Heart-Shaped Box!! -2ページ目

Heart-Shaped Box!!

音楽やら、文学やら、ゲームその他諸々の趣味について、だらだらと綴ります。要するにただの雑記です。ちょくちょく暗いですが、それが平常運転です。

松倉城を手に入れようと、攻撃する事三度。

合戦は有利に進めたものの、いずれも神保家の援軍を得た斉藤家の守備隊に撃退される。

苦渋をなめる結果となった。

反省点として、桜洞城と木曽福島城から各々一部隊しか出撃させなかったこと。

これにより、神保家の援軍に対応する事ができなかった。

それを踏まえた上で、兵を三部隊以上に分割し、兵力の一部を神保家からの援軍の迎撃へと向かわせることを考える。

松倉城の総兵力は、三度目の侵攻を失敗した時点で三千四百ほど。

木曽福島、桜洞を合わせて考えても、総兵力では及ばない。

しかも、松倉城は発展する速度も伸びしろも多く、時間が経過すればするほど。自軍との差は広がるであろうことは明白だった。

そこで、松倉城の兵力は二千程度まで回復したあたりで、攻撃を開始することにした。

桜洞から五百、木曽福島から千百で出撃。双方の城に、後詰めとして出撃できる兵力を残しておく。

兵力には劣ったものの、挟撃を駆使して道三率いる松倉城守備隊本隊を撃破。

斉藤家は神保家に援軍を要請したようだが、神保の動きが鈍い。

松倉城を包囲して強行を始めたところで、神保家から三千程度、高原諏訪を抜けて援軍が近づいてきた。

今こそ、とばかりに桜洞から残された兵力三百をかき集め、玉砕覚悟で迎撃に向かう。同時に、木曽福島からも残りの兵力を出撃させ、松倉城の包囲を強化した。

三百の兵で神保の援軍三千を迎え撃つ、山村良候。統率も武勇も使い物にならないとか思っててごめん。今、君は輝いている。

国人衆にさんざん貢いだおかげで、ここで二千ほどの援護が得られた。

数でも将の質でも劣ったため、少しでも多く敵に被害を与えるためだけに会戦。

…と思っていたのだが。思いのほか山村良候の特技が効いた。

前進を止め、鉄砲隊で撃つを繰り返した結果、首の皮一枚の差で神保家の援軍を撃破することに成功!

これにはテンションがあがりまくり。山村さんマジ英雄。

迎撃部隊の大活躍で、1562年9月松倉城は無事に落城。

神保家の援軍も、落城と同時に撤退。斉藤家からも兵は来なかった。

ついに…ついに!四度目にして松倉城を確保…!


と、喜んだのもつかの間、越中の情勢が大きく動いた。

翌月の10月に越後から長尾が、加賀から本願寺が、同時に神保家の領地に向けて侵攻。

長尾景虎率いる長尾の兵と、本願寺の大兵力になす術も無く、次々と破れていく神保家の兵たち。

卑怯極まりないが今こそ好機!とばかりに落としたばかりの松倉城から高原諏訪に向けて侵攻。

守備隊は千にも満たず、神保家は富山城から援軍を送る余裕もないらしく、あっさりと落城。

我らが木曽家の城は、ついに四つになった。

その後、富山城は長尾の手に落ちた。これにより、どう考えても手強い長尾と国境を接することになる。正直、めちゃくちゃ不安である。




さて、話は変わって、この飛騨攻略戦の最中、斉藤家当主の斉藤道三が死去した。

序盤から幾度となく激突した相手なので、どこか寂しい。

てっきり跡継ぎは義龍であろうと思っていたが、なぜか龍興が跡継ぎに。

確認してみたところ、斉藤家の中に義龍の名前がない。今川との合戦で討ち死にしたのだろうか…?

高い能力の道三から龍興に当主が変わったのは、こちらとしては都合がいい。

富山城の長尾にはあまり手を出したくないので、引き続き斉藤攻めを念頭に置いていく。




木曾さんで天下統一やっていきます。

シナリオは家督相続で、難易度は初級。一回中級やったけど、怖かったから初級。

登録武将、戦国伝、歴史イベントは無し。架空姫のみあり。

さて、シナリオ開始時点での木曽の状況はというと…

武将数は二人。城は一つ。

木曽福島城は耐久こそ高いものの、

本城でさえない。

武将は義在が政治と知略が高めだが、合戦では統率、武勇ともに頼りない。


まずはじめてすぐ驚いたのが、

労力が2。

道路整備出来ないじゃん嘘だろ……

あまりにも状況が状況なので、1551年4月、武田家に土下座外交(巨従)

