道化師と詐欺師 3

「あの…社さんの言った通りですか?」
「役のことだよ。久し振りに2人きりになれたね…」
「そうですね……」
 僅かな優しい沈黙の後に、申し訳なさそうに再びドアが開いた。
「ゴメンね。忘れ物…」
 社がそっとドアを開けて書類に手を伸ばした。
 抱きしめ合っていた二人は慌てて手を離したが、社の視線からは目を逸らした。
「ホント、ゴメン。でも、誰か入って来るとなんだから、鍵は掛けておいた方がいいぞ。こうならないようにね?」
 苦笑いした社が言って出て行くと、蓮は速攻で鍵を掛けた。
 二人で恥ずかしそうに視線を泳がせてから、小さく溜息を吐くと、そっとキスを交わした。
「これでゆっくりできるね。1時間しかないけど」
「充分です。こうやって会えただけでも…」
「俺は足りないな…」
 そう言いながら蓮はキョーコの頬を包み込んで、再び唇を重ねた。
 離れた時にはキョーコの目は潤んで、蓮の胸に凭れた。
「社さんの言うとおり、女ったらしかもしれませんね」
「どうして?」
「その…キスだけで、何も考えられなくするなんて……」
 キョーコの可愛い言葉に蓮は嬉しくて、強く抱きしめた。
「それは俺だって同じだからね。キョーコとキスできるから、心臓の鼓動だって早くなる」
 キョーコの手を自分の胸に当てて、その鼓動の早さを感じさせた。
「ホントだ。早い」
「好きな人なら、ずっと好きだったキョーコなら、ドキドキもするよ」
「分かりました」
 笑みを浮かべて、短い時間で自由もあまりないデートだが、仕事を考えれば嬉しい時間を楽しむことにした。
「あの、さっきの社さんのことですが…」
「話をする前にもう知ってたよ。分かる人にはバレバレだったそうだ」
「敦賀さんでもですか?」
「蓮だよ。キョーコ」
「れ、蓮さん…」
 恋人なら名前を呼んで欲しいと言っていた事を強請れば、キョーコの頬は染まった。
「社さんには、俺自身が自覚する前から遊ばれていたからね。俺が自分の中で自覚して、気持ちを育てようとした時から、否定させない勢いで突っ込まれていたからね」
「そうなんですか!?」
 キョーコは驚いたが、蓮の表情は苦笑しているだけだった。
「でも、お陰で感謝することは多かった。キョーコへの気持ちを表面に出さなくても、ずっと応援してくれていたからね。感謝している」
「私も頼りにしています。あっ、でもそうすると、社長さんは?」
 キョーコも気持ちを見抜かれて、そして見守ってくれていた人だ。
「社長には俺が報告に行ったけど、『やっと報告に来たか』と言われたよ」
「やっぱりお見通しですか…」
 キョーコは言いながら溜息を吐いた。
「社長に隠し事は出来ないね」
「そうですね。だから、ラブミー部の卒業になったんですね」
「そうだね…」


 キョーコには簡単に蓮は答えたが、社長の愛を愛でる精神にはまだ続きがあった。
『なんだ、こんなに待たせておいて、結婚の報告ではないのか? キス止まりなのか? お前なら…』
 蓮のアメリカに居た頃も知っているローリィは、その先まで想像していたらしく、「どういう意味ですか!?」と蓮も突っ込んだ。
『まあいい。結婚が決まったら盛大な記者会見と、愛を祝う派手な結婚式を用意しておくからな♪ 式には二人の馴れ初めからのVTRも用意して流せる用意もしておくぞ♪』
 ローリィらしい盛り上がり方とはいえ、蓮も程々に願いたいと思って、「お気持ちだけで充分です!」と、度を超した大袈裟なことは頂けないと、あっさり断った。
 その言葉にローリィは、『えー!』と言った後、ブツブツ言いながらつまらなさそうに石を蹴っていたが、蓮は無視した。
 日本での親代わりの存在だが、彼の愛に対しての過大な表現だけは、少しばかり重すぎる。我が父クーの母に対しての表現にも似てはいるが…。
「もう少し、見守ってください。特に彼女は免疫がないだけでなく、まともな付き合いも初めてなんですから…」
 蓮の言葉に、ローリィもそれは分かっていると、『お前が幸せにしてやれよ。必ずだ』
 そう言って蓮を解放してくれた。


「でも、社長さんだけでなく社さんにもバレバレで、他にもバレている方は大丈夫ですか?」
「君は顔に出やすいからね。それでも俺だって、ダークムーン以来は恋愛のドラマの枠が広がった。つまり親しい監督の中には、感じている人もいるかもしれない。でも、言い触らす訳でもないなら、見守ってくれている気持ちを信じよう」

                   《つづく》
少し短いですが…