あの日からだ。心の底から笑えなくなってしまったのは、毎日明日が来るのが怖い、息をするたびに胸が詰まると感じるようになったのは...
野球を始めたのは7歳の時。今思えばあの時野球なんてやらなければこんなっことにならなかったと後悔ばかりが残る日々を約半年間過ごしている。きっかけは親に習わされていた週一回のスイミング教室が嫌すぎて、それに代わるちょうどいい習い事が野球だったから。そんな理由だった気がする。家はひぃじいちゃんから続く居酒屋を営んでいて親父で3代目だ。別に金持ちってわけじゃないけど特に貧乏でもない。かといって何個も習い事をやれるような経済状況でもないんだろうなーと7歳ながら感じていたのを覚えている。だからスイミング教室を辞めるためには新しい習い事を見つければよいのだと、それで野球をなんとなく始めた。ずる賢いガキである。
ちっこい頃から小太りで顔はコンパスで書いたんじゃないかってくらい丸い顔、大体そういいうやつはスポーツは下手だ。スポーツっていうもんはセンスがつきものだ。けど小太りで顔の丸い俺は例外的に野球のセンスがあった。自分ではそう思っている。そう自分ではそう思っているのだ。小学校の時は4番でエース。中学では県内の中で名門って言われるクラブチームに入った。高校はスポーツ特待で親元離れて県外に行った。ここまで見れば地元の仲間たちにはそこそこできるスポーツエリートに見られていただろう。なんてったって高校はほとんどの競技が日本一の成績を残す超スポーツエリート学校。駅伝、柔道、空手、バドミントン、相撲にダンス、レスリングに水泳、フィギアスケートに、アイスホッケー全部日本一にになったことがある。ただほとんど日本一ってところが肝だ。肝心の野球が弱い。ただ落ち着いて聞いてほしい。そんなスポーツエリート高校は高校スポーツの華である野球を弱いままにはしておけない。しておいていいはずがないのだ。学校は巨額の資金を野球部に投資し、メジャーリーガーを育てた甲子園請負人と名高い監督。全国から名前の売れたスター選手を九州から東北かき集めて超エリート高校野球部隊を連れてきたのである。そしてその中の一人がこの俺小太り顔丸野郎なのである。
少々いや、かなり期待されて入った俺はまず先輩に目を付けられる。昔からじいちゃんばあちゃんにはかわいがられるが先輩にはすぐに目を付けられる。理由は一つ。生意気なのだ。じいちゃんばあちゃんにはその生意気さがかわいいのだろう。ただ先輩にはそうはいかない。入って2週間で先輩に駐輪場で絡まれて、喧嘩になった。ひょろひょろの体に茶色く髪を染めたよわっちい先輩を軽くぶっ飛ばすと次の日に仲間の先輩10人ぐらいに囲まれてぼこぼこにされた。その次の日に一人ずつバレないように物陰に隠れて少し大きくて、できるだけゴツゴツした石を見つけて頭にぶつけて逃げるという何ともこざかしいやり方で仕返しをした。頭を切って病院に行ったものもいる。俺から言わせればあいつら全員知能の低い脳筋野郎なのだ。自分でいうのもなんだが、自分では頭は切れるほうだと思っている。周りの奴らとは少し脳の作りが違っているのだと。部活動はというと今までにない好待遇を受け、毎日トレーナーのマッサージを受け週一度は監督に温泉に連れて行ってもらっていた。高校生ではありえない待遇である。そんな生活を一年ほど続け、程よく練習して結果というと特によくもなく悪くもなくまずまずの成果だった。ここで自分はエリートなんだ。当然そのままプロ野球選手になってかわいいアナウンサーとでも結婚して引退したらハワイでのんびり暮らすんだろうなーと怠けた考えを持っていて周りによく話していた。周りの奴らは悔しさからなのかよく理解できていないのか苦笑いをいつもする。その度にいつもこいつらのアホさ加減にはため息が出る。
ある日試合に出るといつものように上手くいかない。思った球は投げられず、自分の思い描いているフォームを思い出せない。その日から何か自分の中でほどけかかっていた結び目が完全にほどけたような感覚がした。それからというものどれだけ練習しても、どれだけイメージトレーニングをしようとも一向に元のプレーをすることはできなかった。野球に関しては尋常じゃないほどの研究オタクだった。よくプロ野球選手のフォームと仲間のフォームをパソコンで照らし合わせながら「こいつのここがダメだな。これじゃこいつはプロいけねえや。」と、それを仲間に教えるわけでもなく一人で馬鹿にするのが好きだった。その性格をどこか隠したい自分がいたのか一度も自分のフォームのことを他人に聞くことはなかった。がしかし今までの自分とは何かが違うことは確信していたのでそんなプライドは捨てて仲間にどこが今までと違うかを聞いてみ無くてはならない。仲間の中でもまあ少しは考えられるであろう奴らに自分のフォームについて聞いてみた。しかしどの仲間に聞いても今までと変わりはないの一点張り。こいつらは何も考えてないただセンスすだけでやっている脳筋野郎なんだなと確信が付いた。それからというもの日に日に他の選手との差が生まれ自分が下がっているのに気付いた。挙句の果てには全国から集められた野球エリートの俺が一般で入ってきた奴らとあまり差がない用に自分で感じるようになってきた。でもあいつらがうまくなっているんじゃない自分が今までの力が出せてないんだと思った。自分はただいつもの自分を出せてないだけ、早くいつもの自分を取り戻してプロに行って金持ちになるんだそう思っていた。そう、そう思っていたのである。
ある日をきっかけに、朝布団から出るのが何だか辛くなった。夜は10時には寝て8時間は睡眠をとっているはずなのに眠気が取れない。そう感じ始めてからは早いものだ。日中はボーとして頭の中はいつも自分のダメな野球のことを考えていた。その時間が日中だけから夕方にまでなり夜までになり二週間後には夜眠る時間はいいところ2時間になっていた。疲れているはずなのに夜になると頭の中ではいままでの悪いことが頭を何週も何週も猛スピードで駆け回る。お前はダメな人間だ。これを反芻と呼ぶのだと知るのは三年後である。しかしそんなことを考えられるのは周りの脳筋野郎なんかじゃなく自分が人より賢いからだと思っていた。
寝不足とやる気の損失でどうしようもなくなった俺は今まで一度もやっていなかった人のフォームではなく自分のフォームを分析してみることにした。あの時は頭がどうにかしていたのだろう。自分のフォームを分析するなんて、
初めて気づいてしまったのである。自分は野球がうまくなかったことをそしてみんなが言うように自分は特に何も今までと変わっていなかったことを。入った時からうまくなってもないし下手にもなっていない。ただ周りが成長して取り残される自分に気づかなかった。いや今なら言える気づかないふりをしていたんだと。毎日のトレーナーのマッサージも本当はお金を払って接骨院に毎日通っていた。週一の温泉も監督が毎日練習後に入りにいく温泉に練習が早く終わった後時間を合わせて自分で行っていた。先輩に石を投げて病院送りにしたと自分に言い聞かせた。野球で他の人に勝てないことを知っていたからあいつらはアホだ。脳筋野郎だと馬鹿にしていたことを。それでも自分はエリートなんだということを自分に言い聞かせたくて周りにも自分にも嘘をつき、欺き続けた。思い続けた。俺は何がほんとの自分かが分からなくなり、生きてる心地がしなくなった。
その日からだった。心の底から笑えなくなってしまったのは、毎日明日が来るのが怖い、息をするたびに胸が詰まると感じるようになったのは...