指先に棘が刺さって抜けないあの事態に似た
すごく小さな、嫌なことがあった。
具体的には書かないけど、僕の知る常識の中には無い失礼な事ではある。
人を想う矢印は形の通り一方通行
リサイクルマークみたいに綺麗にサイクルになっていない、と思う。
矢印は確かにあるけれど、受け取れずに流れ去っているのだ。
そもそも我々には読解力が足りない。
当然伝わっていると思っていた僕の矢印はずっと受け取られないまま、あなたたちの体や思想をすり抜けて、一体どこに行ったのだろう。
僕はそれでも許すけど、そのぬるま湯に落ち着いているかぎり、もう僕の眼中には入らない。
たとえば甘い汁を苦そうに舐めて、楽しんだくせにあとで文句を言うような人は周りにいらない。
照れ隠しなのか知らないけど、なんというか笑えない。
許した時にはもう諦めているのだ。
それって結構ズルいな、と自分ながらに思うけど。
当然それはブーメランで、
自分はどれだけたくさん誰かの思いを見逃してきたのだろう。踏みにじったこともあったと思う。ごめん。
人はみんなズルくてセコい。
けれど、貰いっぱなしの人が一番受け入れられない。
他人の大変さは、当事者にならないと分からない。
と、肝に銘じている。
たまにその銘じた肝の居場所を忘れてしまうけれど。
自分よ分かった気にはなるな、と心がけている。
たとえ経験したことであっても、人は簡単に忘れちゃうから、
重い荷物をずっと持つ辛い記憶はあっても、その辛さを再現できない。
苦い想いをしたって時間のスパイスで懐かしい思い出に変えられてしまうのだから、
本当に寄り添えるのは同じ境遇の人だけかもしれない。
けれど我々は、記憶と言動で寄り添う以外ない。
分からないものに寄り添うことを試みることが優しさだ。
優しさはだいたいが提案である。優しさはクリエイティブでポジティブで、犠牲的でもろい。センシティブ。ティブ。
感謝と恩返しを繰り返すしかないよ。
ありがとうはいくら言葉に出しても減らない。
誰かの優しさのおかげで、未然に防げている事故や事件がたくさんあることを、多くの人が知らず想像もしない。
心に留めておかなくては。
自分の届かなかった想いの分、他の誰かがくれた矢印はしっかり受け止めたい。
心を尽くせ。
かけた情けは水に流し、もらった恩だけ石に刻め。
自分以外のすべては通り過ぎていく、で良い。