主人公ーヒロインー  1話


 あるTV局で、局としても長年続く人気2時間ドラマの制作記者会見が開かれようとしていた。
 その記者会見場の壁際に、スタッフ用のジャンパーが浮いて似合わない一組の男女が気配を消して座っていた。
 スタッフのジャンパーを借りて、一番後ろの壁際の席に腰掛けてはいるものの、男は体格の良さや目深に被った帽子で隠せない空気を持ち、女性もその隣に座ることを許されたものを持って腰掛けていた。

「長谷部さんの今日の制作記者会見に、どうして呼ばれたんでしょうね?」
 キョーコにとっては憧れの女優だが、その会見に行くよう指示が出されて首を捻っている。
「呼ばれたというより、社長命令で来たんだろ。君は?」
「私もそうですけど、どうして貴方も?」
「俺も社長命令。でもそれだけじゃないだろうけど…」
「どういう意味ですか?」
「…わからない?」
「はい…」
 相変わらず…鋭いかと思えば自分のことには鈍感なキョーコに、蓮は苦笑した。
「長谷部さんのこのシリーズは見たことある?」
「ありますよ。長谷部さんの代表作ともいえるシリーズですから。最近の作品から最初の頃のモノも…。凛々しくって、でも可愛い感じもして、ちょっとコミカルで、大好きです」
 キョーコが嬉しそうに目をキラキラさせて答えると、キョーコがそれだけ長谷部清子を尊敬して好きなのだとわかる。
「長いシリーズだからね」
「はい。お借りして観させて頂きました。私もこんな風に愛される役者さんになりたいと思いました」
「君の憧れ、目標にも近い女優さんだからね」
 蓮にとっても素晴らしい先輩ではあるが、キョーコの目が長谷部にばかり注がれるのは、恋人としては少し面白くないと言ってしまえば、社からは「バカな嫉妬をして」と言われるだろう。
「20年なんて、私が生まれた頃からなんて、凄いですね」
 二十歳のキョーコには、それだけの長い間愛されたシリーズであり、その主役だからこそ愛されてきた作品であると思えば、長谷部の魅力があるからこそだと、偉大な先輩を尊敬する気持ちでいっぱいだ。
「一度このシリーズで共演してみたいって言っていたね」
「はい。少しでも長谷部さんに絡める役なら、どんな役でもいいので、ご一緒してみたいです!」
「願いが…叶うといいね」
 蓮は少し意味ありげな視線をキョーコに向けながら言った。
「まだまだ私では、無理ですか?」
 蓮の視線を別の意味にとらえたキョーコは、少し残念そうに蓮に訊いた。
「そうじゃないよ。君の実力は長谷部さんもわかってるから、そんなに遠くない日に、また共演できると思うよ」
 キョーコを慰めるというよりも、蓮は言えない言葉を隠して言った。


 二人は長谷部清子の20年にわたる作品の話題を小さな声で囁き合う。
 2時間ドラマの女王と言われ、凛とした美しさに茶目っ気のある可愛らしさも、年を重ねても不思議と変わらぬ彼女の持ち味となってファンも多い。

 場所が場所だけにお互いに名前を呼ばずに会話が進む。
 蓮は社長命令でこの場所に呼ばれた理由をそれなりに察していた。
 いくら社長の命令でも、自分のスケジュールを考えれば、仕事絡みでなくてはキョーコと共に制作記者会見にそっと潜り込めるように時間を空け、スタッフの協力で後ろに潜むなど出来るはずがない。
 目立たない服装で入ったものの、直ぐにスタッフに紛れるようにスタッフジャンパーを手渡され、それを着てさえ記者の中には二人だと気付いた者達もいた。
 それでも今日の主役はベテラン女優の2時間ドラマのシリーズ、それも30回の記念作品となれば、気にはなる存在だがカメラを向ける相手は長谷部清子とそのドラマ関係者だ。

