私からでいいですか? 4話


「そんなこと無いですよ。今だって敦賀さんが着替えてらっしゃった時間で切るものは切り終えましたし、出汁とかは少しだけ無理を言って、おかみさんにだるまや秘蔵の出汁団子を分けてもらってきましたから、加減して煮込むだけ殆ど完成なんです」
「だるまやの秘蔵の出汁?」
 蓮はその言葉に少し興味を持った。
「はい。敦賀さんもだるまやのお料理が美味しいのはご存じですよね。私も敦賀さんのお弁当に分けていただくことがありますし、優しくてとても美味しくて、体にも優しいです」
「そうだね。直接に食べに行くことはできないけれど、君が大将の味は最高だって良く誉めて持ってきてくれる」
「だって私は大将の一番弟子ですから!」
 キョーコが嬉しそうに胸を張ると、蓮は嬉しそうで楽しそうな笑みを浮かべた。
「何がおかしいんですか? 敦賀さん」
「いや、最上さんぐらいの年だと、もっと別のことで一番弟子なのを報告しそうだと思ってね。勿論最上さんが素敵な料理を美味しくすることに誇りを持っているからで、大将のことを尊敬しているからなんだろうけど、大将もこんな可愛い愛弟子がいて嬉しいだろうと思ったんだ」

 蓮の言葉はキョーコを優しい気持ちにした。
 大将もおかみさんも、今の自分にとってはかけがえのない人たちで、東京での親のように感じていた。料理にしても、バイトから始まった縁だけでなく居候までさせてもらっている。
 そして素質もあり、キョーコが料理をする姿勢が本気であるならばと、大将やおかみさんもコツを教えてくれて、それは母親が子供に料理を教えてくれるような感じだった。
 全くの他人のはずが、キョーコにはだるまやが自分の家になっていた。

「そうですね。大将は厳しくても温かい人ですし、おかみさんもとても優しくて素敵な人です。大将にとって可愛い弟子かわかりませんけど、優しくて暖かな料理を作れる素敵な人になりたいです。大将ほどの腕になるのは難しいでしょうけれど…」
「でも、このお鍋は俺の食欲にも食べたい気を起こさせているよ。湯気に混じって匂ってくるのは、すごく美味しそうだ」
「よかった。まだ煮えにくいものぐらいですが、もう少しして鍋に入れたら、リビングに用意したコンロで床に座ってテーブルで食べやすくしますから」
「了解。その時は俺が運ぶからね」
「土鍋って重いですけど、敦賀さんでも大丈夫ですか?」
「危なそうなら途中まではこれに協力してもらうよ」

 蓮が取り出したのは、普段使わない移動式の小振りなキャスターだ。

「いくら敦賀さんに力があっても、もし火傷とかされたら危ないです! このテーブルで運びましょう!」
 キョーコの心配する表情に、蓮も折れてテーブルを使うことになった。
 実際のところは蓮の力ならできなくはないが、バランスを崩して火傷などの怪我をした場合の仕事の支障を考えるキョーコが、蓮の仕事にかけることを思えばキョーコの方が気を使う。
「火傷は一つ間違えば、特に深い火傷は跡が残って大変ですよ! 特に敦賀さんのようにモデルをされている方は、軽い火傷でも真っ赤になったりして直るのに数日かかったりします! 酷い火傷は面積が広いと命に関わったりもするんです! 敦賀さんのお仕事にも、油断したら命にだって関わるんですから、甘くみたらダメですよ!」

 キョーコはまるで蓮の母親のように、火傷の怖さを主張しながら、蓮と一緒にリビングに運んできた。
 テーブルの上には既に簡易のガスコンロが乗せられており、暖かさが冷めないようにと土鍋を乗せると火が点けられた。
 蓮がしっかりと鍋つかみで持ち上げてガスコンロに乗せると、キョーコは蓮と土鍋を見つめながらほっとした表情になって火を点けた。
「そんなに俺の腕の力とか、土鍋を落とさないか安心できなかった?」
「絶対ってあり得ませんから。敦賀さんが身体を鍛えてらっしゃるから、その面で心配した訳じゃないんです。土鍋って、表面とかキレイに磨かれてますから、滑ることもないわけじゃないですから」
「そうなんだ」
「だるまやでも一人用の鍋で食べられていた方が、手持ちのところが濡れていて、もう少しで大火傷になるところだったんです」
 その時のことを思い出して、キョーコはあの時は何もなくてよかったと小さな笑みを浮かべた。
「そうすると、その人は火傷しなくてすんだんだね?」
「はい。鍋が床に落ちて割れましたけど、土鍋が横に転がったお陰で少しだけ熱い湯がその方の足にかかっただけですみました。他のお客さんにも飛ぶことが無くってよかったです」
「おかみさんたちも驚かれただろうね」
「はい。常連さんでしたから、土鍋を割って悪かったとか、火傷が無くてよかったって、お互いに心配し合っていました」

 リビングにテーブルの上で、ガスコンロの調子もよく、グツグツと最後の煮込み具合にキョーコは箸とお玉で確認していた。
 蓋を取れば、鍋からの匂いがリビングに食欲をそそる匂いを広げていった。

「さすがにだるまや秘伝だけあっていい匂いだね」
「空腹中枢が麻痺している敦賀さんでも食欲がわきますか?」
 茶目っ気も混ぜてキョーコが言うと、蓮は苦笑を浮かべて、酷いな…と答えた。
「最上さんもきついな。栄養のバランスがとれていれば食べるだけ良いと思うけど? でも本当に美味しいものは、俺でも美味しいと思えるよ。最上さんの食事もね。…と言うより、最上さんの食事が一番美味しい。最上さんの手料理が一番俺の口に合うんだ」
「敦賀さんはお上手を言う方ですから、どこまでホントだかわかりません!」
 蓮が本気で言っても、いつものようにキョーコは返してしまった。

