残した思い  11 完




「最上さん」
「はい、なんでしょうか。敦賀さん?」

 撮影所の廊下、京子の楽屋から出たところを後ろから呼びかけた蓮に、キョーコの素直な返事が返るが、蓮の目は真剣にキョーコを見つめていた。

「君……今誰に恋をしてるの?」
「……えっ!?」

 蓮に言われた途端、役の憑いていないキョーコは顔が固まってしまった。
 蓮から逃げようにも、既に蓮の視線から逃げられない。逃げさせてもらえない真剣な目がキョーコを見つめていた。

「わ、私は…恋なんて…」
 そう言いながらどうにか視線を逸らそうとするが、蓮は逃がさない。
「冬美の演技が出来るのに、俺に嘘を吐けると思った?」
「そ、それは……」

 ぎこちなくギギッ…と音を立てるように身体の向きを変えようとしたキョーコを、蓮は京子の楽屋に引き戻した。

 今バレてしまってはいけないのに、敦賀さんには好きな人がいるのに、どうして私の事にかまうんですか?

 キョーコはばれたら泣きたい気持ちで俯いてしまった。
 知られてしまえば、もう先輩後輩の関係でいられなくなる!
 冬美の気持ちは、私自身の中の気持ちに通じている…。冬美が切なく夏希を思うように、言葉に出来ない気持ちで敦賀さんを好きなのに…。でも敦賀さんには好きな人が居るから、知られたら邪魔なだけなのに。
 そして私はまたバカな女に戻るだけなのに。


「じゃあ俺の方から言うよ。君が恋している相手を知りたい理由」
 ドキリとキョーコの胸が鳴った。どんな言葉が出るかなんて、知りたくもないし、知っても仕方のないことなのに、どうして?
「俺が君に恋しているからだ」
「……ええええぇ―――!!」

 蓮の言葉は一度キョーコの耳を通り過ぎ、再び聞こえた時には驚きの余り部屋の外までも聞こえる養成所仕込みのキョーコの声が響き渡った。
 目を見開いて驚いてみたものの、キョーコははっと我に帰った。

 そんな訳ない!
 だって敦賀さんには『キョーコちゃん』という人が!

「敦賀さん! 後輩で遊ぶのも対外にして下さい! 敦賀さんには他に好きな人がいらっしゃるじゃないですか!?」
「いないよ。誰がそんな事を言ったの?」
「だって、だって、熱が下がりかけで寝ボケていたんでしょうけど、とっても優しい目で『キョーコちゃん』って」
 あの頃も今も、蓮はキョーコのことを「最上さん」と呼び、一度として「キョーコちゃん」と呼ぶことはない。マネージャーの社の方がそう呼ぶだけだ。それがキョーコの思いこみの元だ。
 蓮の眼差しに視線を逸らして逃げるキョーコに、蓮は目の前に立って壁に手を着いて逃げ道を失くして言った。
「俺がそう言ったとしたら、それは最上さん、君だけだからね。キョーコちゃん」
「そんな筈は…」
「あの夏の日に、京都の河原で暑い中を介抱してくれた君は、間違いなく『キョーコちゃん』っだった」
 思いがけない蓮の言葉に、キョーコは蓮を見上げた。
「京都の…夏の、河原?」
 蓮の言葉を繰り返すように言いながら、その意味を思い出していた。
「君はツインテ―ルで、よく泣いていたね。でも妖精や、ハンバーグの話には楽しそうに話していた。夢を見るように笑っていた」
 蓮の言葉を繋ぎ合わせると、それらを口にした人はたった一人だけ…。
「まさか…コーン?」
 信じられないと思いながらも口にした名前。
 コーンはどう見ても外国人で、今目の前にいる人は日本人の『敦賀蓮』だ。
「正確にはク・オ・ン。君の耳にはコーンと聞こえたみたいだけど…。俺にはあの時から、君だけだった」
「私だけ…ですか?」
「君以外の誰かは現れていない。俺には『キョーコちゃん』ただ一人だ。目の前にいる、最上キョーコだけ」
 そう言われ、キョーコは心に溜めていた気持ちが涙になって溢れ出た。
 信じられない気持ちと、嬉しいという驚きの気持ちで、心から溢れた。
 手が届かない先輩でしかない人だと思っていた。
 でも手が届くほどに努力して追いかけたいと思っていた人だった。

