「舟を編む」を観た。
原作は発売してすぐ読んでいたけど、今回の映画はあまり観る欲が湧かなかった。
ただ近く、石井裕也監督の話を聞きに行くので、これは観ずして話など聞けんと映画館へ。
結論から言うと、原作より面白かった。
基本的に思い入れのある原作というのは、たいてい自分が抱いていたイメージと異なるので(そりゃ当たり前だ)原作を超えることはないのだけれど、今回は超えていた。
原作では曖昧にされていた時間軸を映画では丁寧に描いていて、作品の重みが増していた。一緒に辞書を作っていた先生が死んでしまった後、ソバをすすり、「間に合わなかったよ」と怒りが滲んだ一言にやられた。原作ではそこまで「泣く」感情というのは沸き上がってこなかったけれど、そういう点でもこの作品は映像になって、より辞書を作る過程における、人間の成長が心地よく伝わってきた。
そんな中、何気にパンフレットの充実具合がここ最近で一番だ!
シナリオも載ってるし(シナリオ付きはこれからもっともっと増えてほしい!!と切に願う)、様々な観点から「舟を編む」を味わうことが出来る。ページをめくるたびに違う味がする。そう、まるでスルメのようだ。あぁ、食べたくなってきたぞ・・・。
その中で気になったインタビューがあった。撮影の藤沢さんの記事だ。
(フィルムとデジタルの違いの話で~)
「映画って現場で作られるものだと僕は思ってるし、それを貫き通したいと思っています。デジタルになると監督もモニターしか見てないし、極端に言えば何でもベタな光で撮っておいて後で直せばいいと考える人たちもいて、お互いの信頼関係がどんどん薄れてきてる気がするんですよ。新しいものを使うのもいいんだけど、そこにはちゃんと映画を作りたいって思いをスタッフひとりひとり、現場で悩んで作っていくことがね、僕は映画作りの醍醐味だと思ってるんですけどね。辞書作りと同じですよ」
なんか僕は、不意打ちをくらったように背筋が伸びる思いがした。
一番気になったのは「お互いの信頼関係がどんどん薄れてきてる」という点。直感的に「あぁ、なるほど」と思ってしまった。別にモニターを見ることは悪いことじゃないと僕は思うし、色んなタイプの監督がいるから一概に何が良いか悪いかなんて言えない。
現に僕自身も、やはりモニターに頼ってしまう部分が多かった。
けど、確かに、確かに、そうかもしれない。
本来、昔からフィルムでやってきた人たちは、モニターがないから必然的にカメラの脇から芝居を見る事になる。よって画のサイズ感など、カメラマンに任せる事が多かった。勿論ファインダー越しに確認する事は多々あっただろうけど、藤沢さんの言う様に「任せる」という信頼関係は希薄になっているのかもしれない。特に、今の僕らの時代、そしてこれからの時代はより、機材に頼って依存してしまうかもしれない。
「自分にとって大事な物事を任せる」ということは、僕からするととても勇気のいる事であり、それは信頼関係がなければ決して生まれないと思う。
だからこそ、意識してチャレンジしてみたい(そのレベルになったら)。
やはり、そこには「編集で何とかなるんじゃなくて、現場が全てだ」と思うしね。
だからこそ、ひとりひとりが悩まなきゃね。
うんうん、そんなチームでやりたいね。
いやいや、自分がそんなチームを作れるようにしないとね。
まだまだ、理想に現実が追いつかないけどね。
これはもはや、人生論か。何にでも言えるかもしれない。
そんな事をパンフ片手にビールを飲みながら考えていた。
とにかく、もっと撮りたいっす。
なんかわかんないけど悔しい。クソッ。
石井監督の話が楽しみじゃ!クソッ!クワッ!!