こんなにまとまった時間がとれることはなかなかないので自分の音楽についてどうやってハロプロにたどり着いたのか並べてみた。

色んなハロ曲に手を出しているものの未だ自分の携帯の音楽プレイリストはハロプロ以外の曲が多いくらいで遠回りしてここまで来たんだなと思った。

結論として最後はすべてハロプロに繋がっていた。

 

2005年:保育園の出し物で青春アミーゴを踊る

なぜ先生たちがこの曲を選んだのか保育園児が踊るには大人すぎないかと今思えば謎が多い。当時の自分にとっては知らない曲だったけど必死に踊り、出し物が終わったあと先生に褒められたのもあってよく覚えている。保育園卒業した後もこの曲が好きだった。今も好き。この青春アミーゴが私の一番古いジャニーズに関する記憶。

 

この間の音楽に関する記憶は無い。保育園の時からおかあさんといっしょをずっと見ていた記憶だけある。

ちなみに楽器を習ったことはない。経験もなけりゃセンスもないため音楽の成績は良くはなかった。特に音楽の鑑賞能力が酷くて、最低評価がついたことがある。書けることが「この楽器の音が聴こえる」くらいしかなかった。今も大して変わらない。多分この頃友達にピアノを習ってみないかと誘われたがそれを断ったことは今とても後悔している。

 

2010年:嵐を知る

私の音楽史のきっかけの多くは母。

母が運動会で流れていた感謝カンゲキ雨嵐という曲に感動し、その1年前に発売された5×10 ALL the BEST! 1999-2009(嵐の10年目のベストアルバム)を買ってきたのがきっかけ。ドライブの道中などずっと聴いていたら好きになった。それからは毎年発売される嵐のアルバムを買ってもらっていた。特にファンクラブにはいるでもなく、会いに行くわけでも無くひたすら聴きまくった。進研ゼミの応募か何かで自分専用のCDプレーヤーをゲットした時にはもちろん嵐のCDを部屋でエンドレス再生。ウォークマンを持っていなかったが曲の順番やサウンドまで覚えたため外にいる時は頭の中でCD音源が流せるレベルに。在宅極めていた。

 

2011年:クリスマスプレゼントを特に希望しなかったらまさかの嵐のLIVEDVDがプレゼント。2010年の初の国立競技場LIVEのDVDだった。というくらい親にはもちろん自分でも嵐が好きだと自覚。しかしこの時はまだ知ってるグループが嵐しかない状態に近かった。相当時代に取り残されていた。この頃はジャニーズではHey!Say!JUMPはとっくにデビューしキスマイセクゾもデビューしてた辺り。またKーPOPも徐々に隆盛を迎えようとしていた頃。小学生というのは残酷で25過ぎたらおじさん扱いだ。周りの子で嵐が好きな子はあまりいなかったと思う。そこで他にも歌手を知りたいと思うがソースが母のCDラックだったので、最新情報はほぼ得られない。そしてさらに昔に返ってしまうのが次の年。

 

2012年:SPEEDに出会う

母のCDラックより発見した、SPEEDの金と銀のツインになってるベストアルバム、『SPEED THE MEMORIAL BEST 1335days Dear Friends 』の1と2だ。自分と歳が近い子たち4人のソウルフルな歌声に感動する。さらにSPEEDの90年代ダンスミュージックと私のCDプレーヤーの相性が抜群だったようで、音が映えまくる。SPEEDは若さゆえのなんたらみたいな歌詞が多いが初めての世界観だったので衝撃を受ける。この頃から歌詞をしっかり聴くようになったかもしれない。SPEEDが好きとは周りにあまり言わなかったけど、いや言わなくてよかった。誰もわからなかっただろう。また嵐が好きとも言わなくなったかもしれない。好きだけど心に留めておく感じで、家の中が車の中で聴いていた。

やっぱり嵐は好き。「DearSnow」の歌詞の意味を知った時は泣いた。何ヶ月も話を展開するドラマのようにたった5分の中で物語を描く歌詞というものに夢中になる。

 