「私…私も、敦賀さんが…好きです」
「俺もキョーコちゃんが好きだ。誰より愛してる。他の誰にも渡したくないほどに…」

 蓮はそう言いながらキョーコを抱き締め、そっと離すと唇を重ねた。
 思いを、心を重ねた口付けは、キョーコが蓮の胸を叩いて離されるまで、息さえも奪ってキョーコから離れる事はなかった。そしてやっと離れるとキョーコは恨めしそうに蓮を見上げた。
「敦賀さんは、私を窒息死させる気ですか?」
「一緒に死ねるなら悪くないね」
「……本気ですか? 敦賀さんなら思いを残して死ぬことなんてないでしょうね!」
 蓮の行動にキョーコが拗ねて言った。
「そんなことないよ。後悔の行動の末が今の俺だからね」
「敦賀さんが?」
 いつも自信を持った行動に見える蓮が、後悔を抱えて生きてきたとは思えなかった。
「後悔する敦賀さんなんて、弱い敦賀さんなんて、想像できないです」
「俺は弱いよ。俺が日本にいる巡り合わせには感謝するけど、此処に来たことは俺の弱さだからね」
「敦賀さんの弱さ?」
 キョーコは不思議そうに聞き返した。
「いずれ訊いてくれるかな? 俺のいろんなことを、君には知って欲しい。一緒にいて欲しいから」
「それは、敦賀さんにとって大切な秘密ですか?」
「そう。君にだけは知って欲しいこと。俺にとってのトップシークレット。大切な人にしか話せないこと」
「……私が訊いて、いいんですか?」
「君だけに訊いて欲しいことだ」
 蓮はキョーコの瞼にキスをした。
「ではいつか訊いてね。俺がどうしようもなくバカだった時のことまで。君の知っているコーンの時から、今の俺に変わる迄。多分君は呆れたり色々思うだろうね」
 蓮の目が少し寂しそうになるとキョーコは言った。
「私の今までを知っている敦賀さんがそう言うんですか? 私も色々あって、今の私が居るんです。敦賀さんのご苦労が私よりも大きいとしても、コーンの姿からこれだけ変わられたのなら、そのご苦労も大きいはずです」
 蓮の全てを見透かした訳ではなくとも、蓮の告白は勇気のいることだとまでキョーコは感じていてくれた。

「君にだけ訊いてね。俺のことを知って欲しいから。君を愛しているから」
 蓮はキョーコを強く抱きしめた。
「はい。敦賀さんの思い、訊かせてください。大切なことも全部…」
「夏希が綾音という陰を残したように、俺のせいで逝ってしまった大切な人のことも訊いて欲しい」
「敦賀さんのせいで?」
「バカな俺に生きろと言ってくれた大切な友人。その人のお陰で今の俺がいる。そして君のお陰で、俺は生きている」
「人はいろんな人のお陰で生きていることが出来ると思います」
「人の…誰かの思いのお陰で生きているんだろうね」
「支えてくれる誰かの思い」
「敦賀さんも支えてくれた人の残した思いで今も生きて、役者として生きていると思います。人は一人では生きていけませんから」
 キョーコの言葉に蓮は少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。
「俺は生かされているなら、生きていかなければいけないね…」
「敦賀さんを必要としてくれる人はいっぱい居ます」
「最上さんは?」
「も、勿論…必要です」
「先輩として? 恋人として?」
「こ、恋人!?」
「さっきのキスは違うの? 好きだって言ってくれたのに」
 キョーコの予想外の展開に、意味としては何とかつながったことも、キョーコにとってはストレートすぎる言葉にパニックを起こしていた。
 すると蓮がクスっと笑っていることに気付くと、からかわれていたのだとキョーコは気付いた。
「私で遊ぶ敦賀さんは嫌いです!」
「遊んでないよ。本気だ。ただ君の反応が面白かったから、ついね」
「ついからかったのなら、同じことです!」
「違うよ。恋人としてって言って欲しかったのに、相変わらずの反応に俺は恋人になれるのかと思っただけだよ」
 蓮も真面目な顔でキョーコに訊ねると、きょーこは恥ずかしそうに俯きかげんで目線だけ蓮を見上げた。
 蓮にとっては一番弱いキョーコの視線だ。
「ゆっくりで…お願いします。お付き合いなんて初めてなんですから…」
 恥ずかしそうな表情が嬉しそうに変わると、蓮は再び抱きしめた。
「ゆっくりと一歩一歩。よろしくね、恋人のキョーコ」
「よろしくお願いします。敦賀さん」

 過去の思いも込めて、やっと一歩を踏み出した二人だった。


                   【FIN】

終わりまでお付き合い、ありがとうございました。
途中体力不足やハプニングもありまして、
その上話が何処に?(^^;;
書き終わって「ラスト、予定と違うよね?」(苦笑)

また次はどんなのが出てくるかは、
一応今月向きのをもうひと押し頑張ってますので。
(ギリギリでコケません様に(^▽^;))       

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