ディスプレーデザイナー 21




 そのウィンドーを見つめる蓮は、キョーコに直接会いたくてたまらなくなった。
 キョーコは徹夜明けでクタクタだろう。
 でも言いたかった、伝えたかった。


『ありがとう。そして、お疲れさま』


 飾り付けの片付けをしているだろうキョーコの元に、蓮は急いで駈け出していた。
 従業員用の通用口を顔パスで入ると、キョーコに言った。


「キョーコさん!」
「はい!? えっ!? 敦賀さん!? ど、どうしてこんな時間に!?」


 驚きで眠気も醒めてしまいそうなキョーコがいた。


「君のディスプレーが仕上がっていくのを見ていたんだ。途中からだけどね。俺達の服を、最高に飾ってくれたお礼が言いたくて……。ありがとう。最高のディスプレーだ。そしてお疲れさまでした」
  
 蓮はキョーコに頭を下げて、感謝と感動を表した。
 キョーコは驚いて声も出ない……。


「もし良ければ車で送るよ……。徹夜で疲れただろう?」


 静かで優しい笑みを浮かべた蓮は、キョーコの労をねぎらうように誘った。
 だがキョーコは小さく首を振った。


「大丈夫です。徹夜はディスプレーデザイナーには宿命ですから……。それぐらいの体力は付けています。でも……私の方こそ、ありがとうございます。そんな風に感じて頂けた事は、私もとても嬉しいです」


 今度はキョーコが蓮の言葉に礼を言って頭を下げた。


「じゃあ今度、遅い帰りになった時は送らせてくれない? その間、君と話が出来る」
「……わかりました。その時は甘えさせて頂きます」


 キョーコは疲れていたが、蓮の嬉しい言葉と笑顔に輝くような笑顔を浮かべた。そしてしっかりとした足取りで帰って行った。



 蓮が早朝からその完成を見守ったディスプレー。そのウィンドーが完成した翌日に、打ち合わせに現れたキョーコは蓮と顔を合わせた。


「こんにちは。やはり今回も好評だね、君のディスプレーは…」
「そうですか? ……嬉しいです。作り上げたディスプレーは、私の分身ですから……。私の思い描く世界の一部ですから……」


 キョーコは少しだけ恥ずかしそうに、でも誉められた事が嬉しくて零れるような笑みを浮かべた。
 蓮はその笑みを見られただけでもキョーコに会えて嬉しいと思った。


「最近は忙しいのかな? 俺達の仕事場に寄ってくれないみたいだけど……」
「あっ…すみません。クリスマスとお正月の飾り付けの発注とかデザインが詰めの処まで来ているのですが、デパートお勧め商品の追加が入ったりすると、話し合いが長引くこともあるのでお邪魔する時間がなくって……」


 キョーコが申し訳なさそうに言うと、蓮は成る程と納得した。
 冬の商戦は年末から正月の福袋と、近年はデパート側としては正月休みもあったものではない。当然のようにそのしわ寄せがディスプレーなどの目の付きやすい場所に行ってしまう。


 だがキョーコが蓮を避けているのには別の意味もあった。
 キョーコの中で警告音が鳴っていた。
 ……近付きすぎては、ダメだと……。
 下手に期待をしたら、また寂しい思いが大きくなるだけだから……。 


「それは仕方がないね。でも、無理はしないようにね」
「多少の無理は仕事には付き物です。ご心配、ありがとうございます」


 蓮の優しい言葉にキョーコは軽く頭を下げて嬉しさを行動に表した。
 キョーコの礼儀正しさは、蓮にはほっと安心するものだった。どこか古風な礼儀正しさは、日本人としての有るべき美しさにも通じていると思った。
 それは、蓮に垂れかかる女性達に辟易していた時に感じるものとは、正反対なものだからだろう。


「そう言えばお手伝いして頂くクリスマスの25日は、ご予定は無いのですか?」


 キョーコは蓮ほどの男なら、女性の喜びそうなイベントの日に予定が無いのはおかしいと思っていた事を聞いてみた。
 だだ蓮は、どうしてそんな事を聞くのかという顔をした。


「敦賀さんなら、25日のクリスマスやイブには予定がいっぱいな気がしていたのですが…」
「無い訳じゃないんだけどね。……キョーコさんは訊いた事あるかな……。うちの社長が一番大切に思って行動する事…」
 蓮はさすがに言いにくそうだが説明を始めた。
「言葉にするなら『愛』に関すること、お祭りとかも好きでね。イベント毎にスイッチが入ると周りまで巻き込むんだ」
 苦笑した蓮が、キョーコにも社長の信仰に近い行動を説明した。
「あの…よくわかりませんが、イベントを大きくして楽しむ事が大好きという事でしょうか?」
「前向きにいい風に捉えるとそうなんだけどね、規模が半端じゃなく大きいんだよ……」



                   《つづく》


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