね。彼女の為にも断ってはもったいない仕事です。ただ…」
「ただ?」
 蓮が言い澱んだ先を社は首を捻った。

 長谷部と監督との視線のやりとりが、蓮にはどうも引っかかった。ジョーク混じりで誤魔化した監督だったが、長年共に仕事をしてきた者同士のやり取りにしては、監督の方が何かを引きずっているように見えたのだ。
 主役である長谷部には達観したような潔さを感じ、監督には迷いを感じたが、それを長谷部が断ち切ったように見えた。
「まだ何なのか、確信もないことです。わかる時がくればわかるでしょう」
「お前でもそんなセリフを吐く時があるんだな」
 社が珍しそうに言った。
「流石に社長ほど、先が見えたり思ったように事が運ぶ…運命の杖は持っていませんから」
「運命の杖ね。いい得てるな。ファンタジー映画の魔法の杖みたいなモノよりも強力に運命まで動かしそうだ」
 社も頷きながらそう言って、蓮とキョーコのこれからのスケジュールを、マネージャーとして説明した。


 その一方で、キョーコは信頼してマネージャーの仕事を任せたのに…と、少しだけ恨めしそうに愚痴をこぼした。
 まだ共に仕事をし始めての時間は短いが、優秀で頼りにしていただけに、不意打ちで騙されたような気がして、何か言わないではいられなかった。
「ごめんなさいね。社長命令でしたし、京子さんの損になる仕事ではないとわかっていましたから、話を秘密にしていました。黙っていたことに関しては謝ります。ごめんなさい」
 素直にキョーコに頭を下げて謝られれば、キョーコもそれ以上に強くは言えない。
 マネージャーとしてキョーコの為になるとも思ってくれていた秘密なのだから、責められるはずもなく、小さな溜息と共に仕方がないと思うしかない。
「こんなドッキリは、今回だけでお願いします。長谷部さんのドラマでヒロインができる嬉しいお仕事ですから、全力で頑張りますけど」
 キョーコの手には、会見が終わった後に渡されたドラマの台本が、大切そうにしっかりと握られていた。
 長谷部と、そして蓮と共に、長谷部の代表作としても大好きなシリーズで演じられることは、キョーコとしても女優京子としても、楽しみなドラマになることを光栄に思った。



           ≪つづく≫



やっと記者会見終わりました(;^_^A
次からドラマのお話などです。