ひとまず、これで信濃、甲斐方面からの侵攻の可能性を排除。

斉藤に喧嘩売るのも不利なのは明白なので、当面の目標は飛騨の三木家に。

素晴らしく地味に木曽福島城の開発を進めていると、武田と斉藤が同盟を締結したとの報告が。

これでさらに斉藤攻めの現実味が薄くなる。周辺での事実上の敵は三木家のみに。

1552年6月。この機を逃すべからずと、義在と義康双方に600ずつ兵を持たせ、桜洞城へ侵攻。


松倉城からの援軍が非常に怖かったが、なぜか動かない三木。

都合がよいのは変わりない。桜洞の守備部隊を野戦で撃破し、包囲。

したはいいものの…耐久は2000。圧倒的に兵力が足りない。国人衆の援軍があっても、足りない。

義康の軍勢に桜洞城を焼討させ、時間を稼ぎつつ義在の部隊を一度撤退。

木曽福島に入場したのとちょうど同じ頃、武田と斉藤に動きが。

ここで松倉城の三木が動かなかった理由が判明する。斉藤と武田が、共同で松倉城攻めを開始。その総数約5000。格が違う。怖い。

その横のほうで、我が木曽家はちまちまと桜洞城を焼討。木曽福島城の兵力が1000越えするまでひたすら焼討。

瞬く間に松倉城が落城し、斉藤家のものとなる。

木曽福島城から再出撃し、焼討から包囲に変更。

長い長い攻城戦の末…1553年3月、桜洞城落城。

さらにそれとほぼ同時、越中の神保家が三木家最後の城、高原諏訪城に南下。1000以下の城兵では相手にもならず、三木家滅亡。

三木家の武将を誰一人として確保できなかったのが非常に厳しい。武田さん、お願いですから誰か一人わけてください。

ひたすら焼討したので、荒れ放題の桜洞城を再興するのに全力を尽くす。

近辺の国人衆を味方につけるのは、かなり重要なので、惜しまず貢ぐ。

やっとこさ1555年7月、労力が3に。早速道路整備。

整備しつつ、色々考えると、やはり松倉城を斉藤に押さえられたのが厳しい。

美濃方面に侵攻するのは、兵力的に見て不可能。となれば、向かうは松倉城を含めた越中方面。

ちなみに松倉城主は斉藤道三。正面から戦って木曽の連中で勝てる相手じゃない。どうすりゃいいのよ…。

といっても、やらねばならぬ。

1557年11月、斉藤と武田の同盟が切れるタイミングを見計らい、松倉攻めを敢行。

道三の本隊が松倉城から出撃し、いい具合な場所に布陣してくれたので、木曽福島からの部隊と桜洞からの部隊で挟撃。

会戦で揺さぶり、斉藤道三隊撃滅。

これは…これはいけるぞ…!

と思ったのもつかの間。越中で動きあり。

嫌な予感に苛まれながら、外交情報を確認すると、どうやら斉藤家が神保家に援軍を要請した模様。

こちらも2000以上の兵力があったので、そのまま松倉攻めを続ける。

富山城から援軍に来た神保軍と、松倉城の守備隊を合わせた総計3000の部隊と交戦。

これをまたもや撃破。

といえども、こちらも大被害を被った。兵力が足りないので、桜洞と同じ手口を取る事に。

焼討を開始すると、またもや神保家から援軍。流石に支え切れず、全滅する前に兵を撤退させた。

この一連の戦で、少し前に髪結いした架空姫で武勇が68の木曽橘が大活躍。男連中情けないぞ…。鉄砲も買っておいて良かった。

されど、松倉は攻め落とせなかった。戦果はあまりにも少ない。

1560年8月、再度松倉攻め。

先の戦と同じような展開で、道三本隊を撃破するが、またもや神保から援軍。

うわあ面倒くさい。三木自綱率いる神保軍を撃破し、なんとかまた松倉城を包囲するまでにいたるが、続々現れる援軍を対応し切れず、撤退。

1561年12月、三度目の正直、松倉攻め。

展開はかなり良く、松倉も無事包囲完了。だが、ここでもまたもや神保家から援軍。

すごい面倒というか嫌な予感を感じながら迎撃するも、対応しきれず、またもや撤退…。



今日はここまで。松倉の守り堅すぎてそろそろ泣きそうだけどPart2に続きます。



私がCoDシリーズと並ぶほど好きなゲーム…信長の野望。

というわけで、次回から信長の野望~創造~の記事を書き始めることにしますです。

最初はどの大名でやろうかな…と考え中。

武田家好きだから武田でやりたいけど、それだと味気ない気もするし。

どうせなら弱小勢力で出来る限りのことをしてみようか。

今考えてるのは、信濃の木曽か村上です。村上なら、武将の質も高いし、葛尾城持ってるし結構余裕かな?

武田と長尾に挟まれてるのが厄介だけれど。

木曽は同盟やら従属やら、色々と試行錯誤しないと生き残るのは難しそう。さっさと高遠落とさないと厳しいかなと予想。

織田と武田の間で右往左往するのが目に浮かぶようです。楽しみ。

ともかく、このどちらかで天下を目指します。たぶん明日、早ければ今日中に。