罠リクエスト「地下鉄で天使を見た?」seiさまより 2


 京子を心配する俳優、敦賀蓮は、疑わずに入れてくれた。
 中にはマネージャーと二人だけなのもタイミングが良かった。
「すみません。お休み中に」
 京子さんと親しいとは言ってもこんな風に信じてくれるのも、京子さんのことだからだと思った。
「それで、彼女のことで相談って、彼女に何かあったの?」
「いえ、何かあってからでは遅いので、事務所にお願いするにあたって敦賀さんのお力も借りたいのです!」
 目の前の二人が顔を見合わせ真剣な顔になった。
「君はどうしてそこまで彼女の心配を?」
 蓮が静かに訊ねた。
「あの、ご存じかと思いますが、京子さんはまだ事務所と正式な契約のない、準芸能人の形、仮契約を取っています。ですから芸能人年鑑にも載っていません。ですがファンはとても多く、僕を含む4人を中心に非公式のファンクラブを作っています」
「非公式? あ、事務所で管理していないからだね。蓮は公式のファンクラブだし」
「はい。それで彼女を見守る形での行動もとっています。老若男女を問わずの人気は、他にもファンクラブに入ったことはありますが、普通の人気じゃありません」
「どんな風に?」
 社の方が興味を持って聞いてきた。
「公式でない上に、興味本位なファンを避ける為に、HPを作っていないんです。つまり口伝えだけで、先日聞いたら4桁の人数になったそうです」
「非公式で、口伝えだけで…。キョーコちゃん、まともに素顔出すようになって2年半ぐらいだよな、蓮?」
「ドラマでは別人の顔ですからね。バラエティーで活躍しはじめがそれぐらいかな?」
「はい、僕は初期からのファンで会員ですので、間違いないと思います」
「君が代表?」
「いえ、京子さんは女性ですので、4人で男女2ずつが代表の形を取っています」
「どうしてその形を?」
 蓮が静かにだかトップ俳優であり後輩を思うにしては、低く迫力のある声で聞いてきた。
「一つは女性にしか入れない場所に入ってガードできる同姓がいいということです。同姓だからわかることもあります。同姓にも人気が多いですから、それは事務所内に勤める女性も入って決まりました」
 それには蓮も社も驚いていた。
「わかった。非公式とはいえ、彼女のファンクラブとして、守ってくれていたことは先輩の俺からも感謝する」
 蓮が頭を下げる姿に、木村は驚いて頭を上げるように頼んだ。
「俺達は京子さんの為に動いているだけです。優しくて、笑顔が好きで、ドラマでも活躍して、これからももっと素敵になっていくと思っています。だからナツがカッコよかったから入りたいという気軽な人はお断りをしているんです」
「それは…」
「簡単な質問形式をとって、京子さんのどんなところが好きかを引き出すと、すぐにボロが出ます。確かにナツはカッコよくて、でもそれは京子さんの一部だけの見かけだけを見ている気がします。本当の京子さんの良さをわからない人には、情報を出すつもりはありません」
「…でもそれで、4桁のファンクラブになるんだ」
 社も驚いて蓮を見た。
「質問形式を嫌う人は、それほどに京子さんを好きではないとも見なせます。京子さんは努力も惜しまない人です。その姿を見習うことが出来ない人なら、京子さんのファンとしても失格です」
 彼の言うことにはそれぞれ一理あるが、これほど厳しいファンクラブの入試?も珍しいだろう。
「君達の真剣さはわかった。だが時間が惜しいから本題を言ってくれ」
「そうですね、すみません。京子さんには未だマネージャーがいないこともあって、自分を過小評価して、今も地下鉄で通っているのですが、ご存じでしたか?」
「な、なんだってぇー?」
 これには社の方が驚きの声を上げた。
 蓮は驚きで呆然として声がでない。
「やはりご存じないんですね。僕たちが見守れる範囲はいいんですが、マネージャーさんを付けて頂くなり、最低でも地下鉄などの公共の移動は避けるように、事務所の方にお願いしていただきたいのです。僕達はただ彼女のファンとして、彼女の笑顔を見られるように、京子さんが芸能界でも活躍するための支障がないように、お願いします」
 木村の真剣な声に、蓮も社と顔を見合わせて、この事態はどうにかしなければと思った。
「あの、一応事務所の方にも、個人の意見として何人かで、京子さんが地下鉄を使っていることをメールで投書しました。ただそれだけでは事務所の中で何処まで本当のこととして伝わるかと思いまして、お休みのところをお願いにきました。すみません」
「いや、ありがとう。彼女の無自覚さはいつまでも変わらないらしい。俺からも彼女に注意して、社長にも伝えておくよ」
「社長さん?」
 それには木村も驚いた。一番に伝えて欲しい人ではあったが、蓮の口から早くもその名前が出るとは思わなかった。
「詳しくは言えないけど、彼女は社長の直属の部署に籍を置く形になっている。だが嫌われている訳ではなく、気に入られている方。……出るには…俺が行動する手もあるが…」
 後半は蓮の口の中だけで消えていったが、社にはやっとその気になったかという目で笑みを浮かべていた。
「あの、社長さんに気に入られているのに、メジャーデビューが出来ないんですか?」
 木村は意味が分からなくて驚きの目を見開いていた。
「京子さんの性格ほか、君達が感じている通りだけど、一つだけ足りないモノがある。社長はそれを学ばせたいだけだ」
「あの京子さんに足りないもの?」
 それを考えても思い浮かばないでいると、ドアをノックして「敦賀さん」と声がした。
「そろそろ用意をお願いします」
「あ、俺も行かないと」
 木村も自分の仕事場に行かなければいけない時間だ。
「では、京子さんのこと、よろしくお願いします」
 一礼して車から出ていこうとした木村を蓮は呼び止めた。
「木村君。もしよければ君の携帯か何か、連絡できるところを教えてくれないか?」
「俺のですか?」
「後で、京子さんのことで詳しく教えて欲しくなるかもしれない。彼女の状況を見ていた人に聞くのが一番だしね」
 蓮の態度は真剣で、直ぐに繋がる携帯を教えるのが一番だと思った。
「後で彼、マネージャーにでもメモを渡してくれるかな? 悪いようには絶対しないから」
 社も心得たと、木村を見て頷いた。
「では、僕以外の代表3人の分も併せてお知らせします」
「他の人も? 確認とらなくてもいいのか?」
「場合によっては知らせていいとの確認済みですから。後でマネージャーさんに纏めて渡します。では失礼します」
 木村は自分の仕事に戻っていった。


