初めまして! 18歳で介護福祉士として合格し、現在、地域密着型の特別養護老人ホームで新米介護福祉士をしています!
歳は今年で26歳になります!(笑)
ん?なんで18歳で介護福祉士の資格持ってるのに新米なの?って思われた方いらっしゃいませんか?
そうなんです。高校卒業してから、4年半、従来型の特別養護老人ホームで働いていて、辞めて今の職場に入ったのです。
(その間、飲食業や、販売職を経験しましたが...)
正直、介護に戻った理由としては「これ!」と言った、明確な答えはありません。
皆さんにとって、「介護」ってどんなイメージでしょう?
「大変そう」「給料安そう」「汚そう」などなどあると思います。
正直、それは間違いじゃないです。
人の命を預かる仕事なので、大変なのは当たり前ですし、もちろん人間なので、トイレに行ったりします。嘔吐などだってあります(お食事中の方はすみません)
実際、今の職場、6月から仕事を始めたのですが、初任給は想像以上に低く、びっくりしました。
なので、給料が安いというのも事実です。(もしかしたらサラリーマンの方や、OLの方よりも安いかもしれません)
ましてや、夜勤などもあるのでなかなか、スケジュールとかも合わせにくく、友人と遊ぶのも一苦労だったりします。笑
それなのにも関わらず、なんで、「介護」に戻ろうと思ったかというと。。。
やっぱり「楽しい」んです。
人と関われるのも好きですし、表現は悪いかもしれませんが、人の最期にも立ち会うことができます。
自分にとって、その人の最期がその人らしく悔いの残らない「最期」を送ってもらえるようサポートしたいという気持ちが中学生時代ぐらいからありました。
正直、その当時はほんわかとした感情でしたが、今となっては、より一層強いものとなっています。
冒頭でも書きましたが、18歳の頃から、4年半程度、従来型の特別養護老人ホームで働いていました。
その当時は、忙しさのあまり、「その人」に寄り添うことができませんでした。
施設の方針と自分の考えが合わなく、ただ単にモチベーションが下がってしまったというのもあります。
そこでは、ただ「命」を守っているだけで「その人らしさ」を守ってあげることができませんでした。
上司からの圧にも周りからの圧にも耐えきれなく、不眠症や、うつ状態のために、精神科に通ったこともあります。
その為、2年くらい、介護の現場から離れ、気持ちを入れ替えて、縁もあって、今のところに就職しました。
今のところでは、もうむしろやることがなくてあたふたしてしまっています。笑
先輩方や、上司からも、「もっとゆっくりでいいよ笑」と言われているくらいに...
でも、すごく今は充実しています。その人「一人ひとり」に時間を使えるから。です。(焦っちゃってますけど)
ゆっくりお風呂に入っていられる。ゆっくりご飯が自分のペースで食べられる。自分ら若い人にとっては、当たり前のことでも、そういった「施設」に入っている人には、制限されがちです。
だから、自分は、そう言った時間をゆっくり使えることのできるところで仕事できるのが幸せです。
先ほど、より一層大きなものになっていると書きましたが、そのきっかけになったのは「祖母」でした。
3年前の7月に祖母が86歳で急死しました。
少し前に意識がなくなって救急搬送されたというのは、父親から聞いていたのですが、あまりにも急すぎるものでした。
いつものように祖母は、昼寝のように横になって寝ていたようです。
ですが、呼んでも返答なく、おかしいと思った叔母が救急車要請したとのことでした。
家に救急車がついた時には、もう心停止の状態だったそうです。
救急救命センターの先生の尽力のおかげで、一度は心臓が動いたのですが、脳へのダメージは大きく、うまくいけば「麻痺」最悪の場合、「脳死」になるでしょう。もし、また心臓が止まった場合は、覚悟してくださいと説明がありました。
その後、ICUに移され、呼ばれて部屋に入った時には、点滴や気管挿管チューブ、人工呼吸器、尿道留置バルーンカテーテルなど管が身体中に入っていた変わり果てた祖母の姿でした。
日中、ずっとそばにいる中で、考えていたことがあります。もし、麻痺や脳死となったとしても、自分が介護をするんだ。って決めていました。
その際、もし自分の今の職場に祖母を入所させると考えたら、それは絶対に嫌だなと思いました。
そして、午後には自発的な呼吸も見られていましたが、その日の夜に容態が急変し、父親、母親、妹、そして自分の目の前で息を引き取りました。
そんなこともあり、祖母への思いを利用者に置き換えた際に、やはり、その施設の方針が合わないと思い、退職しました。
その人らしさ。尊厳。すごく大事なことですが、結構忘れられがちな世界です...