 カメラマンや記者達の目がチラチラと気にしてはいるが、スタッフのフリを通して顔を上げないまま二人は話を続けていた。
 二人が付き合いだして季節が2つ変わる頃には、蓮も公表してもいいと社長に相談を持ちかけた。
 京子も女優として売れて、その実力を認める者も多くなり、「敦賀蓮の彼女」として潰れることのない花をしっかりと開き、それどころか蓮としては馬の骨が増える心配の方が更に大きくなっていた。
 キョーコも蓮との交際が、より美しい女性として成長させていたからだ。
 そしてなにより…キョーコを抱き締めて離したくないが故に、二人の関係を公表したいとしびれを切らしてきた。
 そんな時、社長は用意していたように京子に優秀な女性のマネージャーを付けた。そして蓮のマネージャーである社との連携も上手く、二人の交際も公表の方向で動き始めた。

「俺としては君のその花開いた姿で、これ以上馬の骨を増やす前に会見をしたいんだけど?」
「まだ私では、その器では無い気がしますけど…」
 その言葉に蓮が溜息を吐いた。
「まだ言ってるの? 君は芸能界に入って何年経った? そして順調に仕事をして、芸能界の中で役者として認められてきた」
「それは…お仕事は頂けてますけど、まだ貴方の隣にいられるだけの存在にはなっていない気がして…」
 いつまでも謙遜という言葉がキョーコから離れることはない。
「本当にそうなら、君はこの場所にいないと思うけどね」
「えっ!? それはどういう意味…」
「しっ! そろそろ会見が始まる」


 この記者会見も、蓮とキョーコの婚約会見を開こうと話が進みだした頃に、社長の元に持ち込まれた話だった。
 ドラマサイトであり、長谷部の思惑などは社長にだけ伝えられたが、動かそうとしても動かない多忙なスケジュールも、この会見の為にと思う時間を作りだしていく様子は、また社長の不思議な力でも働いているのかと思うほどだった。
 先を見えると思えるような目と、そこへ導くような不思議な命令。
 これまでも二人も感じてはいたが、社と京子のマネージャーも狐に包まれたようにしてスケジュールを調整しながら、その会見に続くスケジュールを立て直していった。

    *****


「それでは、長谷部清子主演の2時間ドラマ、20周年に加えて30作の記念の制作記者会見を行います」
 マイクを持ったのは、このシリーズを通して監督を務める若林善之監督。
 そして向かって左サイトには脚本家などのスタッフ関係者が並んでいた。
 その監督の右隣には主演の長谷部清子が、正装と思われる着物姿で座り、その隣には恋人でいつも事件を共に解決する助け役神田と続きながら、その隣には2つの席が空いていた。
 いつもならドラマごとに事件に巻き込まれるヒロイン達の席だ。
 これを見た記者達は、また長谷部清子のドッキリ的な会見になると会見場を見回した。
 既に蓮と京子に気付いている記者もいる。

 制作記者会見のバックには、第30作を記念する看板がこのドラマの人気度を示していた。
 しかし、その割には監督達の表情に微かな憂いを感じられたのはどれほどいたのか。

 監督の挨拶は、このドラマが続く人気は主演女優の長谷部清子があってこそであり、30作目の記念となる今回もより良いスタッフと共にいいドラマになると宣言してマイクを長谷部に渡した。
 これは恒例のこととして記者達は長谷部の言葉を待った。
 だが今回は空白の2つの席が絡むに違いないという期待を込めてだった。

 長谷部がマイクを握り、そっとスタッフに紛れているつもりの二人を見て笑顔で言った。
「この度の制作記者会見に多くの方が集まって頂き、ありがとうございます」
 深々と丁寧な挨拶は、長谷部の感謝の気持ちとしてもいつものことだが、そのお辞儀がいつもよりも長く丁寧だった。
「長く20年もの間楽しんで頂いたシリーズは、今回で30作目の区切りとなりました。そこで少しお願いをしまして、若手の素敵なドラマのヒロイン達をよばせて頂きました」
 真っ直ぐに記者達を見ていた長谷部が、すっと目線を後方にやると、そのヒロイン達の姿を確認してにっこりと微笑んだ。
「今回の事件のヒロインと、その彼女を守るヒーローともなる二人を紹介します。京子さんと敦賀蓮さん」
 穏やかながら芯の通った声で二人の名前を呼ぶと、長谷部は楽しそうな笑顔になった。