2013年:乙女 CDショップに感動

TSUTAYAすごかった。ずっと家の近くにあったのにあまり行ったことがなかった。テレビでみたアーティストのCDがたくさん売っててここで買えばいいんだと気がつく。この時ら辺に今度はEXILE、少女時代を好きになる。あとこの時初めて親にCDを買ってくださいとねだった記憶がある。嵐は多分頼まなくても親が買ってくれたけど少女時代に関しては自分で見つけて掴んだ最新だったので大事にたくさん聴きまくった。KーPOPはその時本当に盛り上がっていて、KARAと少女時代が女性韓流アーティストの二大巨頭で周りとそれを話題にできるのも嬉しかった。嵐やSPEEDとは全く違う音でこの時自分の音楽趣味の幅がだいぶ広がっていったと思う。EXILEは1枚母のCDラックにはいってて、それを聴いてもっと聴きたいと思い、よさそうだと思ったアルバム「願いの塔」を買ってもらった。avex大好き人間になっていた。ダンスミュージック好きもこの頃からできあがっていたかもしれない。DAPUMPも秒速だったので。

 

この頃アルバムばかり買ってもらっているのだが2017,8年頃ハロプロにハマるまでシングルにはドラマの主題歌などA面1曲しかはいっていないと思っていたのでシングルは1枚も買ってもらっていない。それ何枚も買うよりアルバムで買った方が曲数多いしお得じゃんとか思っていた。商売にならんだろ、それ。本当にハロプロに出会うまで様々なB面を逃してしまい、特に嵐はカップリングコレクションがウラ嵐マニアという伝説の超高値でトレードされてるやつしかないからどうか時が戻って欲しい。

 

2014,15年:動画サイト、二次元の世界

パソコンを触るようになりボーカロイドを知る。またそれに合わせて一般人が踊ってそれを投稿する「踊ってみた」を知る。一般人が舞台に躍り出ることができるという距離感の近さに驚く。見ながらいろいろ踊っているうちに曲にはまるというより踊ることにはまる状態になる。ボーカロイドクリエイターは八王子Pが1番好き。またラブライブ!に出会う。人に影響されやすく、周りがアニメを観ていたから観て、いい曲だなと好きになる。そして踊る。ラブライブ!も踊って投稿する人たちが沢山いたからそれを観ながら踊る。何曲覚えたんだろう…アホのように集中していた。そしてYouTubeにも動いていき、関連動画でばんばん漁るようになる。自分から探さなくても人気の動画は降ってくる時代で、メインストリームの掴み方が分からないという過去の自分とはおさらばした。しかし偶然探し当てたSPEEDのCDみたいな経験はほぼなくなってしまった。書きながらちょっと悲しくなった。あとボーカロイドやアニソンでEDMは結構鍛えられた。初めてEDMを聴いて気持ち悪いという印象を抱くことはなかった。真正面から曲を聴きこむいうよりダンスのBGMのように聴いていたから自然と刷り込まれた感じだと思う。後に娘。のEDMに心掴まれるのもここら辺でたくさんそういう曲に触れたからかと思う。

嵐好き。いろんなテレビで見かけるようになる。嵐のアルバムは大人っぽい曲が増えてきた。あとパソコンで嵐の彼女の情報やらゴシップが見れるようになる。耐性がつく。彼女いても結婚してもなんでもいい。続けばそれでいいと思い始めた。ガチ恋からの脱出。

SPEED好き。時々テレビ番組で寛子をみては舞い上がる。

少女時代雲行き怪しくなる。新譜を追わなくなる。持っているアルバムを聴くだけになる。最新シングルはYouTubeで聴くだけになる。この頃から買わなくても聴けるようになった。手軽になりすぎたか。

EXILE新譜を買わなくなり持ってるのを聴くだけになった。ちょっと路線が変わり始めて違うなと思った。

 

2016年:場所を選ばず音楽を聴けるようになる

前でも述べた例のTSUTAYAで今度は色々借りるようになり、洋楽にちょこっと手を出す。Taylor Swift、物は試しと聴いてみた。メロディー重視なJ-POPとはまた違って、バックサウンドのかっこよさにはまる。J-POPもサウンドかっこいいけど歌詞ばかり聴いてしまうから洋楽はそういう意味でサウンドをちゃんと聴くというきっかけをつくってくれたと思う。他にはちょうどはまったμ's、ボーカロイド、HoneyWorksとかも借りた。たくさん聴きたいがほいほい新譜を買ってもらうわけにもいかないし、借りるっていうのは自分にとって本当に有難い手段だった。またiPhoneを手に入れて、どこでも聴けるという領域に突入。脳内CDプレーヤーの役割は終わりを告げる。家の外でも聴けるのは今は当たり前になったけど最初はただただ幸せだった。学校で勉強中もずっと聴いた。よって1日あたり聴く音楽が圧倒的に増える。この時が1番聴き込んでいたかもしれない。

 