「まさかとは思っていたけど、キョーコちゃん、地下鉄で移動してたんだ…」
 社も3年もの間、よく何事もなかったと、陰のファンクラブの存在に感謝した。
 安堵の溜息の中で、何故かくすくすと笑う蓮に社は首を捻った。
「お前、何笑ってるんだ?」
「社さんは気付きませんでしたか?」
「何をだ?」
「今のファンだというスタッフの、律義そうで、丁寧で、必死な感じ。誰かを思い出しませんか?」
「律義で丁寧と言ったら、キョーコちゃんだろ? あ、そういう事か!」
 社も蓮が何を言いたいのかわかって頷いた。
「よく子は親の鏡とか言いますけど、京子はファンの鏡、また逆もしかり。彼を含む多くのファンが、京子の鏡なんです」
「さすがキョーコちゃん。俺もファンクラブに入ろうかな~」
「どうぞ。でもその前に社さん、社長に連絡を取れますか? 俺はこれからの撮りがありますから代わりにお願いします。それと、最上さんにも社長から来るようにと連絡を取ってもらうように」
「わかってる。それにお前も同席するんだろ? その時間も調節できるようにしておく。夜なら少しは隙間を詰めておくよ」
「ありがとうございます」
 阿吽の呼吸で社が答えると、蓮は敦賀蓮の笑みを浮かべてキャンピングカーから出ていった。

 

