こんにちは。日曜日の朝ですね。
昨晩から再び妻の実家に宿泊中!

1週間いろいろなことがありました。
それは全て仕事のことですね。
あれほど離れるのを惜しんだ妻でしたが、実際離れると頑張ってくれました。
おかげで仕事に集中できました。

仕事は思いのほか大変で夜遅くまで残業です。
こんな調子で家族を守れるのか…お金も大切ですが時間の方がもっと大切ですよね。
でも一日中家族で毎日過ごせたとしてもそれはそれで良いのか悪いのか。
パパが頑張ってる姿、離れたくなくても仕事に行くということは子どもにも感じさせないと行けないですよね。全て世の中思い通りにはいかないですから。

さて、実は平日のある日に私の母が妻の実家に行きました。様子を聞いて心配で少しでもお手伝いをとのこと。
嫁と姑の関係なので心配しました。
案の定、妻は少し不安定に。
些細な一言でも立場的に思いを言えない、それで妻は悩んでしまうのです。

両者とも悪気はないし、お互いのこと大切に思っています。不満というよりは少し言葉のすれ違い(?)ですね。

細かなことを書くときりがないですが、自分と親の関係ってあまりにも複雑すぎだと最近感じます。
子育てをするということは自分と我が子ですが、自分と親のことを向き合うことになりますよね。
自分が親にしてもらったことは当たり前のように子どもにできるかもしれません。でもしてもらっていないことはなかなか難しいものです。

親から愛情を感じた経験が少ない人ほど、やはり子育ては悩むことになると思います。愛を与えたくても自分もどうしたら良いかわからないそんなことに、直面するかもしれません。

愛情は与える方と受け取る方が互いに通じ合って生まれると思います。表現していても子どもが感じない、表現が乏しくても子どもが感じる。
つまり両者の関係があってこ通じ合うのが愛情なのかと思います。
もちろん、生命の尊重という根本的な愛情は表現や受け取り方に関係ないかもしれませんが。

私の妻は、小さい頃英才教育を受け今で言う教育虐待のような経験をして育ちました。親に悪気わないと思いますが、子どもを立派にさせたい、相談できる人がいない、自分の育った背景など様々な理由からそうなったのでしょう。

妻はそのことに対して複雑な感情を持っています。でも、今改めてそんな親と向き合い、仲良くお世話になっています。
子育てをしてさらに向き合い、妻は前を向けると思います。そのきっかけをくれたのが我が子。

どうでしょう。私の考えが正しいかそんなことはわかりません。
ただ、言えることは親子の連鎖が何かを生み、それに向き合いながら我が子を育て、またその子が親になるという連鎖があるということ。
その連鎖を作るのも変えるのもそれぞれなんですよね。
子育てって深いですね。

子育てを経験されない方もいると思いますが、その方々もきっと向き合う時はあると思います。実家から離れる時、結婚しろと言われた時、子どもはまだと言われた時、両親の病気や介護など。

親と向き合う。本当に簡単なようで難しいキーワードですね。

ギャンブルと向き合うこともものすごく難しいですが、それは目に見えます。行く行かないで判断は容易です。
親と子…わかりませんね。

妻はいつも戦っています。深夜お互い眠かったですが、これからのこと、愛情のことたくさん話しました。
そして、優しさが優しさを生むということ。

余裕がないとお互い相手にあたってしまいますよね。誰でもそうです。個人によってそのキャパも違うと思いますが、私はそれは弱さとも思いません。
誰でも限界がきます。

だからこそ、お互いを削り合うのではなくお互いがお互いのために優しさが必要ですね。

妻から「言葉より行動」と言われました。
妻が哺乳瓶をあげてるとき、携帯触るとか…と話がありました。そうですよね。
今回も偉そうに長々と書いていますが、横で不満を持つ妻がいては何もなりませんね。

優しさ…頑張ります。

P.S. 妻へ
これから何をするにも幸せだね。
良きパパになれるように日々精進します。