 記者会見場は、二人の名前に記者だけでなく知らなかったスタッフも含めてざわめいた。
 二人の存在に気付いていた記者も「やっぱりか!」とその姿を振り返ったが、カメラでとらえるにはわかりにくい。
 じれったく思う記者の前で、二人は顔を見合わせた。
「そんな所に紛れているつもりでも、それは無理と言うものよ。こちらにいらっしゃい」
 やはり社長の命令には何もないはずがないと、二人は溜息を吐いた。
 蓮とキョーコは視線を合わせたまま、ジャンパーを脱ぎ帽子も取り、右の壁際を長谷部達のいる会見席の横まで歩いた。

 蓮は俳優をメインの仕事としながらも、モデルとしても一流だと認められる若手だ。今まで息を潜めるように気配を消していても、見る者が見れば蓮だとわかるほどの存在だ。
 そしてその一歩後ろ。…というよりも、よく見ると蓮に右手を引かれるようにして慌ててその姿を追う女優京子。
 こちらも若手の中では群を抜いて実力を認められ、そしてここ半年ほどでまた美しさが増し、色香もでてきたと評価も高い。
 そんな二人が、蓮は堂々と、キョーコは驚きの表情を浮かべながらも、そこだけ空気を変えるようにして、会見の雛壇の横までたどり着いた。
 記者会見に集まった記者達は、気付いていた者から先にフラッシュの嵐を浴びせて二人を撮りまくった。
 雛壇の横で蓮はキョーコの手を離したまま立ち止まった。
「そこからこちらに上がって頂けるかしら?」
 長谷部の言葉は、招くようですでに決定事項。
 蓮はまだ驚きの表情を残したキョーコを再び見ると、表情だけで「行こうか?」と語りかけた。
 キョーコもここまで来れば腹をくくるしかないと思ったのか、蓮に小さく頷きかけた。そして蓮が上る会見の席に向かってキョーコも足を進めた。
 蓮が視線をマネージャーである社に送ると、「まあ、頑張れよ」という顔でにっこりとしていた。
 つまりは時期が重なったというだけで、このドラマへの出演は主役二人を残してスケジュールまで組まれていたのだろう。

「敦賀さん。夢じゃないですよね?」
 会見場の席に着くまでの僅かな時間に、キョーコは蓮に訪ねた。
「夢じゃないよ。君が夢を引き寄せる努力をしただけだ」

 それなら、この制作完成記者会見の場を借りて、婚約会見をしても許可次第で出来そうだ。

 蓮がそんな事を考えているとも知らずに、キョーコはこの場所にいることが夢のように思えて仕方がなかった。
 そして二人に用意されたイスの前にくると、蓮がキョーコの為にさりげなくイスを引き座らせ、そして自分もその隣に腰掛けた。
 いつもながらの蓮の洗練された動きに、カメラマンはシャッター音を響かせて、記者一同だけでなく、会見場の人間は溜息がでそうだった。

「ありがとう、素直にこちらに着てくださって」
 長谷部はそう言うが、蓮には言外に来ないことどうなるかという視線を送っていたと思う。

 …長谷部さん。二人揃って来なかったら、どうなっていたんですか? それ以前に、この場所に俺たちを呼び出したのは貴女の仕業でしょう?

 蓮は心の中で大きな溜息を吐いた。

           ≪つづく≫



はい。予告通りにうちのオリキャラなど出張ってます。
それに加えて本筋らしいものが1話で始まってないです。(;^_^A
宜しければ、1週間ほどお付き合いくださいませ m(_ _ )m