いつだったかな、中学時代の恩師に会った。

彼は2年近く南米にいた。そのせいか、憎らしいくらいスペイン語が上手い。

今年帰ってきたとか何とかって言ってたな。相変わらず無愛想だった。

俺が在学してた時からだから、分かりきっていたけどね

 

俺の中学や高校の同期がどうしてるとかこうしてるなんていう雑談ばかりして、

俺の事も話した。正直言えば恥ずかしい一面もあった気がする。

俺の中高の同期が農家やってて、彼が毎週採れたての野菜を持ってきて母校で販売してるらしい。

割りと買ってるらしい。俺の作品を一応見せたんだけど、あいつは鼻で笑いながらこう言ったんだ。

「お前の作品は商売向きじゃない、ライフワークでやるべきだ。」

そう言われた時、俺はどこかで自分を否定された気がした。勘違いかもしれない。

俺が勝手に舞い上がっていただけか、あいつの視力が悪いかのどっちかだ

 

 

結局あいつが言いたいことだけ言って、俺の心はどこか寂しかった。

純粋に信じた俺がバカだったのか否か。野菜とかはまだ価値があるだろう。

食い物だから腹や心を満たせる。血や肉に骨となる。絵や音楽は心を満たせるが、

腹を満たせない。きっとその辺の差が大きいのかな。

俺が有名だったら、もっと変わったのかな。だとしたら悔しい限りだ

 

 

 

自虐するつもりじゃないが、どんなに心を込めて描いても見てもらわなきゃ意味がない。

俺の個展が成功したとか、作家として頑張れとか何とかいうけど、本心じゃないんだもんね。

俺が求めすぎていると言ったらそこまでなんだけど、やっぱ同期や恩師の一部は冷たいや。

コンペみたいなのも落選したし、色々積み重なると俺の作品は需要というか、価値がないのかな。

そう思うことがある。多分だけど、俺は孤独と向き合って生きていくんだろうな。

作家というのは常に一人で戦っているんだろうな。そう考えれば俺は弱いのかもしれない。

弱音や戯言だと思われても仕方ない。俺の心は常に寂しいんだ。

時として俺は純粋に人を信じるのが怖くなってきてる。俺が今信じられるのはチョコとロックと酒なんだ。

最近は泣くことが出来ない。誰かの胸を借りて泣きはらしたい、そう思う時がある。

最後に泣いたのはいつだっかもう覚えてない。俺は決して負けたなんて思いたくない、ただ認めてもらえてないだけなんだ。

いつか認められる日が来ると思う。だから俺は走り続けていく、この先も。

ゴールはまだ見えないけど、新たな旅に逝く時がゴールでありスタートだろう。

俺は自分が死んだ時に泣かれるのは嫌なんだ。笑って送ってもらいたいんだ。

周りと比べたら劣っているだろうし、世間から見りゃ出来損ないくらいなもんだろう。

結局あれこれ言っても変わらないし、俺は俺のペースでやればいいや。

レノンも言ってた。「よく分からない何万人を相手するよりも、よく分かる何百人を相手にしたい。」

そんなこんなで俺は俺だから、割り切ってやっていくとするよ。万人受けするよう努力するだけ意味ないし。

何だかんだ言ったけど絶賛暇人なんで、俺の知り合いとかは時間ある時に遊ぼう。お茶くらいするからさ

 

 

 

 

Hi I'm chucky, I'm your friend wannna play...

最後に書いてからどれだけ時間たったかな?

 

今年は平成が実質最後の年と言われている。

それでももう半分は過ぎたのかな。

もうじき俺もいい歳になるね。

時代の流れは恐ろしい。

ほとんどの人は結構悲観的な見方をするけど、

単に年号変わるだけだから、そこまで心配しなくて大丈夫。

だけど年号が変わる事に色んな思いを抱くのはあるよね。

 

 

これ読んでる人に聞きたいことがあるんだけど、

未経験の人間が男女の交わりをして自分のを処理するじゃん。

その時に好きな人としてこそ卒業なのか、

好きな人とか関係なく交われば卒業なのか、

玩具とか物で卒業なのか。

これは結局のところ、見方は人それぞれらしい。

玩具とかは論外というか、個人的にはカウントしないし何よりしたくない。

どんな形であれ、温もりみたいなのは人からしか出ないからだ。

 

 

 

昔の俺は好きな人としてこそ卒業だと思っていた。

だけど色んな事があって、今まで考えていたことがどうでもよくなった。

というのも、大学の時の先輩がやっているグループ展に行って、

レセプションパーティーに参加した後の飲み会みたいなので、

そんな話題になった。恋人いるかいないかから発展して、未経験なのかと聞かれた。

俺は、「見方によります。好きな人として卒業というのであれば、私はまだです。

ですが、誰でもいいから一度でもしてしまえば卒業というのであれば、私は卒業しました。」

話しをしていた人は、後者の考えだった。後は自分の経験談を話した。

どんな子としたか、いつごろだったか、その時の心情も話したかな。

「女性が好きな人として卒業するというのはまだいいんですよ。何となく理解できますから。

男がそんなこと言ったら、鼻で笑われますよ。私は一応男なんで、女性には優しくしますよ。

ですけど、男には容赦しませんよ。もし私が女性なら、どっちにも容赦しませんけど。」

「(未経験の人に対して)悪いことは言わない。早く卒業してこい。でないと手遅れになるぞ!」

なんて言ってたかな。あの時は酒もかなり飲んでいたからね、少し調子乗ったのかもしれない。

 

 

 

 

職場や大学で散々弄られたからね。20代で未経験というだけで、どこ行っても鼻で笑われたね。

女性が好きな人とやる分には分かるけど、男が後生大事に取っておくもんじゃない。と言われた。

未経験ということで散々弄られたけど、惜しかったのは卒業したということを言えなかったことかな。

今となってはどうでもいいんだろうけどさ。

考えが変わってから、見方も変わった。誰かじゃダメ。好きな人とじゃなきゃダメだ。

そう考えるのは大事かもしれないが、そればかりにこだわっているといつまでもそのままだ。

恋人の一人や二人が出来ればそう言ってもいいけど、いないのに言ってもそれは夢物語でしかない。

そういう意味では当分出来る見込みはないと思って、俺は思い切って卒業した。

もう細かい定義に囚われる事に疲れた。自分の中でどうでもよくなったんだ。

周りの人はそれなりに遊んでいるのに、俺だけ置いて行かれていく気がしてならなかった。

心に穴が開いて寂しかった。その寂しさを紛らわしたかった。だから思い切って行った。

これ以上バカにされたり、徒に弄られるのが辛くて嫌だったから。

好きな人としてこそ卒業という人に聞きたいけど、恋人の一人や二人はいるのかな。

いない人に限って、そこ強く主張する気がするんだ。どっかで経験してから言うか、

恋人がいる上で言うならまだ分かるし理解出来るけど、恋人がいない人に主張されても説得力ないよ。

見方はそれぞれあるから何ともいえないけど、経験した人に対して未経験の奴が何を言えるの。

よく病気になると言われてるけど、それが怖けりゃ行くどころか、その商売は成り立たないって。

もしそうなりゃ、運命を受け入れるしかないね。ま、後何十年かは無駄に生きるから、大丈夫でしょ