 いけない。今日はいつものように答えていたら、敦賀さんからまた逃げてしまう!
 今日こそは敦賀への気持ちを、本気で受け取ってもらえるかが問題だけど、本当の気持ちを聞いて欲しい。
 敦賀さんが呟いていた言葉が、本当の言葉なら、気持ちなら、先輩後輩よりも少しだけ近づきたい。

 そんなキョーコも何度も迷いがでてくるのは、蓮が芸能界、モデル、何より役者としてもモテるからだ。芸能人でもなりふりかまわずゴシップにしても手にしたい彼としてはナンバーワンだ。一般のファンも年齢層に関わることなく多いのだから、キョーコにとってはたった一人のライバルになるかもしれない、『キョーコちゃん』その存在を気にしてしまう。

「俺は君には嘘は付かないよ。知られたくないことを黙ることはあっても、それは君に聞かれると迷惑になるとか、聞かせたくないことだからね。君に嘘を吐くことはないからね」
「どうして…ですか?」
 キョーコは恐る恐る聞いてみた。
「君に吐いた嘘が君のためで小さな嘘なら良い。でもその小さな嘘が気を傷つけるなら、初めから言葉にして伝えた方が君は傷つかない。それが君の強さでもある」

「敦賀さんは、私には嘘は吐きませんか?」
 真剣なキョーコの眼差しに、蓮は優しく微笑んで「勿論」と答えた。
「それに、俺は君には嘘や体調の悪さも見抜かれる様だから、ずっと見ぬかれていく気がするね」

 蓮に他意はなかったとしても、これからも芸能界でずっと過ごしていく2人を当たり前のように語っていた。

「お鍋が出来上がったみたいですね」

 キョーコは蓮の取り皿に鍋の具をバランスよく取り分けて蓮に渡すと、自分の分も湯気のでる温もりを感じながら取り分けた。その後にご飯をよそおい、おかみさんの持たせてくれた幾つかの箸休めしては勿体無いおかずを広げ、蓮がテーブルの食事を楽しそうに見ているのがわかった。

「敦賀さん、しっかり食べてくださいね。栄養もあって、敦賀さんのために作ったんですから」
「俺のため?」
「そうです。敦賀さんの…大好きな敦賀さんのために作ったんですから」
「えっ?」

 キョーコは真剣な顔で、本当は食後に落ち着いてからと思った告白を、蓮を真っ直ぐに見ながら言葉にした。
 蓮は手にしていた器の熱さに我に返り、驚きから見つめたキョーコの告白が本気であることに頭の中が白くなった。僅かに残った冷静な思考が、折角の料理をこぼしてはいけないとテーブルにおかれた。
 そしてキョーコの言葉が本気であるなら、蓮にとっては嬉しいと同時に、男の自分から告白できなかったことがショックにも感じた。いつも社さんから「ヘタレ」と連呼されてはいたが、キョーコの気持ちが自分を先輩以上に見てくれるには難しい気がしていた。いや、それよりも「男」としてみてくれているのかがわからなかった。
 先輩として頼ってくれているのはわかっても、「男」としてみてくれるなら、もう少し違う反応もあると思う時、先輩を見る目でしか見てくれない。
 一歩前にでて「男」として言葉をかけてみても、「流石敦賀さんは様になっていますね」と返されれば、キョーコの目には自分は「男ではない」と言われた気がして、一歩下がってしまう。

 そんな思いで、期待したい。でも期待したら玉砕をしてしまうと思っていた時のこの言葉は、キョーコが頬を染めながら真剣な眼差しで言葉にしてくれた、本当の気持ち。
 先に言葉にできなかったとしても、キョーコの染めた頬と、こみ上げてくる嬉しい気持ちは言葉にして返すことが、今までの二人の距離を変える。

「俺も最上さんが好きだ。ずっと言いそびれて、言っても振られる覚悟で言葉にできないでいたけど、まさか君に先を越されるとは思わなかった」
「それは…」
「最上キョーコさん。俺と正式にお付き合いしてくれませんか?」
「はい?」
 キョーコは蓮の言葉に声が裏換えっていた。
「好きな男女が気持ちを伝え合ったなら、交際しても普通だと思うけど?」

 告白したのはキョーコが先だったはずが、付き合うことには蓮の方が普通のことだと、向き合って付き合うことをさらっと言った。

 そのきっかけを作ったキョーコだが、好きだと打ち明けることだけを考えていたせいで、男女交際の初歩もなにも考えていなかった。

「あの…そもそもですね」
「うん、なに?」
「私はお付き合いとかそういうこと…知らないんです。ですから…」
「大丈夫。君が慣れていないことを無理強いして怒られたくない、嫌われたくないからね。君のテンポでゆっくりで良いよ。それに俺も仕事で毎日のデートは無理だし、でもせめて声を聞いたりしよう」

 キョーコは嬉しいけれども、蓮が進めていく話に頬を真っ赤に染めて固まっていた。

「ただね。君のことは簡単には逃がさないよ。やっと両思いになったから」
 
 蓮は一瞬だが夜の帝王の顔でキョーコの唇に重なった。

 ……私から告白したはずなのに、敦賀さんに負けちゃったかな?


       【FIN】

えーと、リクではキョコ責めだったはずですが、最後は蓮様に逆転負けしましたキョコでした!(゚o゚;)…でもOKですか?(^^;;


明日はできればリク反省会したいな…(^^;;

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