 そして、現在のラブミー部員は実はキョーコだけになっていた。
 キョーコの親友、モー子さんこと琴南奏江は、1年ほど前から2人の男からのラブコールに、女優としての仕事優先から同等に二人を見つめることになっていた。半分は社長命令で、「恋愛ドラマがきた時に、思いを受け止められるのか?」と言われて、仕方なく二人に向き合うが暫くは二股をかけた状態でそれぞれを見つめたいと、それでもいいかと聞いてみた。
 普通はそれで男は引くものだが、どちらもそれでかまわないと答えた。
 一人はシリーズになったドラマの共演者、上杉飛應。成長期故に奏江につり会う少年へ、もう2年も経てば横に並んでもお似合いの青年に見えるようになりそうな存在となってきた。
 そしてもう一人は蓮のマネージャー社倖一だ。たまたま飛應の告白場面を見て、見守っていた気持ちを負けてはいけないと奏江に告白してきた。
 奏江自身はキョーコとは違うところは自信のあるところだが、まさか二人同時の告白には驚くことになった。
 二人ともがそれぞれに、良き共演者であり、キョーコの良き理解者でもある。立場は違うが、色恋の相手になることは予想外だった。僅かな気持ちはもみ消して、恋に現を抜かすつもりではないと思っていたのだ。
 だが他人からすれば、「芸能界のサラブレッド」対「敦賀蓮の敏腕マネージャー」ともなれば、どちらも捨て難い相手と言われるだけのこと。それでもどちらにも断りを正式にしようとしたところで社長の命令が下ったのだ。
「本当に無理なら、それも恋愛の一つの形だ。だがどちらも一言で断れぬ魅力がある。だから、相手の魅力を見抜くというテストにする!」
 社長の鶴の一声で、お互いの忙しい時間の合間にデートと電話をする事になった。
 二人の魅力が違うことは付き合う前から分かっていること。社は落ち着いた面とお茶目な兄のような面があり、キョーコと蓮が上手くいくことを祈る良き兄の姿がある。飛應は成長中のやんちゃな面と、サラブレッドの持つ揉まれる大人びた面を持っていた。人の魅力としては甲乙つけ難い、ただ自分がどちらに惹かれるかだけのことになってきた。
 今まで散々キョーコを焚き付けてもきたが、そのお鉢が自分に回ってきて悩んだ。
 だが考えて決まるものではない。心が感じる人は誰なのか、なのだ。
 社長も期限を切った訳ではなかった。心が出す答えを待つだけだと、愛を語る社長も急がせることはしなかった。
 だが奏江の答えは思ったよりも早くに出た。
 役の中で、飛應に守られることになった背中に、始めの頃の「男の子」ではなく、「男」の背中を見た時に、彼の逞しさや成長と共に惹かれている自分が見えた。そして同時に素晴らしい異性に恋われたことが誇りに思えた。
 奏江は飛應に答える前に社の元を訪れると、自分の表情で全て分かったように苦笑していた。
「答えは、僕には分が悪いようだね」
「ごめんなさい」
「謝らないで。彼もまだこれからの成長株として、男としても成長している。琴南さんは彼とドラマをやっているから、その成長も見ているからね」
「社さんも素晴らしい男性だと思います。私にはもったいないぐらいに、素敵な人です。私よりも素敵な女性が現れます。絶対に」
「ありがとう。でも俺は君が良かったんだけどね。キョーコちゃんのことも甲斐甲斐しく世話を焼いたり、お姉さんみたいに…」
「社さんも、敦賀さんの為にキョーコとのことを世話するお兄さんです」
「お兄さんか…。男にはなれなかったね」
「………」
「これからも普通にしてくれていいからね。キョーコちゃんと一緒に顔を出してくれて大丈夫だから。じゃあまた。蓮もそろそろ移動だから」
 去っていこうとした社の後ろ姿に奏江は声をかけた。
「それでも、私の気持ちは定まっているか分かりません。これだけ素敵な男性に告白されたら、恋を邪魔だと思っていた気持ちは消えました。まだ社さんは私のリストから外れたわけではありませんから」
「まだ、これからも少しは可能性がある訳?」
「私の男性を見る目はこれからも成長します。そんな時に、社さんを逃がした魚は大きいと思うかもしれません」
「そう思わせたら俺の勝ちだね? その時は君の目が俺を見ることができるなら教えてくれる? 俺って思ったよりも執念深いから、君がもう一度見てくれるなら待てるかもしれない。君が俺を見てくれるなら、俺はもう一度チャンスをもらうよ」
 少し寂しげな、でも笑顔で社は後ろを振り返らずに奏江に背を向けて歩いていった。
 社も失恋を知らないわけではないが、飛應のまだ自分よりも一回り以上も下で、親の七光りにも負けずに頑張る姿は男の顔つきになってきた。
 その姿は「未来は第二の敦賀蓮ですか?」そう問われて、「俺は上杉飛應です。誰かのまねじゃない!」と言える強さは、子供の我の強さではない。役者としてのこれからを楽しみにさせる言葉だった。


 彼女はまだ先のことは分からないと言いながらも、同じ役者同士が合うのかと社の心には残った。


              《つづく》
        …さて何処へ行く気だ、私!?(^^;;

          ペタしてね