2017年:ついにハロプロに出会う

この時大学受験の勉強していた。まあ不安だった。塾は時間取られるし高いし行きたくないっていう自分の意思だったし、クラスにも同じようなところ目指す人がいたから全然精神的にも大丈夫だと思ったけどそんなことはなかった。

 

ここ辺りでハロプロを知るのだが、経緯が全く分からない。唯一証拠としてスクショが残っているので時系列順に追って話を繋げてみる。

 

最初のハロプロスクショが℃-uteの愛理と舞美ちゃんで「大きな愛でもてなして」を歌ってるLIVE映像だ。何が響いたのか分からない。その曲だけで何枚も残っている。でそれが2017年の7月。実は℃-uteはその1か月前の6月で解散していたのだ。漁り始めてすぐMVなどのすべてが解散した跡だと気がついたと思う。それから8月にバーッと℃-uteのラスコンの画像を鬼のように保存した跡がある。その6月末で芸能界から去ったももちのラスコンもだ。そして℃-uteがどんな道を歩いて花を咲かせたのかを知り、℃-uteから脱退した3人と撮った画像をみてたった数週間で追った歴史と重ね合わせてまるで10年来のファンかのように胸を熱くし…とそんな感じで℃-uteにはまっていったのだろう。多分。入り方は謎だがもうそこからはいろいろMVのスクショが残っている。この辺りは記憶がある。特に「Everyday絶好調!!」が好きだった。avexと名高いこの曲だがavex大好き人間としてはハマらないわけが無い。歌詞も

「未来はほんのちょっと

複雑らしいが
時代に押し付けちゃ No Good
突破しよう 自分で

心 さわやかに
心 元気に YEAH!
時代を引っ張り上げちゃおうよ
絶好調! YEAH

EVERYDAY!」

 

 

 

朝制服に着替える時これ聞いて毎日絶好調にして学校に行ってた。辛いよね辛いよね分かるよーその気持ちみたいな曲じゃなくて己を奮い立たせる曲が聴きたくて、そういう点でもこの曲は自分にドンピシャだった。なっきぃもこの時になんか惹かれた。ただ忙しくなるにつれて新コンテンツを漁る余裕はなくなり、9月頃にはスクショが途絶えてしまった。2017年はたどれる限りはここまで。そして翌2018年受験しなんとか受かる。3月もなんやかんやで忙しかったようでスクショがあまりない。岡井ちゃんとまいまいの「会えない長い日曜日」を聴いて撮ったスクショがある程度。悲しいくらいぼんやりとした入口だったが、逆に受験の年にはっきり記憶に残るくらいハロプロを漁っていたら大学は落ちていたかもしれない。ほんのりと、でも確実に私の力にはなっていた。℃-uteありがとう。(他のグループも聴いただろうけど書けそうなエピソードもないので割愛)

 

2018年:ハロプロ守備範囲を広げる

℃-uteから入って、しばらくは℃-uteに入り浸っていた。しかし娘。のこの曲でズドンだった。「ムキ出しで向き合って」

 

 

今久しぶりにMV見たらはまって少し経った後の自分のコメントが残っていた。'16の曲だから2018年には工藤はもう卒業していた?と思う。工藤遥、生田衣梨奈の引力がすごくて虜になる。(コメントにそう書いてあった)この曲も含めて娘。は数年前からEDMを中心に曲を展開していた。もうかっこいいわなんだで勢い付いてどんどん遡ったり他のグループに飛んだりもした。「恋愛ハンター」とかいいし「BABY!恋にKNOCK OUT!」とかも聴いたり。

 

 

いろいろ遠回りしてきたおかげで結構な数のハロ曲が自分にハマっていった。今まで好きになってきた音楽が全部ハロプロにはあるみたいな、自分にとってはパラダイスだった。全部ハロプロでごった煮にされてる。知らないタイプの曲にも出会い、ジャズっぽい曲はハロプロで好きになった。出会いはいろいろ逃してるし遅すぎなんだけどでも受験のタイミングより前に聞いても多分スルーだったと思う。タイミングだけはばっちり。運命。そして今もだけど歌詞がいい。自分にとってそれまで歌詞とは自分の知らない世界観を見せてくれるものだったから、壮大な夢を描きつつも日常に溶け込む瞬間もありといううねりの激しいハロプロの歌詞というのは新鮮だった。安心できる懐かしさとわくわくする新しさがいい塩梅で共存していた。

