君の場所は此処 8話


 皆が夕食を取り、予定より遅くなったジュリエナが帰ってくると、キョーコを見て大興奮の声を上げた。
「キョーコなの? ステキ! こんなステキな娘が本当の娘になるなんて!」
 そう言ってキョーコが驚くほどに抱きしめた。流石にアメリカ人のオーバーアクションだと、キョーコは一瞬目を白黒させただけで、気に入ってもらえたことを微笑んだ。
「ジュリエナ。まだ本当に決まった訳ではないぞ。だがキョーコとの絆は確かだからな。逃げたりしないから、そろそろ放してあげたらどうだ?」
 クーがジュリエナの反応の良さで、どちらに転んでもキョーコとの絆が強くなると喜びながらジュリエナに言った。
 そしてジュリエナはキョーコがクオンを演じた時の話を聞きたいと、寝室に消えるまでの時間はキョーコを離さなかった。


 やがて時計の針は11時半を回っていた。
「敦賀君が予定通りに着きそうだと電話があったぞ」
 クーは本当の息子ながらもクオンとキョーコの為にと、あえて日本人の芸名である敦賀蓮として名前を呼んだ。
 社長と自分で仕掛けた…始めは蓮のヘタレた不甲斐無さにハッパをかけることが目的だったが、蓮の幸せはキョーコの幸せにも繋がることだ。
 一番の目的は蓮が本気でキョーコを大切にして必要としていることを、ストレートに伝えることが必要だった。今までも蓮なりには言葉や態度で示していたことも、鉄壁の壁を作って心の奥底には何重にも鍵をかけた箱に閉じこめた思いが、ラブミー部での活動としてローリィに愛することの大切さを教わっていくことになった。
 そしていつか、愛されることを受け止める気持ちを育てはじめてきた。その時が近付いてきて、素直に受け止められると…。


 キョーコは蓮の到着を、自分用に用意されたゲストルームの窓から外を見て車のライトが見えることを待っていた。
 ハリウッドの高級住宅街は、1軒ごとが大きい為に隣の庭は見えても家は見えない。深夜の車の往来は少なく、蓮を乗せた車が近付けばライトが見える。
 高鳴る心臓の音がキョーコを睡魔から遠ざけていた。
 やがて見えてきた車のライトに、キョーコは逃げ出したいような、かと言って心臓の鼓動が全身から聞こえてきて身動きが出来ない感覚に襲われた。
 心の何処かが蓮を待ちわびて、逃げようとするキョーコを引き留めるように…。

 そして僅かな時間の後、蓮がキョーコの部屋に訊ねてきた。
 コン、コン、コン…。
「蓮だけど、遅くなってごめんね。部屋に入ってもいいかな? この前の返事を聞きたい」
 キョーコは蓮の声を聞いただけで、自分の答えが何処にあるか素直に認めた。
 キョーコは無駄な足掻きと思いながらも否定しようとしていたが、自分の気持ちに嘘の蓋をするには、箱から取び出した気持ちがその声を聞いただけで蓮に向かっていた。
「今ドアを開けます」
 鍵を掛けていたドアをキョーコは素直に開けた。
「遅くにご苦労様です、敦賀さん。お仕事もぎりぎりまでしていらしたんでしょう?」
「こんばんは、最上さん。俺には優秀なマネージャーが付いているからね。飛行機に乗る時間は長いから、少しは休憩できたよ」
「そうですか、よかった。どうぞ中へ…」
「お邪魔するね」
「そう言えば、社さんは?」
「社さんは部屋に案内されていったよ。今夜の話は仕事じゃないからね」

 ドキッ!

 キョーコの胸は「仕事ではない」と言った蓮の言葉に、この鼓動が蓮にも聞こえるのではないかと思う程に更に音が大きくなった気がした。
 キョーコは部屋の中のイスに蓮を促し、自分も近くのイスに腰掛けた。
「深夜にレディーの部屋に長居をするのは常識的じゃないからね。俺の理性も分からなくなる前に答えてくれると嬉しいけど、俺は君のことを本気で好きだよ。君は俺をどう思っている? 好き? ただの先輩?」
「わ…私は……敦賀さんが、敦賀さんが好きです。こちらに来たのは先生のお話しに答える為なのに、敦賀さんのことばかり考えてしまって、考えることが出来なくて…」
 クーと蓮を天秤に掛けるなんて失礼とは思っても、蓮の告白に答えることの方がキョーコには比重が重かった。大切だったのだ。
「ホントに?」
 蓮は嬉しそうな笑みを浮かべながら聞き返した。
「今だって、敦賀さんの車が来ることを待っていました。敦賀さんを待っていました」
 キョーコはドキドキとした鼓動と、真っ赤になってまともに蓮を見ることが出来ない恥ずかしさと嬉しさに下を向いてしまった。
「俺の方が一番? 俺の方を大事に思ってくれてる?」
 キョーコは言葉で答えるよりも、大きく頷いてからそっと上目遣いに蓮を見上げた。
「その視線は反則だよ」
「反則…ですか?」
 キョーコは意味が分からずに聴き返した。
「俺のブレーキがギリギリだ。答えだけ聞くつもりだったのに、君に触れたくなる。気持ちが止まらなくなりそうだ」
 目の前にいる蓮が本気で言っていることがキョーコにも伝わると、キョーコは慌てて逃げそうになった。だが蓮の腕がキョーコを抱きしめて離さない。
 キョーコは強く抱きしめられた腕の中で、力ではかなう筈もないその逞しい胸に抱かれて僅かにもがいてみせたものの、蓮の香りと暖かさに全てを委ねて目を閉じた。
「私も…敦賀さんのお陰で、何度作り直しても心の中の箱は鍵が壊されて、もう形も無くなってしまいました」
「その箱は今の君には要らないモノだったんだよ。だから壊れてしまった。必要なら頑丈に作ることも出来た。それだけのことだ」
「要らない箱だったってことですか?」
「君の心はここにある。俺の傍に居てくれる?」
 蓮の言葉にキョーコは「はい」と頷いて答えた。
「もう少し…触れていい?」
 蓮の言葉の意味が分かるか分からないかの一瞬、蓮の唇がキョーコのそこに触れた。
「っ………」
 首筋まで真っ赤になったキョーコは驚きで固まったまま蓮を見た。
「今夜はこれ以上は触れないよ。触れたら止まらなくなる。触れたくないと言ったら嘘だけど、理性のブレーキが掛かるうちにこの部屋をでるよ」
「敦賀さん」
「何?」
 キョーコは思い切って蓮の頬にキスをした。
 今度は蓮が驚く番だが、直ぐに幸せの笑顔でキョーコを再び抱きしめた。
「好きだよ、最上さん。……キョーコ」
「私も…です」
 キョーコにはそう答えることが精一杯だった。
 そして蓮は名残惜しそうにキョーコの温もりを腕に感じながら部屋を後にした。


         【つづく】

なんとかヘタ蓮は逃れたか?(^^;;


9/7  すみません。
一度アップしていたものを間違えて消してしまいました。(T▽T;)
折角頂いていたコメも消えてしまって、申し訳ありません。
今夜ラストアップします。

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