近年の報道では「失われた20年」という言葉も聞く機会も減ってきました。
では日本はデフレを脱したのでしょうか。
現在の経済情勢はデフレとインフレの中間、リフレであると言う人もいます。
「失われた20年」に関しては諸説ありますが、1990年代から2010年代に起こったデフレーションによる不況を呼称しています。詳しくは、1990年代前半のバブル後期から崩壊にかけてと言われていますが、当時のGDP推移を見てみると1997年まではプラス成長を続けています(以降横ばい)。
1997年に何があったかと言えば、時の首相、橋本龍太郎氏による消費増税と公共投資の大幅削減です。以降、日本はデフレーションによる経済マイナス成長が続くことになります。そして2008年、リーマン・ショックによる世界的株価大暴落により日経平均株価が26年ぶりに7000円を割り込んでしまいました。
一方、「失われた20年」と呼ばれるデフレーションによる不況を考える上で、かつて1929年に起きた世界恐慌が重要です。当時の世界的な大不況もデフレーションによるものでした。1920年代のアメリカ経済はヨーロッパの第一次世界大戦後復興需要による好景気で「永遠の繁栄」と呼ばれていました。戦場にならずして戦勝国となったアメリカは世界経済の中心としての地位を確立していきます。経済発展と都市化に影響され、住宅需要やインフラ整備など国内は有効需要に富んでいました。これらの実体経済の繁栄を背景に1920年代のアメリカの不動産・株式価格はバブル的な高騰を見せていました。
しかし1929年、暗黒の金曜日と呼ばれるニューヨーク証券取引所での株価の大暴落を皮切りに世界的なデフレーション不況に陥ります。
ここで重要なことは、当時の日本はどのような経済政策を取ったのかということです。バブルの崩壊後は目減りしてしまった資産価値の補填と借金返済のため、人々は極端に消費を避けます(有効需要の低下)。そこで当時の大蔵大臣であった高橋是清氏は公共投資(軍事費・時局匡救費)の大幅増額を行います。それにより日本は当時、世界で最も早くデフレーションによる不況を脱し、綿花生産額では世界一であったイギリスのそれを抜いたのです(翌年、アメリカのルーズベルト大統領がニューディール政策としてほぼ同じ政策を取る)。
これをバブル崩壊後の日本の経済政策と比較してみると正反対のものであることが分かります。消費税増税により消費を冷え込ませ、それにより税収面では消費税額は当然に増えていますが、法人税・所得税、さらに全体の税収が下がっていることが分かります。加えて、もとより有効需要が低下しているならば、本来は財政出動させますが、公共投資も削減されてしまったことで国内の消費は最低限度はで落ち込みGDPマイナス成長へと繋がっていきます。
現在、日本では第二次アベノミクスによる金融緩和政策として、マイナス金利政策や日銀国債買い入れによるマネーサプライ増加(量的・質的緩和)などを通じて経済に上向きの目途が立ちつつあります。しかし、依然として物価上昇率は目標の2%に達せず、デフレからの本格的な脱却とは言い難いリフレ景気が続いているとされています。株価やGDP成長率などの経済指標に大幅な改善が見られる一方で、物価上昇率の好転が見られないのは購買力・有効需要不足だと考えられます。しかし先の衆院選では2019年に消費税を10%に引き上げることを推進する自民党が大勝を期しました(私は反自民党ではありませんが消費税増税に関しては反対です)。デフレ不況が好転しているとは言えこのタイミングでの消費税増税は間違いなく国内消費を冷え込ませインフレ率の低下に繋がります。これは経済後退と共に、インフレによる財政健全化の道も立たれることを意味します。
『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と、かつてのビスマルクは残しています。このタイミングで消費税増税をすることにどのような歴史的意味合いがあるでしょうか。バブル崩壊後の財政健全化を急ぐあまり消費税増税と公共投資削減を決定した橋本龍太郎内閣。国債発行残高=国(国民)の借金という誤った認識を植え付け財政健全化を最優先事項として捉え消費税増税を行う安倍晋三内閣。両者に共通点を見出すことはできないでしょうか。
もちろん一概に当時の経済情勢と社会情勢を比較することはできません。しかし、かつて日本は最も有効かつ最速の経済政策で世界恐慌というデフレーションによる不況を脱した事実があります。現状、ECBやFRBなどの金融政策は出口戦略に至り、最終局面とみられます。今後、少子高齢化に伴うデフレーションによる不況の波が世界的に波及する可能性を鑑みた場合、かつてのように日本の経済政策が各国のモデルケースになることを願ってやみません。
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