あと2018年ひなフェスでよっすぃー、愛ちゃん、みきてぃー、れいな、さゆでOGとして登場したのもなんだか凄いことらしくおぉーとなっていた。この頃にはハロオタTwitterも始めていたから情報がバンバン入ってたしみんな魅力的だしあっという間に顔と名前一致してた。はーちん好きだったからすぐ卒業しちゃってあぁ…ってやるせなかった。もういついなくなるか分からないから今を大事にしなきゃいけないんだとこの時に身をもって学んだ。そして飯窪はるなんを推していく。今が大事といいながらそんな対したことしなかったけど、強いて言うなら初めてシングルCDを自分の金で買った。まず自分の金というのが結構大事で、TSUTAYAで借りるようになった時からなるべく毎月のお小遣いやバイト代でオタクをやりたいと思っていたからだ。自分の金の範囲内なら誰にも文句言われなくていいし、自分の金で賄ってこそ自分の趣味と言えると思っているのでそういうポリシーで今もオタクをやっている。またアルバムばっかりの人間だったのでシングルを買うのは初めてで、インストverがあるんだとか、なんかカードがついてきたーとか、まさに初めてを経験中だった。あとは娘。の過去のアルバムを気になったから10 MY MEまではほぼTSUTAYAで借りて、新アルバム⑮Thank you, tooは買って、とか。まだもってないのがたくさんあるけどとりあえずTSUTAYA様様だ。あとアンジュルムやJuice=Juice、こぶし、つばき、カントリー、多すぎていっぺんに追えなかったからちょっとずつ見ていった。ハロオタ1年目はそんな感じだった。ハロプロにハマりすぎて他が疎かになってきたのはこの頃。新しいものはとにかくその場の勢いなので、疲れた時には今までたくさん聴いてきた音楽を聴いて、また元気な時はハロプロに突っ込んでいった。

 

自分の金で買ってこそ自分の趣味だといいつつ、嵐のアルバムは大学生になった以降も親の金で買ってもらっているという矛盾…「ハロプロに関しては自分の金で」がポリシーです。

 

2019,20年:現場に出る

これまで在宅を極めすぎて現場で聞くという発想に至るまでが相当長かった。やっとリリイベに行く気になったくらいだった。そうこうしているうちに飯窪さん卒業したし、自分は一体何をしていたのかさっぱり分からない。とりあえず行けそうなリリイベに行った。つばきとか曲知らなくてもアルバムの時に行った。卓偉さんのセルフカバーリリイベはなんとなく会場で買ってみようと思い買ってみたら番号が良くて結構前の方で聴けたり、生で聴く貴重さを体験できてたのしかった。夏のJuice=Juiceのひとそれサンドリリイベはさすがにしんどすぎて一部でリタイアしたり、こぶしのリリイベ会場まで走ったけど間に合わなかったこともあったり、自分なりの現場感を掴んでいた。夕方のリリイベはペンライトが綺麗で楽しかった。そんなこんなでコンサートに行く決心がついたのは冬だった。遅い遅すぎる。行事予定を避けたりしていたら入れるコンサートはもっと後になってしまった。そうして2020年は何本かコンサートをとったものの、全部消し飛んで今に至る。早くコンサートに行きたい。

 

今はBABYMETALに手を出している。しかしあの頃の勢いがない。スローペースで聴いている。ほんの少し前なだけなのに中高生の頃の自分の音楽への執念には本当に驚く。昔は音楽と一緒に歳を重ねてる感があったけど今はそれほどない。今の流行りがどこなのか分からない。でもカラオケに行ったら流行りとか関係なくみんな違うジャンルの曲歌っていてそれはそれで楽しいし、自分の好きな音楽はTwitterで語れるし、自分の好きなジャンルで十分楽しいことが起きてるし、最先端を掴まなくても大丈夫になったのかもしれない。

ハロプロはまだ新しいグループできるし過去の曲も聴ききれないくらいたくさんあるから多分しばらくこのままハロオタやりそう。とにかく現場に行きたい。

ジャニーズは、SnowManSixTONESJrにも目を向けて新規開拓中。なぜかV6にも興味がある。嵐が活動休止にはいるお知らせが来てからようやく嵐以外のジャニーズも見るようになったところ。多分しばらくジャニーズから離れないと思う。

 

というのが自分の今までの音楽遍歴

好きになってきたものがだいたいハロプロに繋がり、今はハロプロからどう繋がっていくのか…?というところだと思う。スノストとかがそうなのかもしれない。分からないけど後々振り返ったら面白い感じに道ができあがってるかもしれないので、はまれる時にとにかくはまる。趣味は広く、深くでこれからも音楽を聴いて生田ー